42 / 80
〈悲劇の前夜〉後編
しおりを挟む
「防空法」の改正後、政府は「焼夷弾は簡単に消せる」と砂袋や手製の火叩きなど身近な道具で消火する方法を紹介し、「空襲から決して逃げず、焼夷弾を消火することが国民の義務」として消火訓練を盛んに行い、防空壕は床下を掘って設置することが原則とされた。
それは爆弾が投下されたら迅速に飛び出して防空活動に従事できるようにするためで……名称も退避所ではなく消火出動拠点として「待避所」に改められた。
しかし焼夷弾は発火装置と燃焼剤が一体となっており……投下されると数10メートル四方へ火焔とゲル化したガソリンなどの油脂が噴出され、一瞬で猛烈な炎が家屋を包んで近づくのも危険な程の火力で……紹介された方法で到底消火できるものではなかった。
帝国大学の教授が、中国で押収した米軍製の焼夷弾の燃焼実験を行ったところ「焼夷弾を消すことは不可能」という結論を得たにも関わらず、政府は科学者の警告を無視し「空襲は怖くないから逃げる必要はない。逃げずに火を消せ」と宣伝していた。
夜もふける頃、明日は早いので僕は播磨屋に泊まる事を提案された。
浩くんは、はしゃぎ疲れて1階の居間で寝てしまい……静子おばさんも隣で寝るとのことで勧められた風呂に入りにいった。
しかし、着替えの一部を2階に忘れた事に気付き、寝ている浩くん達を起こさないよう静かに階段を上がると……ヒロと純子ちゃんの声が聞こえてきた。
「……純子……ずっと言われへんかったけど…………俺はお前が好きや!」
「えっ、光ちゃん?」
「実はな、これが最後かもしれへんのや……せやから戻る前に言わなあかん思て」
「そんな……そんな事言わずに必ず帰ってきて」
「帰ってきたくてものう……3月末から特攻作戦に参加するから、無理かもしれへんのや」
「嫌! 嫌よ、そんなの……約束したじゃない!」
「せやな、約束したな……でもこの国を守るために、お前を守るために、行かなあかんのや…………最後に、おまんを抱き締めてもええか?」
「うん……いいよ……」
「ほんまは、おまんのそばにずっとおりたい……このまま、おまんと一つになりたい……」
「……………………いいよ……」
「…………やっぱやめや……お前、泣いとるし」
「ック、泣いてない!」
「泣いてるやろ……目、見れば分かる」
「ち、違……」
「すまんな、変な事言うて……忘れてくれ」
僕は動揺している自分の気持ちを必死に押し殺し、1階に降りてきたヒロに今まさに風呂から出てきたようなフリをした。
「すまん源次……やっぱ今日、源次の所に泊めてもらえへんか? 久し振りに二人で飲み明かそうや……っちゅうても、ほぼ水やけどな」
僕達は泣きながら寝てしまった純子ちゃんや1階で寝ている静子おばさん達が心配しないように置き手紙を書き、もう遅い時間なので二人で歩いてアパートに向かった。
その途中、なぜだか分からないが僕はとても嫌な予感がしていた。
「なあ、ヒロ……空襲、本当に大丈夫かな? 予告の空襲が2月だけの事ならいいんだけど、明日の3月10日が陸軍記念日だから気になって……」
「ビラの予告か? まあ、大丈夫やろ」
出来るだけ純子ちゃんの話題にならないよう気を使いながら歩いていると……
ウゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーウゥゥ
「長いから警戒警報だ……急いで戻らなきゃ!」
僕達は大分先まで歩いていたが、播磨屋に戻るため急いで走った……が暫くして警戒警報が解除された。
「なんじゃ~おどかしよって」
一瞬本当に焦ったが、空襲が来なくて本当によかったと安堵し再びアパートに向かった。
到着する頃には二人とも疲れていて、一息ついて「やっぱり明日の卒業式に備えて眠ろう」と布団を広げていた時だった……
ラジオから突然、東部軍管区情報が鳴り響いた。
「ブーッブーッ、関東地区、関東地区、空襲警報発令、東部軍司令部より関東地区に空襲警報が発令されました……房総半島沖合に多数のB-29を発見……」
ゴォォォォォォォォォォ
「なんじゃあ、ありゃあ!!」
