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2019 8/25 「エイミー」
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月夜の中で、気泡を吐き出す。
小さなあぶくたちが上へ上へと昇っていく。
数秒、十数秒、経った。
ようやく湖底に背中がついた。
ゆっくりと目を閉じる。
6/9、私は今、湖底に眠る。
エイミー、ここにいるの?
あなたがいなくなってから、ずっと、とても、退屈だったんだよ。
今でも、これからも、きっと理由はわからないけど、あなたが決めたことなら納得できる気がするの。
ゆっくりと目を開ける。
体を大の字にして、最期の景色を眺める。
湖底から見える景色はとてもきれいだった。
昼時の太陽の光は湖に吸収され、深い藍色の成分となっていた。
そこはまるで、陽の残光で輝く月夜のように、入れ違いで朝日を追いかける月夜のように、深々と、鈍色に輝いていた。
ここから見える太陽は月だった。
伸ばした手の先、柔らかな泥の感触の中に突如として尖った、明らかに人工物のような何かが掌を指した。
それを手繰り寄せてみると、万年筆だった。
彼の万年筆だった。
エイミー、という名前を叫ぶ代わりに大きな気泡がいくつも口から飛び出した。
全身が硬直する。息が急に苦しくなる。
ここじゃない、ここじゃないんだ。
なぜかそう思った。夢から覚めたような衝撃が脳の中の記憶を殴打した。
息が苦しい。視界の端が迫ってくる。意識が何度も飛びかける。
それでも再び眠ることは誰よりも彼女自身が許さなかった。
万年筆を零さぬよう、水中の桟橋の柱にしがみついてよじ登る。
ようやくもう一度顔を出すことができた地上は明るかった。
なんとか桟橋の上に転がり込み、呼吸を整える。
彼の万年筆は手の中にあった。
何度も飛びかけた意識の傍ら、手を広げることだけはなかったのだ。
寒い。
朦朧とする意識の中、あの教会を目指して歩き出した。
教会の中へ入り、冷たい足跡を残しながら進み、長椅子に腰掛ける。
疲れた。
私の姿に気づいたおばあさんが、ストーブを焚いて、タオルを持ってきてくれた。
おばあさんから貸してもらった服に着替えて、荷物を整理していると、
「そのカメラと万年筆はあの子のものじゃないの?」
と流暢な日本語でそう言われた。
「知っているんですか...?」
おばあさんは無言で立ち上がりどこかへ行くと、何かを取って帰ってきた。
「あの子はきっとあなたを待っていたのよ。」
そう言った。
そして、1枚の手紙と1枚の写真を渡してくれた───
ここが写真の場所。
ようやく見つけ出した最後の写真のあの場所。
海の上の街。
「8/25、夕凪、ヴィスビュー。
夏は暮れ、次に日が暮れようとする頃、彼の最後の宿をやっと見つけた。」
荷物をまとめて、外に繰り出した。
茜色に照らされ始めた近くの浜辺を歩く。
花緑青の香りがするその手紙をゆっくりと開く。
小さなあぶくたちが上へ上へと昇っていく。
数秒、十数秒、経った。
ようやく湖底に背中がついた。
ゆっくりと目を閉じる。
6/9、私は今、湖底に眠る。
エイミー、ここにいるの?
あなたがいなくなってから、ずっと、とても、退屈だったんだよ。
今でも、これからも、きっと理由はわからないけど、あなたが決めたことなら納得できる気がするの。
ゆっくりと目を開ける。
体を大の字にして、最期の景色を眺める。
湖底から見える景色はとてもきれいだった。
昼時の太陽の光は湖に吸収され、深い藍色の成分となっていた。
そこはまるで、陽の残光で輝く月夜のように、入れ違いで朝日を追いかける月夜のように、深々と、鈍色に輝いていた。
ここから見える太陽は月だった。
伸ばした手の先、柔らかな泥の感触の中に突如として尖った、明らかに人工物のような何かが掌を指した。
それを手繰り寄せてみると、万年筆だった。
彼の万年筆だった。
エイミー、という名前を叫ぶ代わりに大きな気泡がいくつも口から飛び出した。
全身が硬直する。息が急に苦しくなる。
ここじゃない、ここじゃないんだ。
なぜかそう思った。夢から覚めたような衝撃が脳の中の記憶を殴打した。
息が苦しい。視界の端が迫ってくる。意識が何度も飛びかける。
それでも再び眠ることは誰よりも彼女自身が許さなかった。
万年筆を零さぬよう、水中の桟橋の柱にしがみついてよじ登る。
ようやくもう一度顔を出すことができた地上は明るかった。
なんとか桟橋の上に転がり込み、呼吸を整える。
彼の万年筆は手の中にあった。
何度も飛びかけた意識の傍ら、手を広げることだけはなかったのだ。
寒い。
朦朧とする意識の中、あの教会を目指して歩き出した。
教会の中へ入り、冷たい足跡を残しながら進み、長椅子に腰掛ける。
疲れた。
私の姿に気づいたおばあさんが、ストーブを焚いて、タオルを持ってきてくれた。
おばあさんから貸してもらった服に着替えて、荷物を整理していると、
「そのカメラと万年筆はあの子のものじゃないの?」
と流暢な日本語でそう言われた。
「知っているんですか...?」
おばあさんは無言で立ち上がりどこかへ行くと、何かを取って帰ってきた。
「あの子はきっとあなたを待っていたのよ。」
そう言った。
そして、1枚の手紙と1枚の写真を渡してくれた───
ここが写真の場所。
ようやく見つけ出した最後の写真のあの場所。
海の上の街。
「8/25、夕凪、ヴィスビュー。
夏は暮れ、次に日が暮れようとする頃、彼の最後の宿をやっと見つけた。」
荷物をまとめて、外に繰り出した。
茜色に照らされ始めた近くの浜辺を歩く。
花緑青の香りがするその手紙をゆっくりと開く。
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