政略結婚だなんて、聖女さまは認めません。

りつ

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42.答え合わせ

「本当に今回はハウエル様に助けられっぱなしでしたわ」

 あれから何曲かを踊り終え、ハウエルにバルコニーへ誘われて二人きりになると、メイベルはそう切り出した。

「シャーロット様の背中を押したのも、彼女にサイラスへの愛を語らせたのも、すべてあなたの企みだったんでしょう?」
「企みだなんて……私はただ、このまま何もしなければサイラス殿下は幸せにはなれない。貴女はここでじっとしているつもりなのかとシャーロット様に事実を述べただけです」
「一体どんな表情で言ったのかしらね」

 シャーロットの怯えた表情を思い浮かべ、メイベルは苦笑いした。

「でもおかげでなんとか丸く収まったんですもの。お礼を言うわ」
「……私はお二人のために動いたんじゃありません」

 どこか不機嫌そうに言うと、ハウエルはメイベルを腕の中に閉じ込めた。向き合う形で、メイベルは彼の端正な顔を見上げた。

「じゃあ誰のため?」
「……意地悪な人だ」

 決まり悪そうな顔をするのはたぶん照れている証拠だろう。メイベルはふふと笑って彼の頬に手を伸ばした。

「怒らないで。わかってるわ。私のためなんでしょう?」
「……いいえ、私自身のためですよ」

 ハウエルはそう言うと、オペラグローブをはめたメイベルの手に頬を寄せた。熱い、と感じるのは自分の手か、それとも彼の頬のせいか。

「もし何かの間違いで貴女が殿下の婚約者に逆戻りしたら、彼に決闘を申し込むつもりでした」

 まさかの言葉にメイベルは目を丸くする。

「決闘? あなたが?」
「はい。あるいは辺境伯の騎士団を総動員して貴女を屋敷へ連れ帰ったでしょう」

(冗談、とは言えない顔だわ……)

 メイベルはちょっと呆れつつ、でも嬉しいとも思ってしまった。まるで絵本に出てくる囚われの姫君のようだったし、そこまで自分を求めてくれるハウエルの気持ちが伝わってきたからだ。

「でもね、ハウエル様。もしそうなっても、私は自力で王宮を出ようと画策したから、あなたは逃げるための馬だけ用意してくれればいいわ」

 それでも叶わなければ、陛下や教皇の前で宣言した通り、メイベルは命を絶っただろう。神に与えられた命を自ら手放すという禁忌を犯してでも、彼女はハウエルへの想いを貫き通したかった。それが彼女の愛し方だった。

(私もサイラスやシャーロット様たちのことを笑えないわね……)

 自分にこんな激しい一面があるなんてメイベルは思いもしなかった。

 今なら、二人が周囲にあれだけ迷惑をかけてでも一緒になろうとした気持ちが理解できる。誰かを愛することは、どんなに理性的な人間でも愚かにする。

(ウィンラードの聖女様だって、その一人だったんだわ)

「本当にそうしてくれますか?」

 メイベルの言葉をどう受け取ったのか、ハウエルはぎゅっと包み込むように抱きしめてきた。

「ええ。するわ。驚いたでしょう?」
「……そうなった時、貴女は諦めてサイラス殿下に身を捧げると思っていました」

 メイベルはムッとした声で返した。

「そんなことしないわ」
「はい。だから貴女が自害すると陛下に言った時、本当はよくないことなんでしょうけど、すごく嬉しかったんです」
「ハウエル様……」

 彼の意外な本音にメイベルは顔を上げようとしたが、それを止めるようにさらにきつく抱き寄せられたので彼がどんな表情をしているのか知ることは叶わなかった。

「もう一つ、嬉しかったことがあるんです」

 胸に顔が当たり、彼の心臓の音が聞こえてきた。

「なに?」
「貴女が目覚めた時、私のために力を使ったのだと怒ってくれたでしょう? まるで殿下に対するように怒ってくれて……本当の貴女を見せてくれたようで、嬉しかったんです」

(いや、ちょっと待って)

 それは一言言わせてくれと、メイベルはぐいと胸を押した。

「あのですね、ハウエル様。私は別に四六時中怒っているのが好きというか、サイラス殿下といる時の私が本当の姿だとか、そういうわけでは決してありませんから」
「違うのですか?」

 きょとんとするハウエルにメイベルはまじか……と頭を抱えたくなった。

(え、なに? 実は今までずぅーっとそう思っていたわけ? もしかして、他のみんなも?)