僕達が遠くの空に見たのは、今まで誰も見たことがないであろう一面に広がる多数のB-29の不気味な姿だった。
それは爆弾が投下されたら迅速に飛び出して防空活動に従事できるようにするためで……名称も退避所ではなく消火出動拠点として「待避所」に改められた。
しかし焼夷弾は発火装置と燃焼剤が一体となっており……投下されると数10メートル四方へ火焔とゲル化したガソリンなどの油脂が噴出され、一瞬で猛烈な炎が家屋を包んで近づくのも危険な程の火力で……紹介された方法で到底消火できるものではなかった。
帝国大学の教授が、中国で押収した米軍製の焼夷弾の燃焼実験を行ったところ「焼夷弾を消すことは不可能」という結論を得たにも関わらず、政府は科学者の警告を無視し「空襲は怖くないから逃げる必要はない。逃げずに火を消せ」と宣伝していた。
夜もふける頃、明日は早いので僕は播磨屋に泊まる事を提案された。
浩くんは、はしゃぎ疲れて1階の居間で寝てしまい……静子おばさんも隣で寝るとのことで勧められた風呂に入りにいった。
しかし、着替えの一部を2階に忘れた事に気付き、寝ている浩くん達を起こさないよう静かに階段を上がると……ヒロと純子ちゃんの声が聞こえてきた。
「……純子……ずっと言われへんかったけど…………俺はお前が好きや!」
「えっ、光ちゃん?」
「実はな、これが最後かもしれへんのや……せやから戻る前に言わなあかん思て」
「そんな……そんな事言わずに必ず帰ってきて」
「帰ってきたくてものう……3月末から特攻作戦に参加するから、無理かもしれへんのや」
「嫌! 嫌よ、そんなの……約束したじゃない!」
「せやな、約束したな……でもこの国を守るために、お前を守るために、行かなあかんのや…………最後に、おまんを抱き締めてもええか?」
「うん……いいよ……」
「ほんまは、おまんのそばにずっとおりたい……このまま、おまんと一つになりたい……」
「……………………いいよ……」
「…………やっぱやめや……お前、泣いとるし」
「ック、泣いてない!」
「泣いてるやろ……目、見れば分かる」
「ち、違……」
「すまんな、変な事言うて……忘れてくれ」
僕は動揺している自分の気持ちを必死に押し殺し、1階に降りてきたヒロに今まさに風呂から出てきたようなフリをした。
「すまん源次……やっぱ今日、源次の所に泊めてもらえへんか? 久し振りに二人で飲み明かそうや……っちゅうても、ほぼ水やけどな」
僕達は泣きながら寝てしまった純子ちゃんや1階で寝ている静子おばさん達が心配しないように置き手紙を書き、もう遅い時間なので二人で歩いてアパートに向かった。
その途中、なぜだか分からないが僕はとても嫌な予感がしていた。
「なあ、ヒロ……空襲、本当に大丈夫かな? 予告の空襲が2月だけの事ならいいんだけど、明日の3月10日が陸軍記念日だから気になって……」
「ビラの予告か? まあ、大丈夫やろ」
出来るだけ純子ちゃんの話題にならないよう気を使いながら歩いていると……
ウゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーウゥゥ
「長いから警戒警報だ……急いで戻らなきゃ!」
僕達は大分先まで歩いていたが、播磨屋に戻るため急いで走った……が暫くして警戒警報が解除された。
「なんじゃ~おどかしよって」
一瞬本当に焦ったが、空襲が来なくて本当によかったと安堵し再びアパートに向かった。
到着する頃には二人とも疲れていて、一息ついて「やっぱり明日の卒業式に備えて眠ろう」と布団を広げていた時だった……
ラジオから突然、東部軍管区情報が鳴り響いた。
「ブーッブーッ、関東地区、関東地区、空襲警報発令、東部軍司令部より関東地区に空襲警報が発令されました……房総半島沖合に多数のB-29を発見……」
ゴォォォォォォォォォォ
「なんじゃあ、ありゃあ!!」
僕達が遠くの空に見たのは、今まで誰も見たことがないであろう一面に広がる多数のB-29の不気味な姿だった。
2
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる