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〈悲劇の前夜〉前編
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3月9日の夜は、夜間の空襲に備えて減光した灯火管制の中、ささやかながら純子ちゃんの卒業式の前祝いをした。
「二人に会えて本当に嬉しい! 茨城の方は空襲、大丈夫だったの?」
「それが百里原も空襲で兵舎が燃えて大変だったんじゃ~」
「そうなの!? 二人とも無事で本当によかった……兵舎がやられたんじゃあ当分出撃はなさそうでよかったわ」
「そ、そうだね……」
僕達は曖昧な返事をする事しかできなかった。
百里原海軍航空隊は具体的な編成の話はまだないが、3月末から特攻の菊水作戦に参加する事が決まっていたから……
僕はせめてもと純子ちゃんに卒業祝いを用意していたが、明日の卒業式の後に渡そうと思っていた。
ヒロは終始、上機嫌で……僕と肩を組んで、よさこい節を歌いだした。
「土佐の高知の~はりまや橋で~坊さんカンザシ~買うを見た~よさこい~よさこい~」
その時僕は、ヒロが純子ちゃんにカンザシを渡した事と、鹿島にいた頃に坂本くんに聞いた話を思い出した。
よさこい節は江戸時代にあった、お馬という娘と20歳年上の純信という僧との悲恋物語が元で、カンザシを贈る行為には婚約指輪を贈るのと同じで「あなたを一生守ります」という意味がある事を……
僕は明日、もしかしたら最後になるかもしれないからと卒業式の後に自分の想いを打ち明けようと思っていたが……ヒロの本気の想いに気付いて告白するのをやめた。
「それにしても1ヶ月位前に空襲があるって予告のビラが空から落ちてきたけど……この間の位ので済んで本当によかったわ」
「えっ、予告のビラ?」
空襲予告ビラとは全国各地で上空から米軍機が散布したもので……表には避難するよう警告文が書いてあり、裏に攻撃対象都市が記載されたものもあった。
初めて散布されたのは1945年2月17日……
関東から東海地方までの広範囲で、落ちてきたビラを恐る恐る拾った人が多くいたそうだ。
政府は空襲予告を広く伝えて避難を促すのではなく、逆に国民に不安や動揺が広がって都市部から大勢逃げ出したり戦争批判の世論が高まることを恐れた。
憲兵司令部は火消しに走り……「敵の宣伝を流布してはならない」「発見したら直ちに憲兵隊や警察に届け出よ」「一枚たりとも国土に存在させぬように」と発表して新聞各紙にも掲載……
ビラは警察官も動員して総出で即回収し、隠し持っている者は非国民扱いでスパイの疑いをかけて厳しく罰した。
戦争末期の空襲予告ビラには「都市にある軍事施設を……戦争を長引かせるために使う兵器を米空軍は全部破壊します……アメリカは罪のない人達を傷つけたくはありません……アメリカの敵はあなた方ではありません。あなた方を戦争に引っ張り込んでいる軍部こそ敵です……アメリカの考えている平和というのはただ軍部の圧迫からあなた方を解放することです。そうすればもっとよい新日本が出来上がるんです。戦争を止めるような新指導者を樹てて平和を恢復したらどうですか……裏に書いてある都市から避難して下さい」と書かれていたそうだ。
「実は2月25日の空襲の時に慌てて逃げようとしたら憲兵さんに『逃げるな、火を消せ』と怒られてしまって……臆病者よね、今はみんなが戦わなきゃいけない時なのに……」
「そんな……」
僕は純子ちゃんが実は消火活動に参加している途中で髪が燃えたのだという話を静子おばさんから聞いて、避難よりも危険な場所に留まる事を強いる政府に強い憤りを感じた。
「僕、バケツリレーの消火訓練で褒められたんだよ~ホイサッ、ホイサッ、ね~早いでしょ?」
浩くんは久し振りの家族団欒が楽しかったようで、はしゃぎ回っていたが……
「二人に会えて本当に嬉しい! 茨城の方は空襲、大丈夫だったの?」
「それが百里原も空襲で兵舎が燃えて大変だったんじゃ~」
「そうなの!? 二人とも無事で本当によかった……兵舎がやられたんじゃあ当分出撃はなさそうでよかったわ」
「そ、そうだね……」
僕達は曖昧な返事をする事しかできなかった。
百里原海軍航空隊は具体的な編成の話はまだないが、3月末から特攻の菊水作戦に参加する事が決まっていたから……
僕はせめてもと純子ちゃんに卒業祝いを用意していたが、明日の卒業式の後に渡そうと思っていた。
ヒロは終始、上機嫌で……僕と肩を組んで、よさこい節を歌いだした。
「土佐の高知の~はりまや橋で~坊さんカンザシ~買うを見た~よさこい~よさこい~」
その時僕は、ヒロが純子ちゃんにカンザシを渡した事と、鹿島にいた頃に坂本くんに聞いた話を思い出した。
よさこい節は江戸時代にあった、お馬という娘と20歳年上の純信という僧との悲恋物語が元で、カンザシを贈る行為には婚約指輪を贈るのと同じで「あなたを一生守ります」という意味がある事を……
僕は明日、もしかしたら最後になるかもしれないからと卒業式の後に自分の想いを打ち明けようと思っていたが……ヒロの本気の想いに気付いて告白するのをやめた。
「それにしても1ヶ月位前に空襲があるって予告のビラが空から落ちてきたけど……この間の位ので済んで本当によかったわ」
「えっ、予告のビラ?」
空襲予告ビラとは全国各地で上空から米軍機が散布したもので……表には避難するよう警告文が書いてあり、裏に攻撃対象都市が記載されたものもあった。
初めて散布されたのは1945年2月17日……
関東から東海地方までの広範囲で、落ちてきたビラを恐る恐る拾った人が多くいたそうだ。
政府は空襲予告を広く伝えて避難を促すのではなく、逆に国民に不安や動揺が広がって都市部から大勢逃げ出したり戦争批判の世論が高まることを恐れた。
憲兵司令部は火消しに走り……「敵の宣伝を流布してはならない」「発見したら直ちに憲兵隊や警察に届け出よ」「一枚たりとも国土に存在させぬように」と発表して新聞各紙にも掲載……
ビラは警察官も動員して総出で即回収し、隠し持っている者は非国民扱いでスパイの疑いをかけて厳しく罰した。
戦争末期の空襲予告ビラには「都市にある軍事施設を……戦争を長引かせるために使う兵器を米空軍は全部破壊します……アメリカは罪のない人達を傷つけたくはありません……アメリカの敵はあなた方ではありません。あなた方を戦争に引っ張り込んでいる軍部こそ敵です……アメリカの考えている平和というのはただ軍部の圧迫からあなた方を解放することです。そうすればもっとよい新日本が出来上がるんです。戦争を止めるような新指導者を樹てて平和を恢復したらどうですか……裏に書いてある都市から避難して下さい」と書かれていたそうだ。
「実は2月25日の空襲の時に慌てて逃げようとしたら憲兵さんに『逃げるな、火を消せ』と怒られてしまって……臆病者よね、今はみんなが戦わなきゃいけない時なのに……」
「そんな……」
僕は純子ちゃんが実は消火活動に参加している途中で髪が燃えたのだという話を静子おばさんから聞いて、避難よりも危険な場所に留まる事を強いる政府に強い憤りを感じた。
「僕、バケツリレーの消火訓練で褒められたんだよ~ホイサッ、ホイサッ、ね~早いでしょ?」
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