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〈新しい空へ〉前編
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僕達は埼玉の実家に移る前に焼け残った神田明神に行き、最後のお参りをした。
「みんな何てお願いしたの?」
「俺は秘密や」
「私はね、みんなでお守り持ってまた此処に来れますようにって……お揃いのウサギの人形、ちゃんと持ってる?」
僕達が隊服のポケットからウサギの人形を出すと、純子ちゃんもモンペのポケットから取り出して……3羽揃ったウサギを見つめて嬉しそうに笑った。
「ずるい~僕のお守りは~?」
「浩ちゃんにはコレがあるでしょ~」
純子ちゃんは位牌の中から浩一おじさんが託した軍帽の星を取り出した。
「あと、お母ちゃんの服は防空頭巾の中に縫い付けておいたから、これでお母ちゃんともいつでも一緒よ?」
浩くんは「わ~い、わ~い」と飛び上がって喜んでいた。
それからみんなで缶の中の軍粮精を分けて舐めた。
少し焦げていたが砂糖が溶けた香ばしい匂いがして……
それは今まで食べたどんなものよりも美味しかった。
「姉ちゃん、なんか歌ってよ~」
「じゃあ『椰子の実』は? 私、好きなんだ~どんなに遠くにいても心が繋がっている気がして……せ~のっ」
~~~~~~~~~~
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷の岸を離れて
汝はそも波に幾月
旧の樹は 生いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた渚を枕
孤身の浮寝の旅ぞ
実をとりて 胸にあつれば
新なり 流離の憂
海の日の 沈むを見れば
激り落つ 異郷の涙
思いやる八重の汐々
いずれの日にか 国に帰らん
~~~~~~~~~~
純子ちゃんの歌声は澄み渡る空に溶けて、浩一おじさんと静子おばさんがいる天国まで届いているような気がした。
地元の最寄りの駅に着くと……純子ちゃんが「氏神様にご挨拶に行きたいから、初詣に行ってる場所に連れて行って」というので寄り道をした。
「浩くんも知ってる先生のうちと僕のうちが毎年待ち合わせしてお参りをしてたから隣町のお寺なんだけど……」
「わ~素敵な所……源次さんは何をお願いするの?」
「僕は大和に乗ってる父さんが無事に帰ってきますように~かな」
「僕はね~新しい学校で友達が沢山できますように~」
「私はね~……ちょっと待って……このお寺、成田山シン……ゴジ?」
「そうだけど、どうしたの?」
「なんでもないわ……行きましょう」
「急にどないしたんや、俺はまだ……」
純子ちゃんの様子に違和感を抱きつつも、僕達は家に向かった。
「いらっしゃい、みんな待ってたわよ~二人の怪我が治るまでとは言わず、みんないつまでも、いつまでもいてくれていいんだからね?」
母さんは温かい笑顔で出迎えてくれた。
きっと関東大震災の時もこんな感じだったのだろう。
僕達は久し振りにお風呂に入り、母さんの用意してくれた温かいものを食べ、男女別々の部屋で温かい布団で寝て幸せを噛み締めた。
翌朝、ヒロに変な事を言われた。
「源次の部屋に、使わないノートあったりせえへん?」
ノートを渡した時に何に使うか聞いてみたが……「秘密じゃ」と教えてくれなかった。
浩くんは4月から僕が昔、通っていた小学校に通うことになった。
僕達の火傷が回復するのと比例するように、純子ちゃん達も元気を取り戻していった。
純子ちゃんはお風呂に入ると、いつも色んな童謡を歌っていて……本当に歌が好きなんだなと思った。
そんなある日、庭にいた僕は偶然、部屋にいたヒロと純子ちゃん達の会話を盗み聞きしてしまった。
「ほんまに風呂まで入れさしてもろて、ありがたいのう……思い出したけど初めて風呂に入る前のお前……頭くさいし真っ黒でヤマンバみたいやったわ」
「アハハハハハもう光ちゃんてば、やだ~ひどいわ、でも本当に何もかもありがたい……それに、こんなに笑ったのは久し振り」
「ほんまやな、久し振りにお前の笑顔見たけど……やっぱりキレイや」
「やめてよ……からかわないで?」
「そうやって笑っててくれ! その笑顔のためなら、俺はいくらだって頑張れる! お前らが幸せに生きられる世の中になるんなら……命をかける甲斐があるわ」
「……光ちゃん、お願い……百里原にはもう行かないで」
「そないなわけには、いかへんやろ~無断脱走は銃殺刑やで? 源次に言うといてくれ~『あいつは火傷が悪化した』とか俺が上官にうまい事言うとくから、治っても戻ってくるなって」
「もし行ったとしても必ず帰ってきて! 帰ってくるって約束してくれないなら……『行ってらっしゃい』は言えないわ」