 今ようやくレイフがあそこまでサイラスを目の敵にした理由がわかった気がする。全く違うと全力で否定するが。

「……ハウエル様。私だって怒らないで済むのなら、それが一番いいと思っていますし、心穏やかに過ごしたいと常日頃から望んでいるつもりです」
「そうなんですか?」
「ええ。そうなんです」
「……私といて、楽しいですか?」
「楽しいわ。それに……一緒に居て落ち着くもの」

 彼との沈黙なら、別に辛いとも思わなかった。

「それなら、よかったです」

 ハウエルはふわりと微笑んだ。彼にしては珍しい笑みで、メイベルは目を瞠った。

「そんなふうに、笑うんですね」
「どんなふうですか?」
「とっても穏やかで、優しい笑み」

 メイベルも吊られるように微笑んでいた。

「ハウエル様のそういった表情、もっと見たいですわ」

 照れたのかハウエルはふいと顔を逸らし、淡々とした口調で答えた。

「そうですか。なかなか難しいと思いますが、貴女が一緒にいてくれるなら、機会は十分ありうると思います」

 これからずっと一緒にいるのだから、ということをたぶん伝えたいのだと思う。もっとはっきり言えばいいのに、と思いつつ、その不器用さが愛おしくも思え、メイベルは思わず彼に抱き着いていた。

「メ、メイベル様?」
「……レイフに、土産話がたくさんできましたわね」

 好きとか愛しているとか、伝える言葉は他にもたくさん浮かんだけれど、恥ずかしくて結局そんなことを言ってしまった。

「私たちだけの秘密にしておきたい所ですが、しつこく聞いてくるでしょうね」
「ええ。でも私は教えてあげたいわ」

 ハウエルが命を懸けて自分を守ってくれたこと。何があっても離婚しないと陛下の前で告げてくれたこと。

(愛していると言ってくれたことは、私だけの胸に仕舞っておこう……)

 本当はすごく教えたいけれど、自分だけの思い出にしておきたかった。

「ハウエル様。さっき、私の代わりに怒ってくれてありがとう」
「……メイベル様だって、私が理不尽な目に遭っていたら、同じように怒ったでしょう?」

 メイベルは少し考え、そうねと真顔で答えた。

「私は一生アクロイド公爵のことを許さないわ」
「それと同じです」

 なるほど。それならば仕方がないとメイベルは納得した。

「それに、メイベル様はやはり人が良すぎます」
「私もそう思うわ」

 でもね、と彼女は続けた。

「私があんなふうに良い人でいられたのは、あなたがそばにいてくれたからよ」
「……以前、メイベル様がおっしゃったことが分かった気がします」
「何か言ったかしら?」
「ええ。人の気持ちや感情には、大きな力を持っていると」

 思い出した。ハウエルの敷地内にある礼拝堂で熱心に祈っていた時、ウィンラードの聖女の一生について触れ、流れでサイラスの恋愛思考を理解できないと言ったハウエルに、そういうことを言ったのだった。

「私も、貴女のためならば何だってできる気がする。酷いことも、喜ぶようなことも」

 ハウエルは愛おしげにメイベルの髪を撫で、耳元で告げた。

「神が聖女を迎えに現れても、天へ連れて行こうとしても、私は絶対に阻止します」

 ハウエルならばきっとそうするだろう。どんな残酷な手段を使ってでも。メイベルはそんな彼を愛しているし、自分もまたこの世にしがみついて彼から離れようとしないはずだ。

「ハウエル様。私のこと、ずっと離さないで下さいね」
「ええ。もちろんです」

 躊躇いなく肯定してくれた夫に、メイベルははにかむように微笑んだのだった。


 おわり

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