今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 1章 王都で暮らしましょう

9. お仕事始めます 1

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 ゾロゾロと連れ立って青年たちは歩いていた。
 有事の際はともかく、通常時に予告なく行動を別々にすると、食事を用意する者の手を煩わせる。そういった他者への気遣いは、自覚さえあれば息をするようにできるのである。
 食堂に入ってくるなり、おお! と派手な歓声が上がった。

「いつもの茶色い食卓と違って、なんだかまぶしいぞ」

 そんな感嘆の声がもれている。
 ミレーヌが持って現れた焼き立てのパンに、勢ぞろいしていた双剣の使徒たちは、普通の青年のように瞳を輝かせていた。

「素晴らしくいい匂いがする」
「これはカナル風の料理なのか?」
「食堂でも簡単にはお目にかかれないぞ」
 嬉しいらしく浮き立つように喜んで、とにかく騒然としている。

「まぁ、どうぞ席にお着きになって」
 驚きのあまりか立ったままなので、ミレーヌは朗らかに笑ってうながした。
「わたくし、料理が一番得意ですのよ?」

 そう、ミレーヌは非常に料理が上手だった。
 のんびりおっとりした雰囲気を裏切って、家事全般において右に出るものは少ない。
 正式に就職できる十六歳の仮成人になった時には、既にベテラン家政婦よりも仕事ができると評判だった。

 なにしろ両親のいない、下街暮らしである。
 治安のいい王都でも、それほど楽な暮らし向きではなかった。
 物心ついたときから子供でもできる下働きなどをして、十歳を過ぎると食堂も兼ねた旅館の賄いもやっていたのだ。
 家政婦業は毎日のこととはいえ、大型の食堂の厨房に比べたら、こんな宿舎の切り盛りなど大した手間ではなかった。

 前から通っている年配の家政婦はライナという名で、歳のせいか力のいるフライパンをふる作業などにそうとう苦労していたらしい。
 サリと比べたら年下であったが、ミレーヌは孫と変わらぬ年代だ。
 フライパンを振り続けるには体力も続かず、大鍋の煮込みを持ち運ぶにも腕力が足りない。
 青年たちは夜市や食堂を利用してライナたちの負担を減らしてはいたが、毎日のこととなるとなんのための家政婦かわからなくなってくる。
 巡る悪循環から、ライナにとって大人数の食事を作る作業はかなり重労働だったらしく、ミレーヌが挨拶をすると感激されてしまった。
 ほんのりと涙がにじんでいたので、一人でのまかないはかなり負担がかかって心細かったらしい。

 ミレーヌは幸いなことにライナと意気投合することができたし、下ごしらえなどの補助に回ってくれたので自身の負担も減り、同じ台所にいても仲良くやれそうだった。
 老女らしくゆったりと行動するので語れるほどの手際の良さはないが、小さなことにもありがとうを言うおとなしい人だった。

 ライナから話を聞くところによると、人材不足はデュランの冗談ではなかったようだ。
 雇い主としては人柄も待遇も申し分のない職場ではあるが、とにかく人が来ない。
 他に二人いる契約の家政婦も老女ばかり。
 今まで家政婦として紹介された働き盛りの者たちは、六人もその日のうちに逃げてしまったらしい。

 まぁ、最初にあのおどろおどろしい汚部屋状態のホールを見たなら、当然の反応かもしれない。
 魔界とまでは表現しないが似たようなものだ。
 まずはアレをどうにかして、意識の変換が必要である。

 魔法街の一角にあるうさんくさい場所ならともかく、このままでは王都での暮らしなど絶対にできない。
 流派の長の邸宅であれば騎士団や王城の使いも来るはずなので、このままでいいはずがないのだ。

