【源次物語】最後の特攻隊員〜未来を生きる君へ〜

OURSKY

文字の大きさ
32 / 80

〈見えない花火と桜色の空〉

しおりを挟む
 土浦海軍航空隊では隊外の事を「娑婆シャバ」、日曜の外出の事を「上陸」と呼んでいた。
 「班長は兄、分隊士は母、分隊長は父と思え」と言われたが……とてもそうは思えなかった。
 坂本くんに誘われて行った指定食堂でのご飯は美味しかったが、カレーに関しては海軍の方が娑婆で食べるカレーより美味しくて……
 土曜日がカレーで土浦海軍航空隊でお肉といえばウサギの肉なので、金曜の夜に山にワナを仕掛けてウサギを獲っていた。 

 ヒロはウサギを見ると純子ちゃんを思い出すようで、カレーを食べながら……

「ウ~サギウサギ、なに見て跳ねる、十五夜お月さん見て跳~ねる~って歌あったよな? あ~純子に会いたいのう~ウサギ可哀想じゃのう~でもカレーは美味いのう」

「そう言えば……食堂のおかっぱの子って純子ちゃんに少し似てたよね?」

「全然似てへんわって……あ~少しは?」

「え? そうなんですか? どうしよ」

「ねえねえ平井くんて……あのおかっぱの子、好きでしょ?」

「な、何を言ってるんですか! 僕が由香里さんを? そ、そんな事ある訳ないじゃないですか~因みにあの髪型は、おかっぱ程前髪が短くないから多分ショートボブって言うんじゃないんですかね」

「平井、貴様、しっかり名前も覚えているとは……惚れてるの確定だな」

 上陸の日は坂本くんが強引に島田くんの肩を組んで五人が集合してから指定食堂に行くのが定番になっていたが、平井くんは由香里ちゃんに頑張っても話しかけられない事が続いていた。
 なぜなら由香里ちゃんがヒロにばかり話しかけるからだ。

 由香里ちゃんのヒロに対する好意的な態度はあからさまで、思わず平井くんの目を覆いたくなる程で……
 肩を落として店を出る平井くんの肩を、島田くんが無言で叩いて慰めて帰るのがお決まりのパターンだった。
 ヒロは純子ちゃん一筋といった感じで全くなびいていなかったが……

「じゃあ、この手紙よろしゅう頼んます」

 純子ちゃん宛の手紙を出そうと思っていたが、基地内の軍事郵便だと検閲があるため、食堂に来た時に渡せば代わりに出してもらえると前に来た時に聞いたので僕達も依頼した。

純子じゅんこさん?」

「ああ、スミコや……従兄妹なんやけど写真のこいつでな~寂しがり屋で手紙を送る約束しとったから代わりに出してもらえて助かるわ~そんでもって、これが純子に貰ったペンとお守りや」

 ヒロは無神経にも三人で撮った写真や誕生日に貰ったGペンやウサギの人形を嬉しそうに見せていた。

「へえ~純粋の純でスミコ……いいな……私も純て漢字が入った名前がよかったな……」

 手紙を出す郵便局は憲兵が見張っている時がたまにあるそうで、一番疑われにくいからと和男くんが出してくれるとのことだった。

「僕が必ず出すから大丈夫だよっ」

「おおきにな~和男くん見ると浩を思い出すわ……静子おばさんも元気かのう」

 ヒロは最近哀愁漂い気味なので、元気付けるため僕はみんなにある提案をした。

「今度の日曜なんだけど、土浦にある神龍寺に行かない? 前に純子ちゃんにご先祖様が神龍寺近くに住んでたって話を聞いて行ってみたかったんだ」

「おっええな~そこ、俺も行ってみたいと思っとったんや」

「賛成~」

 神龍寺までは歩いて一時間以上かかったが、なかなか立派なお寺で……
 僕は「この近くに純子ちゃんのご先祖様が」と感慨深かったが、五人でお参りをしていたら、たまたま近所に住んでいるという人が話しかけてきて色々な事を教えてくれた。

 大正14年、つまり1925年……霞ヶ浦海軍航空隊と親交が深かった神龍寺の住職は、航空隊殉職者の慰霊と関東大震災後の不況で疲弊した土浦の経済の活性化のため、私財を投じて土浦花火大会を開催したそうだ。
 それ以降ずっと霞ヶ浦湖畔で毎年9月に開催されていたが、戦争の影響で1941年から中止になっているとのことだった。
 
「あ~あ、戦争の影響で今年も花火大会が中止とは……花火なんて昔、東京で両国川開きの花火大会を見た以来、何年も見てないよ。花火、みんなで見られたらよかったな……」

「あ~あれは綺麗だったな」

 僕のボヤキに反応してくれたのは、意外にも普段無口な島田くんで……

 みんなで「お前も?」「貴様も?」「島田くんも行ったの?」と総ツッコミで、五人で大笑いした。

 桜が咲く時期には、みんなでお花見もした。
 土浦海軍航空隊と霞ヶ浦海軍航空隊を結んでいた通称「海軍道路」沿いは何本もの桜が植えられていて……それは見事な桜並木だった。

 桜の下にゴザを敷き、五人とも頭を真ん中にして放射状に寝転んで空を見上げる。

「このご時世に、こんなに桜が残っとるなんて奇跡やな……」

 ヒロが呟くと、ふと落ちてきた丸ごとの桜を見ながら坂本くんは……

「俺達は五人、桜の花びらも5枚……俺達ってまるで桜の花みたいじゃないか?」

「わ、ほんとだ~僕達、上から見たら桜の花びらみたいになってるかもしれませんね」

「ほんと坂本くんてロマンチストだよね~さすが、恋人がいる人は言う事が違う」

「え? 坂本貴様、恋人おったんか?……ってなんで源次は知っとるんや?」

「食堂で話してたから? ヒロが代表で手紙渡してる時」

「いいな~僕も由香里さんと……」

「……お前ら、うるさい……」

 みんなで桜ごしに見上げた空は雲一つなく真っ青で……空との対比で桜のピンクが益々美しく見えて涙が出そうな位、綺麗だった。
 こんなに沢山の綺麗な桜が、たった3本だけ残して全て焼き尽くされるなんて……
 この時の僕達は全く思っていなかったんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...