【源次物語】最後の特攻隊員〜未来を生きる君へ〜

OURSKY

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〈学徒出陣〉

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 ヒロが急に戦争賛同映画を見ようと言い出した背景には、アッツ島の玉砕も影響していると思った。
 「玉砕」……この言葉が初めて使われたのはアッツ島の戦いが最初だ。
 
 アッツ島はベーリング海に面するアメリカ領土の島だったが、1942年6月に日本軍が上陸し占領した。
 それを奪還しようと計画していたアメリカは、1943年5月12日……日本の守備隊約2600人の約4倍となる1万人余りのアメリカ軍をアッツ島に上陸させた。

 守備隊は援軍が来る事を期待して待っていたが、大本営はこれ以上の戦力の消耗を心配して増援部隊の派遣や補給は行わなかった。
 守備隊は孤立無援となって死ぬまで戦うことを求められ、兵士達は銃剣や手りゅう弾を手に夜間突撃を繰り返すも食糧や弾薬が底をついた5月29日……
 玉砕命令が下りて負傷して歩けない者は自決を命じられ、飢えに苦しみながらも生きていた者達約100人は弾丸の雨の中に銃剣のみで突撃し、捕虜になった27人以外は全滅した。

 大本営は、それまで敗北を伏せる傾向にあったが……アッツ島の戦いに関しては守備隊が補給を求めずに自ら「玉砕」したことにして、日本軍の神髄を発揮したと新聞やラジオで大々的に発表した。

 国葬や慰霊祭が執り行われて「アッツ島守備隊につづけ」、「英霊に応えよ」と一般市民にも死ぬまで戦うことを求めるようになった。
 玉砕した者たちは軍神として祭られたが、その遺骨箱には只の砂が入っていたという。

 僕は大本営発表や新聞の記事の内容に懐疑的だったが、ヒロはそれを信じてしまい……
 父親のように慕っていた浩一おじさんの戦死広報を受け取ったことで、敵を討つ気概が更に高まったようで好戦的な発言が増えていた。

 『決戦のあの空へ』を見に行った6日後の9月22日……
 いつものように播磨屋を訪ねた僕は、静子おばさんと純子ちゃんからとんでもない話を聞いた。

「高田さん! さっきラジオで放送があって……」

「今度から学生さんも出征することになったんですって……」

「えっ?」

「よう源次! ようやく俺らの出番が来るぞ~もし海軍に入れたら、めっちゃ活躍したるわ」

「光ちゃん……」

 純子ちゃんは何とも言えない表情でヒロを見つめていた。

 日本の戦況は9月に入りイタリアが無条件降伏して日本・ドイツ・イタリアの三国同盟の一角が崩れたため益々悪化していた。

 1943年9月22日……今まで徴兵が免除されていた大学生であっても理工系と教員養成系を除く文科系の高等教育諸学校の在学生については徴兵延期措置が撤廃された。
 いわゆる学徒出陣は大学生も対象になり、その年齢要項は今年度20歳以上である者……
 つまり1923年生まれである僕達は、学徒出陣の要件に当てはまるギリギリの世代となってしまった。

 暗いニュースばかりだったが、10月21日に出陣学徒壮行会があると周知されていた10月16日……
 敵性スポーツとして弾圧を受けていた野球の六大学リーグは解散となっていたが、早稲田と慶応の学生や関係者が掛け合って最後の早慶戦が開催されたのは、学生達にとってせめてもの救いだった。

 1943年10月21日、出陣学徒壮行会は明治神宮外苑競技場で行われた。 
 その日は暗い雲に覆われ冷たい雨が降っていて、まるで僕の……自ら志願した者以外の者達の代わりに空が泣いているようだった。

 文部省主催で77校、約2万5千人もの首都圏に住む出陣学徒を、学校ごとに集められた学生を含む約6万5千人が見送る。
 家族以外にも女子学生や出陣予定にない男子学生に対しては、送る側としての参加が求められていた。

「10月21日……まさか尊敬する江戸川散歩先生の誕生日に壮行会に出ることになるなんて……」

 式が始まる前、僕が隊列に並びに行く前に呟きながらボーッと歩いていると……
 突然誰かとぶつかった。

「……っすみません」

「いやすまない、私がよそ見をしていてね……息子が参加するんで来たんだが、見失ってしまって探していたんだ」

「そうですか……見つかるといいですね」

「ありがとう。君も大変だと思うが、命を大事にするんだよ」

「は……い、ありがとうございます」

 ご時世的に命を大事になんて誰かに聞かれたら大変なのに、そう言ってくれたのが嬉しかった。
 あと、なんとなく誰かに似ているような気がした。

 スタンドには大勢の人がいて雨が降っていたが、傘を持つ者は誰もいなかった。
 壮行会が始まると、僕達は学生帽・学生服にゲートルを巻いた姿で……大学等から渡された歩兵銃や木の銃を肩に担いで分列行進をした。

 軍楽隊の演奏に合わせて進み、先頭の校旗がゲートをくぐる度に歓声が沸きおこっていたが……
 立教大学は校旗の十字のデザインが問題視されて持つことを許されなかった。
 僕達は行進曲に合わせ、降り続く雨でぬかるんだ地面の泥水を跳ね返しながら行進した。

 国歌の演奏が流れ、皇居方面に敬礼した後に軍服の胸に勲章をつけた総理大臣からの訓示があり、その後整列した学徒を前に出陣学徒の代表が答辞を読む。

 その中でも「生等せいらもとより生還を期せず」、つまり私たちは生きて帰ってくるつもりはない……という言葉にヒロは感激していたが、僕には何だか虚しく響いた。
 
 答辞が終わると『海行かば』をスタンドの皆も合わせて大合唱したが、大人数だったせいか余り上手く揃っていなかった。
 そして最後に全員の万歳の奉唱をもって壮行会が終わる……

「天皇陛下、バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」

 女学生たちは学生達の勇ましい姿に感動したのか、泣きながら手に持っていた小旗やハンカチを振っていた。
 母は結局来なかったようだが、退場を見送る観客の中に宮本家族や純子ちゃんの姿を見つけた時……

 本当は寂しかろうに無理矢理「バンザイ」を言わされ、反戦を匂わせようものなら非国民と引きずっていかれる今の日本の状況が悔しくて、不甲斐ない自分が情けなくて……涙が込み上げそうになった。

 約10万人の学生が今までより訓練も不十分なまま突然軍隊に送り込まれることになる学徒出陣が、とうとう始まってしまった……
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