「お口にあって何よりですわ」
 胸の内の悶々とした思いを隠して、ミレーヌはほがらかに笑った。
「おかわりもありますわよ」

 騒然としながらも食べ始めた武人十人から、食堂よりもうまいとこぞって褒められた。
「素晴らしい!」
 そんな声が一斉にあがった。

 ちょうど都合よく自分に注目が向いているので、パンを配りながらなんでもない事のようにミレーヌは口を開いた。

「そうそう、皆様にお知らせが。あの汚らしい玄関や廊下を片づけますので、大切な物は食後にすぐさま移動させてくださいね」

 は? とか、へ? とか妙に反応が薄かったが、まぁそんなものだろうとミレーヌは思った。
 今言ったセリフも、食べ終わる頃には忘れているに違いない。

 アレを薄汚いと思う感性がないから、目に見える場所にド~ンと積んであるのだ。
 ただ、ずっと女手がなくて困っていたのは本当のようだった。

 働く気になった娘がいるなど珍しい事で、食事をする双剣使いたちは普通の青年のように気が緩んでいる。
 そのせいか武人らしい風貌なのに、気安い口調で話しかけると気さくに返事が返った。
 おしゃべりではないが打てば響くようで気持ちがよく、無骨な風体の割に全員が朗らかなのだ。

 食堂で働いた時も厨房だったので、下街暮らしで家政婦のミレーヌには武人なんて馴染みのない存在だった。
 東流派だの双剣も未知の世界だ。
 ギルドがあるので傭兵も王都に多く訪れるが、直接会話を交わすことなどほとんどない。

 剣を帯びている人間で、日常的に一般市民と関わるのは騎士団だけだ。
 彼らは総じて品が良く市民への対応も丁寧だ。
 同じ武にかかわる者なのに持つ雰囲気は、流派の使徒とは対極に当たるかもしれない。

 勤め先の知識がないと不手際に繋がるだろう。
 流派の内情などまるで知らなかったミレーヌは、ちょうどいい機会だとばかりに色々と話を聞いてみる。

 青年たちが気前よく話してくれた内容からわかったことは、王都で暮らすのは困難な集団ということだった。
 放っておけば王都でのまともな生活は、絶対に成り立たない。
 キャラバンのように隊列を組んで旅の生活をする経験はあっても、家で暮らしたことのない者ばかりが集まっていた。
 おまけに全員の仲がよさそうに見えているが、こうして集まって顔を合わせたのもつい最近らしい。

 魔物討伐を得意とする戦闘プロ集団。
 この連中、定住者の日常生活など知識でしか知らない。
 日常が特殊事情の宝庫だから、薄汚い事に気がつかないわけだ。
 利便性を優先したあの汚部屋を、便利だからで流す神経は伊達ではなかった。

 退魔のために編み出された技を、流派と呼ぶ。
 そのため、世界に散らばる流派の使徒は、国の制約を受けていない。
 流派に属してさえいれば、通行手形も必要なく、世界中のどこにでも行けるのだ。

 流派の技さえ覚えれば、人種の制限もない。
 それを身につけることは、並大抵のことではないのだが。

「この東の国では双剣を持つ方が多いですわね」

 何の気なしにもらすと、男たちは顔を見合わせた。
 流派の内情まで一般市民が知らないことを、いまさら思い出したようだった。
 そうか、と男たちはうなずいた。

「まずはそこからだな」
 食事の手を止めて、居住まいを正した。

 ここはガラルドの私宅になる。
 おまけに東流派を担う若手が集まった、新たな双剣持ちの要にもなる場所なのだ。
 自国・異国を問わず、王侯貴族から一般市民までが出入りする。

「この先は双剣持ちや他流派の使者も客として来るから覚えてください」
「大陸にあるのは四つの国だと知っているね?」

 問われて、そのぐらいでしたらと応えた。
 思わずミレーヌは身構えてしまう。

 流派は世界の成り立ちから始まったので、国よりも古い存在だと教えられた。
 ソコから滔々と流れる大河のような知識の奔流が与えられ、ミレーヌは学びの必要な場についたことがないので、えぇぇ? と眉根を寄せてしまった。

 いきなり講義のような会話が始まるとは思わなかった。
 情報量の多さに、知らず顔が引きつってしまう。
 しかし、重要なことだからと言われてしまい、ミレーヌはかしこまって聞いた。
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