48 / 80
〈残酷な現実〉後編
しおりを挟む
講堂には被害状況を目の当たりにして帰る所のない人々が続々戻ってきた。
耳にするのは酷い話ばかりで……
至る所で巨大な火災旋風が発生し、主な通りは軒並み「火の粉の川」と化して炎に巻かれて焼死、炎に酸素を奪われて窒息死……
川の水面は焼夷弾の油に引火した「燃える川」と化して焼死・溺死・詰めかけた人々が群衆雪崩で圧死……
隅田川・荒川放水路等は焼死・溺死・冷たい水による凍死者が川面にあふれていたそうだ。
両国橋の被害も凄かったが、言問橋では人が殺到して身動きがとれず……怒声と悲鳴が飛び交う人達の上に炎がどんどん燃え広がり、橋の一帯で約7000人が亡くなった。
関東大震災の教訓を活かして作られた幅の広い鉄の橋だったのに、大震災で起きた時と同じ悲劇が繰り返されてしまった。
中には銀行に逃げ込み、煙は下にいくからと地下室ではなく1階に留まって燃えやすいカーテンをはずし、皆で協力して消火しながら助かった人もいたそうだが……
避難場所に指定されたあるビルの地下に詰めかけた人々は群衆雪崩で圧死、お寺に逃げこんで念仏をあげる者もいたが木造なので全焼……
防火用水に潜って助かった者、沸騰した防火用水に飛び込み命を失った者……
折り重なる焼け焦げた遺体の下で偶然生き残った者、川に飛び込み多くの人が飛び込んできたことにより溺死した者……
都内には色々な川があり川に逃げた人の大半は亡くなったが、たまたま通った船に引き上げられて助かった者もいて、全てが紙一重だった。
隅田川には毎日のように遺体が流れ、公園や小学校や動物園など広い場所には遺体の山ができた。
一箇所に山積みされて火葬され、通常の埋葬ができないので公園や寺院の境内などに穴を掘って仮埋葬がされた。
焼け野原の中でも銀座の和光ビルは焼け残り……下町からも見えたという時計塔は「戦火を乗り越えた希望の象徴」になったという。
「東京大空襲」では一夜にして10万人以上の命が失われた。
東京の3分の1以上が焼けて、負傷者は15万人以上、損害家屋は27万戸以上にのぼり100万人もの人が家を失った。
疎開で地方にいた者も卒業式のためなどで東京にいた者も多く……
空襲警報が遅れたこと、北風や西風の強風による延焼、小学校・地下室・公園などの避難所も火災に襲われたこと、踏み留まって消火しろとの指導で逃げ遅れたことなど様々な要因があるが……
単独の空襲による犠牲者数が歴史上過去最大で、まるで「東京大虐殺」だった。
米軍の中には「民間人の被害が多く出るのでは」と意義を唱える者もいたが、司令官は「軍事産業の労働者だからよい」と一蹴し断行されたそうだ。
3月10日の夜の首相ラジオ演説は「空襲に耐えることこそ勝利の近道、一時の不幸に屈することなく聖戦の達成への邁進を切望する」とのことで……
「敵のビラを届け出ずに所持した者は最大で懲役2ヵ月に処する」という命令を定めた。
空襲による悲惨な本当の被害実態はラジオや新聞で報道されず……「被害は僅少」という大本営発表が報じられた。
皆が何も言えない中で「消防は二の次で、逃げるのが一番よいと思う!」と反論する議員がいたのが唯一の希望だった。
地獄のような惨状の中でも一部の人々は助け合い……食べ物を求める人と貴重な食糧を分け合ったり、寒い中で服や靴を失った人に服や靴を手渡す姿も見られた。
落ち着いた頃に皆で僕のアパートの方に行ってみると……幸いにもなんとか焼け残っていた。
近くの大学病院で火傷を診てもらったら、ヒロが全治3週間で僕が全治1ヶ月位とのことで……
それをヒロが百里原に連絡したところ、火傷の療養を行い治った後に合流するようにとのことだった。
「あのさ……火傷が治るまで暫く僕の実家にみんなで住まない? アパートじゃ狭いし、妹に似てる純子ちゃんや気に入ってるヒロ達が来たら母さんも喜ぶだろうし」
「ありがたい話だけど、ご迷惑じゃない? でも妹さんもいらしたのね、私もお会いしたいわ」
「妹は西埼玉地震の時に亡くなったんだ……」
「えっ? そんな……ごめんなさい……」
「いいよいいよ、僕が言ってなかったんだし。ねえ浩くん……軍艦大和と同じ地名だし、東京より安全な場所だよ? ヒロもそれが一番いいと思うだろ?」
「せやな……早う敵を取りたいとこやけど、こんな手じゃ操縦管が握られへんし……すんまへんがお世話になります! それにしても、な~んにもなくなってもうたな~」
「なんにもじゃないよ? 姉ちゃんも僕も、弘兄ちゃんも源兄ちゃんも生き残ってる……お母ちゃんは、お父ちゃんや姉ちゃんや僕の思いを守ってくれたんだよね? だったらこれからは僕が姉ちゃんを守るよ!」
浩くんは泣き腫らした目で両手を広げ、9歳とは思えない強い眼差しをしていた。
「浩ちゃんはすごいね……昔から甘えたがりで、私が子守唄歌わないと泣いてばかりだったのに……私より何倍も強い」
純子ちゃんは静かに涙を流しながら、缶を大事そうに抱き締めて立ち上がった。
「行こう、みんなで! 源次さん、お世話になります!」
そう言ってお辞儀し、無理やり笑顔を見せようとする純子ちゃんの姿は……
痛々しくて見ていられなかった。
