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〈見えない花火と桜色の空〉
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土浦海軍航空隊では隊外の事を「娑婆」、日曜の外出の事を「上陸」と呼んでいた。
「班長は兄、分隊士は母、分隊長は父と思え」と言われたが……とてもそうは思えなかった。
坂本くんに誘われて行った指定食堂でのご飯は美味しかったが、カレーに関しては海軍の方が娑婆で食べるカレーより美味しくて……
土曜日がカレーで土浦海軍航空隊でお肉といえばウサギの肉なので、金曜の夜に山にワナを仕掛けてウサギを獲っていた。
ヒロはウサギを見ると純子ちゃんを思い出すようで、カレーを食べながら……
「ウ~サギウサギ、なに見て跳ねる、十五夜お月さん見て跳~ねる~って歌あったよな? あ~純子に会いたいのう~ウサギ可哀想じゃのう~でもカレーは美味いのう」
「そう言えば……食堂のおかっぱの子って純子ちゃんに少し似てたよね?」
「全然似てへんわって……あ~少しは?」
「え? そうなんですか? どうしよ」
「ねえねえ平井くんて……あのおかっぱの子、好きでしょ?」
「な、何を言ってるんですか! 僕が由香里さんを? そ、そんな事ある訳ないじゃないですか~因みにあの髪型は、おかっぱ程前髪が短くないから多分ショートボブって言うんじゃないんですかね」
「平井、貴様、しっかり名前も覚えているとは……惚れてるの確定だな」
上陸の日は坂本くんが強引に島田くんの肩を組んで五人が集合してから指定食堂に行くのが定番になっていたが、平井くんは由香里ちゃんに頑張っても話しかけられない事が続いていた。
なぜなら由香里ちゃんがヒロにばかり話しかけるからだ。
由香里ちゃんのヒロに対する好意的な態度はあからさまで、思わず平井くんの目を覆いたくなる程で……
肩を落として店を出る平井くんの肩を、島田くんが無言で叩いて慰めて帰るのがお決まりのパターンだった。
ヒロは純子ちゃん一筋といった感じで全くなびいていなかったが……
「じゃあ、この手紙よろしゅう頼んます」
純子ちゃん宛の手紙を出そうと思っていたが、基地内の軍事郵便だと検閲があるため、食堂に来た時に渡せば代わりに出してもらえると前に来た時に聞いたので僕達も依頼した。
「純子さん?」
「ああ、スミコや……従兄妹なんやけど写真のこいつでな~寂しがり屋で手紙を送る約束しとったから代わりに出してもらえて助かるわ~そんでもって、これが純子に貰ったペンとお守りや」
ヒロは無神経にも三人で撮った写真や誕生日に貰ったGペンやウサギの人形を嬉しそうに見せていた。
「へえ~純粋の純でスミコ……いいな……私も純て漢字が入った名前がよかったな……」
手紙を出す郵便局は憲兵が見張っている時がたまにあるそうで、一番疑われにくいからと和男くんが出してくれるとのことだった。
「僕が必ず出すから大丈夫だよっ」
「おおきにな~和男くん見ると浩を思い出すわ……静子おばさんも元気かのう」
ヒロは最近哀愁漂い気味なので、元気付けるため僕はみんなにある提案をした。
「今度の日曜なんだけど、土浦にある神龍寺に行かない? 前に純子ちゃんにご先祖様が神龍寺近くに住んでたって話を聞いて行ってみたかったんだ」
「おっええな~そこ、俺も行ってみたいと思っとったんや」
「賛成~」
神龍寺までは歩いて一時間以上かかったが、なかなか立派なお寺で……
僕は「この近くに純子ちゃんのご先祖様が」と感慨深かったが、五人でお参りをしていたら、たまたま近所に住んでいるという人が話しかけてきて色々な事を教えてくれた。
