【源次物語】最後の特攻隊員〜未来を生きる君へ〜

OURSKY

文字の大きさ
31 / 80

〈食堂での新たな出会い〉

しおりを挟む
 土浦海軍航空隊での生活はつらい事ばかりと言う訳でもなく、余暇の時間には休憩所を兼ねた酒保……つまり売店のある2階建ての『雄飛館』という場所もあり、1階の大食堂で汁粉などを券と引き換えで食べたり、2階の座敷で本を読んだり蓄音機で音楽を聞いて楽しんだ。

 四人で休養中の余興として許可されていた囲碁や将棋で勝負をしたが……
 将棋での勝負は推理・洞察力がある平井くんの圧勝で、まさに小さな巨人という感じだった。 
 僕達四人はそこで英気を養ったり、厳しい訓練や制裁で心が折れかけた時にはお互いを励まし合っていた。

 3月になって土浦での生活に慣れてきた頃に日曜の外出が許可され……坂本くんに誘われて、ある指定食堂に行った。

「ここだ、たしかこの屋根だ……入隊する前に色々近くを散策していた時に、何だか不思議な縁を感じて一度訪れたんだが……貴様たちと行ってみたいと思っていたんだ! あれ、おかしいな? 看板が無くなってる……トミさ~ん? いるかい?」

「いらっしゃい~あら久し振り」

「看板どうしたの? 無くなってるけど」

「看板? ああ、あの看板は古くなったし指定食堂でおかげさまで有名で……みんな無くても分かるから取り外したのよ~さあ、入ってゆっくりしていってね」

 店に入ると入口付近の席で、同じ予備学生と思われる青年が同期らしき人に胸ぐらを掴まれていた。

 その青年は一匹狼のような風貌で……睨まれても動じる事なく、どこか冷めた目をしていた。
 それが気に触ったのか「お前、生意気なんだよ!」と今度は殴られそうになったその時……

「やめろや!」

 間一髪でヒロが止めに入り、その人達は「行こうぜ」と吐き捨てるように去って行ったが……
 一人取り残された青年に一番先に駆け寄ったのは、以外にも平井くんだった。

「もしかして島田くん? 島田先生の息子さんの島田陣平じんぺいくんだよね? 僕、平井隆之介だよ~覚えてない?」

「お前なんか知らねえ」

「小さい時に島田先生と一緒にウチに来て、よく遊んだ仲じゃないか~あっ因みに島田先生ていうのは父の友人で将棋を僕に教えてくれた人で……」

 僕は「だから将棋、強かったんだね」と納得してしまった。

「島田くんも土浦に来てたなんて嬉しいよ! 今の人達は同じ班の仲間かい?」

「仲間じゃねぇ! 同期だが何だか知らねえが、俺は仲間なんていらねえ! 俺は誰も信じないし、一人が好きなんだよ……信じても裏切られるだけだしな」

 そのやり取りを見て思い出したように今度は坂本くんが……

「その言葉……もしかして貴様、千葉の中学の時に一緒だった島田か? アダ名が一匹狼の……俺だよ、坂本わたる

「お前は……黒獅子と呼ばれた、あの坂本か?」

 僕は「坂本くんて色黒だけに黒いライオンてアダ名だったのか」と心の中でツッコんでしまった。

「突然引っ越したから心配してたんだ……どうしていなくなった?」

「親父が借金して酒に溺れて母さんを殴るようになったから、二人で暮らそうと夜逃げしたんだ」

「お袋さんは、お元気か?」

「今は千葉の実家の方に戻って看護婦をしているよ」

 一部始終を聞いていたヒロは「隊と班が違くて今まで気付かんかったとはいえ、お前ら二人の知り合いに出先で会えるなんて、すごない?」と感心していた。

 坂本くんと平井くんと島田くんは……

「俺は決めたぞ! 今日から島田も一緒に余暇を過ごそう!」

「賛成~」

「こ、こら……勝手に決めんな!」

 知り合いならではの強引な勧誘で、島田くんは僕達の仲間になった。

 食堂を切り盛りしている多分うちの母親と同い年位のトミさんは……

「さあ、仲間になった所で、みなさんゆっくりしてって下さいね。そう言えば由香里ゆかり和男かずおは? 由香里~和男~みなさんにお水持ってきて注文お伺いして~」

 すると「は~い、お母ちゃん」と暖簾の奥から小学生位の男の子と、純子ちゃんより少し年上位のオカッパ頭の女の子が出てきた。

「いらっしゃいませ! お水をどうぞ」

「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか? それと、あの……さっき店の奥から見てました! とってもカッコよかったです」

 弟らしき子が配り終わった後のお盆を抱えた女の子は、真っ先にヒロの所に行って目を輝かせていた。

「いや、自分は当然の事をしたまでで……」

「私、この店の娘の由香里と申します! あの、あなたのお名前は?」

「篠田弘光です」

 ヒロに続き、みんな順番に由香里ちゃんという子に自己紹介と「よろしく」という挨拶をしたが……
 島田くんも無愛想ながら挨拶をしたというのに、いつもは人当たりがいい平井くんが固まっていた。

「あ、あの……あと平井くんだけだよ?」

「へ? 僕? あ、僕じゃなかった俺……じゃなくてやっぱ僕、の名前は平井でしゅ、じゃなくて平井です! あの……平井隆之介でしゅ、じゃなくてです、あのハイ~」

 僕は内心「平井くん動揺し過ぎだよ……」とツッコみつつ、自分が純子ちゃんに初めて会った時の事を思い出していた。
 十中八九、平井くんはこの由香里ちゃんてに一目惚れしたのだろう……

「ゆ、由香里さんて……す、素敵な名前ですね!」

「ああ、珍しい名前ですよね~うちの父が紫が好きで、紫色はある歌に因んで『ゆかりの色』と呼ばれてるらしくて……たしか『紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る』という歌なんですけど……」

「古今和歌集やないですか……たしか意味は、紫草がたった一本ひともと生えているゆかりだけで、武蔵野の草がみな愛おしく感じられる」

「まあ、ご存知ですの?」

「立教の文学部にいたもので……」

「博識なんですね……素敵ですわ」

「篠田さんずるい~」

 多分ヒロの方にはその気がないが、思わぬ三角関係が勃発した気がした。

 坂本くんが言っていた通り、食堂のご飯は美味しくて……僕達は毎週通うことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...