耳にするのは酷い話ばかりで……
至る所で巨大な火災旋風が発生し、主な通りは軒並み「火の粉の川」と化して炎に巻かれて焼死、炎に酸素を奪われて窒息死……
川の水面は焼夷弾の油に引火した「燃える川」と化して焼死・溺死・詰めかけた人々が群衆雪崩で圧死……
隅田川・荒川放水路等は焼死・溺死・冷たい水による凍死者が川面にあふれていたそうだ。
両国橋の被害も凄かったが、言問橋では人が殺到して身動きがとれず……怒声と悲鳴が飛び交う人達の上に炎がどんどん燃え広がり、橋の一帯で約7000人が亡くなった。
関東大震災の教訓を活かして作られた幅の広い鉄の橋だったのに、大震災で起きた時と同じ悲劇が繰り返されてしまった。
中には銀行に逃げ込み、煙は下にいくからと地下室ではなく1階に留まって燃えやすいカーテンをはずし、皆で協力して消火しながら助かった人もいたそうだが……
避難場所に指定されたあるビルの地下に詰めかけた人々は群衆雪崩で圧死、お寺に逃げこんで念仏をあげる者もいたが木造なので全焼……
防火用水に潜って助かった者、沸騰した防火用水に飛び込み命を失った者……
折り重なる焼け焦げた遺体の下で偶然生き残った者、川に飛び込み多くの人が飛び込んできたことにより溺死した者……
都内には色々な川があり川に逃げた人の大半は亡くなったが、たまたま通った船に引き上げられて助かった者もいて、全てが紙一重だった。
隅田川には毎日のように遺体が流れ、公園や小学校や動物園など広い場所には遺体の山ができた。
一箇所に山積みされて火葬され、通常の埋葬ができないので公園や寺院の境内などに穴を掘って仮埋葬がされた。
焼け野原の中でも銀座の和光ビルは焼け残り……下町からも見えたという時計塔は「戦火を乗り越えた希望の象徴」になったという。
「東京大空襲」では一夜にして10万人以上の命が失われた。
東京の3分の1以上が焼けて、負傷者は15万人以上、損害家屋は27万戸以上にのぼり100万人もの人が家を失った。
疎開で地方にいた者も卒業式のためなどで東京にいた者も多く……
空襲警報が遅れたこと、北風や西風の強風による延焼、小学校・地下室・公園などの避難所も火災に襲われたこと、踏み留まって消火しろとの指導で逃げ遅れたことなど様々な要因があるが……
単独の空襲による犠牲者数が歴史上過去最大で、まるで「東京大虐殺」だった。
米軍の中には「民間人の被害が多く出るのでは」と意義を唱える者もいたが、司令官は「軍事産業の労働者だからよい」と一蹴し断行されたそうだ。
3月10日の夜の首相ラジオ演説は「空襲に耐えることこそ勝利の近道、一時の不幸に屈することなく聖戦の達成への邁進を切望する」とのことで……
「敵のビラを届け出ずに所持した者は最大で懲役2ヵ月に処する」という命令を定めた。
空襲による悲惨な本当の被害実態はラジオや新聞で報道されず……「被害は僅少」という大本営発表が報じられた。
皆が何も言えない中で「消防は二の次で、逃げるのが一番よいと思う!」と反論する議員がいたのが唯一の希望だった。
地獄のような惨状の中でも一部の人々は助け合い……食べ物を求める人と貴重な食糧を分け合ったり、寒い中で服や靴を失った人に服や靴を手渡す姿も見られた。
落ち着いた頃に皆で僕のアパートの方に行ってみると……幸いにもなんとか焼け残っていた。
近くの大学病院で火傷を診てもらったら、ヒロが全治3週間で僕が全治1ヶ月位とのことで……
それをヒロが百里原に連絡したところ、火傷の療養を行い治った後に合流するようにとのことだった。
「あのさ……火傷が治るまで暫く僕の実家にみんなで住まない? アパートじゃ狭いし、妹に似てる純子ちゃんや気に入ってるヒロ達が来たら母さんも喜ぶだろうし」
「ありがたい話だけど、ご迷惑じゃない? でも妹さんもいらしたのね、私もお会いしたいわ」
「妹は西埼玉地震の時に亡くなったんだ……」
「えっ? そんな……ごめんなさい……」
「いいよいいよ、僕が言ってなかったんだし。ねえ浩くん……軍艦大和と同じ地名だし、東京より安全な場所だよ? ヒロもそれが一番いいと思うだろ?」
「せやな……早う敵を取りたいとこやけど、こんな手じゃ操縦管が握られへんし……すんまへんがお世話になります! それにしても、な~んにもなくなってもうたな~」
「なんにもじゃないよ? 姉ちゃんも僕も、弘兄ちゃんも源兄ちゃんも生き残ってる……お母ちゃんは、お父ちゃんや姉ちゃんや僕の思いを守ってくれたんだよね? だったらこれからは僕が姉ちゃんを守るよ!」
浩くんは泣き腫らした目で両手を広げ、9歳とは思えない強い眼差しをしていた。
「浩ちゃんはすごいね……昔から甘えたがりで、私が子守唄歌わないと泣いてばかりだったのに……私より何倍も強い」
純子ちゃんは静かに涙を流しながら、缶を大事そうに抱き締めて立ち上がった。
「行こう、みんなで! 源次さん、お世話になります!」
そう言ってお辞儀し、無理やり笑顔を見せようとする純子ちゃんの姿は……
痛々しくて見ていられなかった。
2
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる