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第4章
過飽和の要因(1)
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「お騒がせしてしまい、申し訳なかった」
倒れたリュシエルを寝所に運び、騒ぎが落ち着いたところでそう口を開いた。
寝台では、いまもなお、リュシエルが深い眠りについている。
屋敷に常駐している医術士の見立てでは、エネルギーが飽和状態になっているとのことだった。
ひとまずの応急処置を済ませて医術士が下がっていった後、部屋には俺ともうひとり、世話役の男が残った。男は光の眷属の出身で、名をルシアスといった。年齢は二百六十七歳。リュシエルの従兄だという。
ダークブロンドに金茶色の瞳。エルディラントと張る長身で、細身ではあるが、それなりに鍛えた躰付きをしている。従兄というだけあって非常に整った容姿をしているが、リュシエルのような華やかさとは無縁の、良識を重んじる生真面目な優等生タイプの男だった。
感情の窺えない冷徹な眼差しが、じっとこちらを見据えている。俺はこの男のことが、ひどく苦手だった。
「リュシエルが倒れる直前、なにやら言い争いをしているようだとの報告を受けておりますが」
眼差し同様、ひどく淡々とした口調で問われて、顔色の変化を読み取られないよう平静を装うのに難儀した。
「少し、意見のくい違いがあったことは事実だ。だが別段、争っていたわけではない。ただ、その原因は私にあるので、その結果、リュシエルが感情を昂ぶらせ、不調を招いてしまった可能性は否めない。本当に配慮が足りなかった。申し訳ないと思っている」
落ち着いたトーンで話すよう細心の注意を払いつつ、実際のところは掌に冷めたい汗を滲ませていた。
俺はいま、『エルディラント』として話せているだろうか。
話し口調や所作については、リュシエルからさんざん叩きこまれた。そのおかげである程度、不自然にならないくらいまで振る舞えるようにはなったが、これまでは万一に備えて、つねにリュシエルが気を配ってくれていた。少しでも対応に困ることがあれば、そばにいてすぐに助け船を出してくれる。そのうえで自分たちにとりわけ近しい者とは一定の距離を置き、必ず自分の目の届く範囲で俺が『エルディラント』として振る舞えているかをチェックしてくれていた。
メルヴィルに対して自由に発言できたのも、傍らにリュシエルがいてくれたからこそと言える。だが、いまは違う。
ルシアスは、リュシエルが盟主の座を引き継ぐための準備期間としてこの屋敷に移ってきた際、光の眷属から筆頭世話役として選ばれ、付き従ってきた。エルディラントにも当然ながら数名、世話役が随行しているが、こちらはエルディラント自身が一般階級の出身であったことから、役目を担うのに適切な者が闇の眷属の中から選ばれたと聞いている。
したがって、エルディラントと世話役らの関係は、あくまで職務上のものにすぎないが、ルシアスの場合は公的な役目を担いつつ、私的な部分でもリュシエルと深く関わっていた。
幼いころから、おなじ一族の中で育ってきたふたり。
リュシエルが兄のように慕う存在ではあるが、それだけにエルディラントの件ももっとも気づかれる可能性が高く、要警戒対象の筆頭に挙がる人物でもあった。
なにより、先にも言ったとおり、俺はこの男とはどうにも馬が合わない。礼節を弁えた理知的な人間だが、俺を――というよりはエルディラントを、どこか値踏みするような、非好意的な眼差しをつねに向けられている気がして落ち着かなかった。
話に聞くかぎりでは、エルディラントもまた、優等生然とした非の打ちどころのないエリートだったようだが、同属嫌悪なのか、それ以外の理由があるのか、とにかくふたりのあいだには高く分厚い壁がある。従兄はあまり社交的なタイプではないので気にしなくていいとリュシエルは言うが、それだけでないことは、向けられる視線と言葉の端々から伝わってきた。ひょっとすると、身分差も影響しているのかもしれない。
倒れたリュシエルを寝所に運び、騒ぎが落ち着いたところでそう口を開いた。
寝台では、いまもなお、リュシエルが深い眠りについている。
屋敷に常駐している医術士の見立てでは、エネルギーが飽和状態になっているとのことだった。
ひとまずの応急処置を済ませて医術士が下がっていった後、部屋には俺ともうひとり、世話役の男が残った。男は光の眷属の出身で、名をルシアスといった。年齢は二百六十七歳。リュシエルの従兄だという。
ダークブロンドに金茶色の瞳。エルディラントと張る長身で、細身ではあるが、それなりに鍛えた躰付きをしている。従兄というだけあって非常に整った容姿をしているが、リュシエルのような華やかさとは無縁の、良識を重んじる生真面目な優等生タイプの男だった。
感情の窺えない冷徹な眼差しが、じっとこちらを見据えている。俺はこの男のことが、ひどく苦手だった。
「リュシエルが倒れる直前、なにやら言い争いをしているようだとの報告を受けておりますが」
眼差し同様、ひどく淡々とした口調で問われて、顔色の変化を読み取られないよう平静を装うのに難儀した。
「少し、意見のくい違いがあったことは事実だ。だが別段、争っていたわけではない。ただ、その原因は私にあるので、その結果、リュシエルが感情を昂ぶらせ、不調を招いてしまった可能性は否めない。本当に配慮が足りなかった。申し訳ないと思っている」
落ち着いたトーンで話すよう細心の注意を払いつつ、実際のところは掌に冷めたい汗を滲ませていた。
俺はいま、『エルディラント』として話せているだろうか。
話し口調や所作については、リュシエルからさんざん叩きこまれた。そのおかげである程度、不自然にならないくらいまで振る舞えるようにはなったが、これまでは万一に備えて、つねにリュシエルが気を配ってくれていた。少しでも対応に困ることがあれば、そばにいてすぐに助け船を出してくれる。そのうえで自分たちにとりわけ近しい者とは一定の距離を置き、必ず自分の目の届く範囲で俺が『エルディラント』として振る舞えているかをチェックしてくれていた。
メルヴィルに対して自由に発言できたのも、傍らにリュシエルがいてくれたからこそと言える。だが、いまは違う。
ルシアスは、リュシエルが盟主の座を引き継ぐための準備期間としてこの屋敷に移ってきた際、光の眷属から筆頭世話役として選ばれ、付き従ってきた。エルディラントにも当然ながら数名、世話役が随行しているが、こちらはエルディラント自身が一般階級の出身であったことから、役目を担うのに適切な者が闇の眷属の中から選ばれたと聞いている。
したがって、エルディラントと世話役らの関係は、あくまで職務上のものにすぎないが、ルシアスの場合は公的な役目を担いつつ、私的な部分でもリュシエルと深く関わっていた。
幼いころから、おなじ一族の中で育ってきたふたり。
リュシエルが兄のように慕う存在ではあるが、それだけにエルディラントの件ももっとも気づかれる可能性が高く、要警戒対象の筆頭に挙がる人物でもあった。
なにより、先にも言ったとおり、俺はこの男とはどうにも馬が合わない。礼節を弁えた理知的な人間だが、俺を――というよりはエルディラントを、どこか値踏みするような、非好意的な眼差しをつねに向けられている気がして落ち着かなかった。
話に聞くかぎりでは、エルディラントもまた、優等生然とした非の打ちどころのないエリートだったようだが、同属嫌悪なのか、それ以外の理由があるのか、とにかくふたりのあいだには高く分厚い壁がある。従兄はあまり社交的なタイプではないので気にしなくていいとリュシエルは言うが、それだけでないことは、向けられる視線と言葉の端々から伝わってきた。ひょっとすると、身分差も影響しているのかもしれない。
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