大正14年、つまり1925年……霞ヶ浦海軍航空隊と親交が深かった神龍寺の住職は、航空隊殉職者の慰霊と関東大震災後の不況で疲弊した土浦の経済の活性化のため、私財を投じて土浦花火大会を開催したそうだ。
それ以降ずっと霞ヶ浦湖畔で毎年9月に開催されていたが、戦争の影響で1941年から中止になっているとのことだった。
「あ~あ、戦争の影響で今年も花火大会が中止とは……花火なんて昔、東京で両国川開きの花火大会を見た以来、何年も見てないよ。花火、みんなで見られたらよかったな……」
「あ~あれは綺麗だったな」
僕のボヤキに反応してくれたのは、意外にも普段無口な島田くんで……
みんなで「お前も?」「貴様も?」「島田くんも行ったの?」と総ツッコミで、五人で大笑いした。
桜が咲く時期には、みんなでお花見もした。
土浦海軍航空隊と霞ヶ浦海軍航空隊を結んでいた通称「海軍道路」沿いは何本もの桜が植えられていて……それは見事な桜並木だった。
桜の下にゴザを敷き、五人とも頭を真ん中にして放射状に寝転んで空を見上げる。
「このご時世に、こんなに桜が残っとるなんて奇跡やな……」
ヒロが呟くと、ふと落ちてきた丸ごとの桜を見ながら坂本くんは……
「俺達は五人、桜の花びらも5枚……俺達ってまるで桜の花みたいじゃないか?」
「わ、ほんとだ~僕達、上から見たら桜の花びらみたいになってるかもしれませんね」
「ほんと坂本くんてロマンチストだよね~さすが、恋人がいる人は言う事が違う」
「え? 坂本貴様、恋人おったんか?……ってなんで源次は知っとるんや?」
「食堂で話してたから? ヒロが代表で手紙渡してる時」
「いいな~僕も由香里さんと……」
「……お前ら、うるさい……」
みんなで桜ごしに見上げた空は雲一つなく真っ青で……空との対比で桜のピンクが益々美しく見えて涙が出そうな位、綺麗だった。
こんなに沢山の綺麗な桜が、たった3本だけ残して全て焼き尽くされるなんて……
この時の僕達は全く思っていなかったんだ。
「班長は兄、分隊士は母、分隊長は父と思え」と言われたが……とてもそうは思えなかった。
坂本くんに誘われて行った指定食堂でのご飯は美味しかったが、カレーに関しては海軍の方が娑婆で食べるカレーより美味しくて……
土曜日がカレーで土浦海軍航空隊でお肉といえばウサギの肉なので、金曜の夜に山にワナを仕掛けてウサギを獲っていた。
ヒロはウサギを見ると純子ちゃんを思い出すようで、カレーを食べながら……
「ウ~サギウサギ、なに見て跳ねる、十五夜お月さん見て跳~ねる~って歌あったよな? あ~純子に会いたいのう~ウサギ可哀想じゃのう~でもカレーは美味いのう」
「そう言えば……食堂のおかっぱの子って純子ちゃんに少し似てたよね?」
「全然似てへんわって……あ~少しは?」
「え? そうなんですか? どうしよ」
「ねえねえ平井くんて……あのおかっぱの子、好きでしょ?」
「な、何を言ってるんですか! 僕が由香里さんを? そ、そんな事ある訳ないじゃないですか~因みにあの髪型は、おかっぱ程前髪が短くないから多分ショートボブって言うんじゃないんですかね」
「平井、貴様、しっかり名前も覚えているとは……惚れてるの確定だな」
上陸の日は坂本くんが強引に島田くんの肩を組んで五人が集合してから指定食堂に行くのが定番になっていたが、平井くんは由香里ちゃんに頑張っても話しかけられない事が続いていた。
なぜなら由香里ちゃんがヒロにばかり話しかけるからだ。
由香里ちゃんのヒロに対する好意的な態度はあからさまで、思わず平井くんの目を覆いたくなる程で……
肩を落として店を出る平井くんの肩を、島田くんが無言で叩いて慰めて帰るのがお決まりのパターンだった。
ヒロは純子ちゃん一筋といった感じで全くなびいていなかったが……
