花とオオカミ

真朱マロ

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そのいち

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 隣の席の大神君には、立派な獣耳がある。
 少し青みがかった白銀の獣耳はふわっふわで、硬そうな黒髪の中からニョッキリ生えていて、教室に差し込む太陽に照らされるとすごく綺麗で、本当に良い獣耳だ。
 触りたいな~と思うけれど挨拶以外で大神君と関わる事はないし、なにより私以外の誰にも獣耳は見えてないみたいなので、知らないふりをしている。
 入学した時から獣耳が気になっていて、同じクラスになった二年生の今年は大神君より後ろの席で獣耳見放題で、冬休み前にとうとう隣の席になってしまった。
 隣の席で喜んだのはつかの間、真横って意外と見づらい位置だったから、見つからないように観察するってスリルがある。
 知らないふりをしていても、帽子やフードをかぶってもピョコリと顔を出すピンと尖った三角の獣耳はかなり気になってしまう。帽子も服にも穴はないのに飛び出ているから、どうなっているのか本当に謎で、ついつい見入ってしまう事も多い。
 そして大神君には、獣耳があるのに、尻尾はない。
 耳の動きは感情を反映して活発に動くので見て楽しいし、尻尾もあればもっとわかりやすい気がするから、尻尾不在はものすごく残念だ。
 あったらあったで、学生ズボンから生えた尻尾を触りたい欲求がモリモリわく自信があるので、なくて良かったなぁとも思う。
 とにかく私にとって、大神君はギャップ萌えの宝庫なのである。
 獣耳の愛らしさを裏切るように大神君は、身体が大きくて、細マッチョの見た目通りにスポーツも得意で、成績も悪くないし、笑いの沸点が高らしく、かなり無口だ。
 高校二年生という微妙な年齢だと、まだまだ少年っぽい骨格の人も多いけど、大神君は一足先に大人の骨格を手に入れている。
 背中の幅とか、夏の制服を着崩していた時に見えた首筋とか、スラリとして引き締まった腰から足にかけてのラインとか、全部に完成された美しさがあった。
 いつも落ち着いている大神君は、考え方も大人だった。
 ぶっきらぼうで愛想のない強面の大神君には良い意味で自分があるし、クラスでは誠実で頼れるお兄さんって感じの立ち位置にいて、友人からの人望もかなりある。
 何かを成しているわけでもなく、能動的に関わるわけでもないのに、そこにいてくれるだけで「絶対に大丈夫」と信じられる安心感と言えば伝わるだろうか。
 必要なこと以外は「おう」とか「ああ」とか「わかった」とかその程度しか声に出さないので、やわらかそうな可愛い獣耳とのギャップが凄い。
 ピコピコ動く獣耳はわかりやすく、頼りになる番犬みたいだと勝手に思っているけど、必要なことは遠慮もなく率直に告げる。甘っちょろい反抗で社会の迷惑行動を自慢していた上級生を論破していたこともあって、厳しい言葉もなんか良かった。
 そんな風に些細なことも含めた大神君のひとつひとつを、私はいいなぁと思っていた。
 それでもたぶん、大神君を癒し族に振り分けるのは、私ぐらいだと思う。
 好意的な見方をしても、きつめの顔立ちと鋭い目は大神君の人柄を知るまでは怖かった。
 それにあまり笑わないから、冗談を許さないと勘違いされている。獣耳は激しく反応しているから、害のない可愛い冗談は好きなのに、それを知っているのは私だけだ。
 なんてことを考えながら、今日もいつものように麗しい艶のあるふわふわの獣耳を見ていたら、大神君と目が合った。
 それはもうバチッと音がするぐらい、真正面からぶつかってしまった。
 思わず手にしていた文庫本でさっと顔を隠したけれど遅かったらしく、ククッと大神君の笑う声が聞こえてきた。
「それ、上下が逆」
「え? 嘘!」
 慌てて手の中の本を見ると、ちゃんと上下はあっていた。うっかり騙されてしまった。
「大神君の嘘つき」
 むぅっとふくれる私に、大神君は面白そうに目を細めた。
「あんたさ。なんか、花みたいだな」
「あ、正解。名前が花なの。私が生まれたとき、なぜか花の乱舞が見えたんだって」
 スポンとこの世に生まれ出た瞬間に、疲れ切ったお母さんと付き添っていたお父さんの目には、花びらの舞い散るそれはもう美しい光景が見えたらしい。
 花だ花だと騒ぐ両親は正気を失っていたが、幸せな幻想が見えるぐらい喜んでいる人たちといった扱いで、ドクターたちは「可愛いお嬢さんですよ」とほっこりしていたとか。
 みんなで平和な誕生時間を満喫し、それで名前が「青木 花」になったそうだ。
 誕生時に花が見えたからといって、私としては「花」にもう少しひねりは欲しかったけれど、こだわりすぎて字画が増えるキラキラネームだと私自身が苦労しただろうから、今の名前で良かったとも思う。
 私の誕生秘話を一生懸命に説明していたら、大神君は口元を手で押さえたまま笑い続け、死にそうに肩を震わせていた。笑い転げる珍しい姿を見てしまった。
 これはアレだ。誰もそんなこと聞いてねぇよって反応に違いない。
 質問に対して真面目に答えただけで、なぜ面白がられてしまうのか。
 大神君が笑い転げるってかなりレアな状態なので、私まで落ち着かなくなる。忙しくピコピコ動く獣耳が、私の反応を全力で拾おうと、こっちを気にしている。
 うわぁ触りたい! と思ったけれど見えないはずのものだから、必死で魅惑的な獣耳から意識をそらした。
 教室内に残っていたクラスメイト達も、笑い転げる大神君を意外そうに見ていたけれど、話し相手が私だとわかると「なんだ、青木かぁ」と納得した顔になっていたのが、ちょっぴり理不尽であった。それほど変な行動はしていないのに、なぜだ。
 むーんと悩み始めた私に対しても、大神君は大神君だった。
 周囲の雰囲気に振り回されることもなく、私の事を「花」と呼んだ。
「今日、一緒に帰るか?」
「帰る!」
 即答してしまった。思考すらしない言下の返事が大神君の笑いのツボだったのか、ぶふぅっと吹き出して机に突っ伏して笑っていた。今の今まで知らなかったが、笑い上戸みたいだ。
 私はといえば返事をしてしまった後で、言葉の意味がジワジワしみこんできた。
 一緒に帰る、とは。大神君と一緒に歩くということである。
 付き合ってもないのに、いいなぁと思っている人と、仲よく下校できるのだ。
 こんな日が来るとは思わなかったので、驚きすぎて実感がない。
「図書室に、本を返してからでもいい?」
 恐る恐る尋ねると、突っ伏したままの大神君の耳がピクンと動いて私の方へ向き、顔を上げないままで「いいよ」と言った。
 まだ笑いの嵐がおさまらないらしく、なんだか揺れる肩までかわいいなぁ~と思っていたら、大神君もぽそっと「かわい」とつぶやいていて、直接言葉を交わしたわけでもないのに照れたし、心がぽわっとあったかくなった。
「可愛い」でも「かわい~」でもなく、短く「かわい」と零れ落ちた感じが大神君らしくて、妙に照れてしまった。
 チャイムが鳴ったからそこで会話が途切れたけれど、声を大にして言いたい。
 かわいいのは、獣耳族の大神君です。
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