あっという間に3月末になり、先に火傷が回復したヒロが百里原に戻る日になった。
「みんな何てお願いしたの?」
「俺は秘密や」
「私はね、みんなでお守り持ってまた此処に来れますようにって……お揃いのウサギの人形、ちゃんと持ってる?」
僕達が隊服のポケットからウサギの人形を出すと、純子ちゃんもモンペのポケットから取り出して……3羽揃ったウサギを見つめて嬉しそうに笑った。
「ずるい~僕のお守りは~?」
「浩ちゃんにはコレがあるでしょ~」
純子ちゃんは位牌の中から浩一おじさんが託した軍帽の星を取り出した。
「あと、お母ちゃんの服は防空頭巾の中に縫い付けておいたから、これでお母ちゃんともいつでも一緒よ?」
浩くんは「わ~い、わ~い」と飛び上がって喜んでいた。
それからみんなで缶の中の軍粮精を分けて舐めた。
少し焦げていたが砂糖が溶けた香ばしい匂いがして……
それは今まで食べたどんなものよりも美味しかった。
「姉ちゃん、なんか歌ってよ~」
「じゃあ『椰子の実』は? 私、好きなんだ~どんなに遠くにいても心が繋がっている気がして……せ~のっ」
~~~~~~~~~~
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷の岸を離れて
汝はそも波に幾月
旧の樹は 生いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた渚を枕
孤身の浮寝の旅ぞ
実をとりて 胸にあつれば
新なり 流離の憂
海の日の 沈むを見れば
激り落つ 異郷の涙
思いやる八重の汐々
いずれの日にか 国に帰らん
~~~~~~~~~~
純子ちゃんの歌声は澄み渡る空に溶けて、浩一おじさんと静子おばさんがいる天国まで届いているような気がした。
地元の最寄りの駅に着くと……純子ちゃんが「氏神様にご挨拶に行きたいから、初詣に行ってる場所に連れて行って」というので寄り道をした。
「浩くんも知ってる先生のうちと僕のうちが毎年待ち合わせしてお参りをしてたから隣町のお寺なんだけど……」
「わ~素敵な所……源次さんは何をお願いするの?」
「僕は大和に乗ってる父さんが無事に帰ってきますように~かな」
「僕はね~新しい学校で友達が沢山できますように~」
「私はね~……ちょっと待って……このお寺、成田山シン……ゴジ?」
「そうだけど、どうしたの?」
「なんでもないわ……行きましょう」
「急にどないしたんや、俺はまだ……」
純子ちゃんの様子に違和感を抱きつつも、僕達は家に向かった。
「いらっしゃい、みんな待ってたわよ~二人の怪我が治るまでとは言わず、みんないつまでも、いつまでもいてくれていいんだからね?」
母さんは温かい笑顔で出迎えてくれた。
きっと関東大震災の時もこんな感じだったのだろう。
僕達は久し振りにお風呂に入り、母さんの用意してくれた温かいものを食べ、男女別々の部屋で温かい布団で寝て幸せを噛み締めた。
翌朝、ヒロに変な事を言われた。
「源次の部屋に、使わないノートあったりせえへん?」
ノートを渡した時に何に使うか聞いてみたが……「秘密じゃ」と教えてくれなかった。
浩くんは4月から僕が昔、通っていた小学校に通うことになった。
僕達の火傷が回復するのと比例するように、純子ちゃん達も元気を取り戻していった。
純子ちゃんはお風呂に入ると、いつも色んな童謡を歌っていて……本当に歌が好きなんだなと思った。
そんなある日、庭にいた僕は偶然、部屋にいたヒロと純子ちゃん達の会話を盗み聞きしてしまった。
「ほんまに風呂まで入れさしてもろて、ありがたいのう……思い出したけど初めて風呂に入る前のお前……頭くさいし真っ黒でヤマンバみたいやったわ」
「アハハハハハもう光ちゃんてば、やだ~ひどいわ、でも本当に何もかもありがたい……それに、こんなに笑ったのは久し振り」
「ほんまやな、久し振りにお前の笑顔見たけど……やっぱりキレイや」
「やめてよ……からかわないで?」
「そうやって笑っててくれ! その笑顔のためなら、俺はいくらだって頑張れる! お前らが幸せに生きられる世の中になるんなら……命をかける甲斐があるわ」
「……光ちゃん、お願い……百里原にはもう行かないで」
「そないなわけには、いかへんやろ~無断脱走は銃殺刑やで? 源次に言うといてくれ~『あいつは火傷が悪化した』とか俺が上官にうまい事言うとくから、治っても戻ってくるなって」
「もし行ったとしても必ず帰ってきて! 帰ってくるって約束してくれないなら……『行ってらっしゃい』は言えないわ」
あっという間に3月末になり、先に火傷が回復したヒロが百里原に戻る日になった。
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