フェリシアン・シンドローム

九條 連

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第5章

第2話

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 自宅まで送るという令嬢の申し出を辞退し、群司は最寄り駅で車を降りた。
 あらためて食事の礼を述べ、走り去る車を見送る。その姿が見えなくなったところで小さく息をつき、身を翻した。

 駅の階段を上ってコンコースを抜け、そのまま連絡通路を渡って駅の反対側に出る。慣れた足取りで午前中に一度通った道をふたたびたどり、群司が向かったのは、秋川家が檀家となっている菩提寺だった。
 先程両親とともに墓参は済ませているが、天城瑠唯と食事をしたいま、あらためて墓前で兄と向き合いたかった。

 天城製薬の社長令嬢は、容姿も端麗で人柄も申し分なく、おそらく兄より数歳年下であろうことを踏まえても、充分に釣り合いの取れる相手だった。
 ふたりが並んだら、さぞお似合いの組み合わせになったことだろう。そう思える女性だった。だが。

 いざプライベートで話をしてみると、どこがどうとは言いがたい違和感をおぼえた。そしてその印象は、時間が経つほどに強まっていった。
 話していることは至極まっとうで、考えかたにも、スマートで洗練された物腰にも好感が持てた。問題に感じるような部分はどこにもないはずだった。
 自分の経験した苦しみのぶんだけ他者を思いやり、救える手立てを見いだそうとしている、聡明で穏やかで、立場をひけらかすことのない控えめな女性。
 短い時間の中で得た印象は、好ましいというひと言に尽きた。それなのに、兄のパートナーとして考えると、どうしてもしっくりこないなにかがあった。

 大会社の社長令嬢である彼女と、一般家庭の出である兄とでは家格が釣り合わない。生活のレベルが合わない。価値基準に隔たりがありすぎる。
 むろん、そういう格差があることは否めないが、そういったことではなく、兄は彼女を恋人には選ばない。なぜかそう思えた。
 ただ一度、垣間見た電話でのやりとり。

 なんだルイか――そう言って浮かべた、はにかんだような笑み。
 天城瑠唯では、兄にあんな顔はさせられない。そんな確信めいたものがあった。

 あのとき、電話の向こうにいたのはだれなのだろう。
 それとも自分の思いすごしで、電話の相手はやはり彼女だったのだろうか。
 それ以前に、『魔法の薬』云々に関する疑惑そのものがまったくの見当違いで、自分が的外れなことをしている可能性も否定できなかった。

 群司の中に、さまざまな思いが去来する。
 とりとめのない思考にとらわれるうち、いつしかその足は目的地にたどり着いていた。
 門をくぐり、境内を抜けて本堂の奥にある霊園に向かう。秋川家の墓所を目指して人気の少ない通路を進んだ群司は、しかし、途中でその足を止めた。
 兄の眠る墓石ぼせきのまえに、人が佇んでいた。
 その横顔に、群司は息を呑んだ。この場にいること自体、本来であればあり得ないはずの人物――

 兄の墓前を訪れていたのは、薬理研究部の早乙女だった。


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