「じゃあ、この手紙よろしゅう頼んます」
純子ちゃん宛の手紙を出そうと思っていたが、基地内の軍事郵便だと検閲があるため、食堂に来た時に渡せば代わりに出してもらえると前に来た時に聞いたので僕達も依頼した。
「純子さん?」
「ああ、スミコや……従兄妹なんやけど写真のこいつでな~寂しがり屋で手紙を送る約束しとったから代わりに出してもらえて助かるわ~そんでもって、これが純子に貰ったペンとお守りや」
ヒロは無神経にも三人で撮った写真や誕生日に貰ったGペンやウサギの人形を嬉しそうに見せていた。
「へえ~純粋の純でスミコ……いいな……私も純て漢字が入った名前がよかったな……」
手紙を出す郵便局は憲兵が見張っている時がたまにあるそうで、一番疑われにくいからと和男くんが出してくれるとのことだった。
「僕が必ず出すから大丈夫だよっ」
「おおきにな~和男くん見ると浩を思い出すわ……静子おばさんも元気かのう」
ヒロは最近哀愁漂い気味なので、元気付けるため僕はみんなにある提案をした。
「今度の日曜なんだけど、土浦にある神龍寺に行かない? 前に純子ちゃんにご先祖様が神龍寺近くに住んでたって話を聞いて行ってみたかったんだ」
「おっええな~そこ、俺も行ってみたいと思っとったんや」
「賛成~」
神龍寺までは歩いて一時間以上かかったが、なかなか立派なお寺で……
僕は「この近くに純子ちゃんのご先祖様が」と感慨深かったが、五人でお参りをしていたら、たまたま近所に住んでいるという人が話しかけてきて色々な事を教えてくれた。
大正14年、つまり1925年……霞ヶ浦海軍航空隊と親交が深かった神龍寺の住職は、航空隊殉職者の慰霊と関東大震災後の不況で疲弊した土浦の経済の活性化のため、私財を投じて土浦花火大会を開催したそうだ。
それ以降ずっと霞ヶ浦湖畔で毎年9月に開催されていたが、戦争の影響で1941年から中止になっているとのことだった。
「あ~あ、戦争の影響で今年も花火大会が中止とは……花火なんて昔、東京で両国川開きの花火大会を見た以来、何年も見てないよ。花火、みんなで見られたらよかったな……」
「あ~あれは綺麗だったな」
僕のボヤキに反応してくれたのは、意外にも普段無口な島田くんで……
みんなで「お前も?」「貴様も?」「島田くんも行ったの?」と総ツッコミで、五人で大笑いした。
桜が咲く時期には、みんなでお花見もした。
土浦海軍航空隊と霞ヶ浦海軍航空隊を結んでいた通称「海軍道路」沿いは何本もの桜が植えられていて……それは見事な桜並木だった。
桜の下にゴザを敷き、五人とも頭を真ん中にして放射状に寝転んで空を見上げる。
「このご時世に、こんなに桜が残っとるなんて奇跡やな……」
ヒロが呟くと、ふと落ちてきた丸ごとの桜を見ながら坂本くんは……
「俺達は五人、桜の花びらも5枚……俺達ってまるで桜の花みたいじゃないか?」
「わ、ほんとだ~僕達、上から見たら桜の花びらみたいになってるかもしれませんね」
「ほんと坂本くんてロマンチストだよね~さすが、恋人がいる人は言う事が違う」
「え? 坂本貴様、恋人おったんか?……ってなんで源次は知っとるんや?」
「食堂で話してたから? ヒロが代表で手紙渡してる時」
「いいな~僕も由香里さんと……」
「……お前ら、うるさい……」
みんなで桜ごしに見上げた空は雲一つなく真っ青で……空との対比で桜のピンクが益々美しく見えて涙が出そうな位、綺麗だった。
こんなに沢山の綺麗な桜が、たった3本だけ残して全て焼き尽くされるなんて……
この時の僕達は全く思っていなかったんだ。
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