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「英雄のしつけかた」 1章 王都で暮らしましょう
15. ため息が止まらない
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「大丈夫だ。俺らがずいぶんとまともに見える奴が、まだ帰ってきてないぞ」
突然、フッとラルゴが笑った。
肝心要の存在を思い出したのだ。
ポン、とそろって手を打った。
重要な人物を忘れるところだった。
「おお! いた!」
ガラルド・グラン。
英雄の名に相応しい世界最強の男は、私生活でも規格外だった。
「大将に比べたら、俺らは普通にいい人だ」
何しろ自由人である。
遠征後にちょっと詰所で着替えただけで、ミレーヌに感謝されると予想がつくほど、ガラルドだったら問題行動のオンパレードだ。
そもそも常識が通じない。
マイルールを基準に生きているだけで、常識を知らない訳ではないから性質が悪かったりする。
全員、視線を交わしてうなずきあった。
ガラルドがミレーヌに説教されても、絶対に助け船を出さない。
自分たちから目をそらすためだ。
ガラルドに注目させておけばちょうどいいと、いけにえのように差し出すことを決めた。
「あのやろうなら、絶対に、ミレーヌさんが言うルールなんぞ、覚えもしない」
「それどころか、今日だって玄関を入ったらまたアレをやるぞ」
デュランは笑いたいような困ったような、複雑な顔になった。
アレか、と皆が遠い眼をする。
帰宅後の行動はいつも決まっていた。
「……だが、世話をする俺たちが苦労しないか?」
「あんな化け物みたいに強いガラルドがムキになって怒ったら、ミレーヌさんが危険だ」
キサルが肩をすくめる。
狭い室内で暴れる野獣を止めるのは一苦労だ。
数人がかりでないと押さえこめないし、せっかくの邸宅を破壊されたらたまったものではない。
「いやいや、おそらく見ものだ」
平気だとサガンが笑った。
ガラルドは剣を持たない人間を相手にしない。
剣を持っている者ですら興味がないのだ。
そもそも意見するほど剛の精神の者がいなかった。
しかし、ミレーヌはこの家に暮らす者なら、とことん食いついて説教ぐらいはたれるだろう。
一気に期待が膨らんだ。
他人に迷惑をかけていることも気づかない規格外だから、俺たちの代わりに説教してほしい。
大体、ここに集まった者たちがガラルドの自分本位の行動のため、どれだけ迷惑をこうむっていることか。
自分たち同様に、ミレーヌに飼いならしてほしいぐらいだ。
「どっちが勝つと思う?」
ん~? と頭を悩ませたが、フッと苦笑をもらして全員が肩をすくめた。
儚い夢だったと、先ほどの期待感が急速にしぼんだ。
「大将だろ? 言って変わるなら、こんな隊なんぞ作る必要がなかったんだからな」
そう、ガラルドはとにかく本能で生きている。
頭も悪くないし、先のことを読む力もあるし、人望だってあるのに。
思考するのを面倒がってやらない。
剣を振ってさえいれば満足している。
長のくせに、次の奥義継承者だの、四大流派の行く末を担う人材育成だの、知的で綿密な作業を完全無視する男なのだ。
それが一番重要な職務なのに。
創世のときから千年の時が経ち、四大流派も最終奥義を得る者が皆無に等しい。
退魔の技を引き継ぐ流派そのものが、まさに絶えようとしていた。
南流派の最終奥義消失に、東流派まで続く訳にはいかない。
実は危機的状況なのである。
そのとばっちりを受けたのが、ここにいる十人である。
特に名の売れている五人の巻き添え感はひどい。
協力体制の距離感から旧知に見えても、実際は会ったばかりだ。
とにかく世話役をつければガラルドを補佐できるはずだと、流派の重役は知恵を絞った。
現状は不本意な掃除に従事していても、ここにいる者たちはガラルドの補佐のために集められた。
二十年、三十年後の次代の長になる者を見つけ、それを助ける精鋭部隊を作るのも、主要な目的なのだ。
この先、世界が滅びるまで東流派の双剣を担うかもしれない軍隊なのに、いまだに名前すら決まっていなかった。
カナルディア国の騎士団のカラーは白だから、自分たちは黒にしとけ、ぐらいにガラルドは適当である。
長殿のおっしゃるとおり黒い服をそろいにしてみたが、そんな理由で決めるなと突っ込むのもむなしい。
「隊の名前だけでも、早く決めないとな」
難題である。
サラディン国のように戦団とまとめて呼ぶと大雑把すぎて特別部隊として成立しないし、ヴィゼラル帝国のように月影の綺羅星隊などと歯の浮くような名前をつける気もしない。
ため息が出るほど事務作業を面倒に思うことは、ここにいる者もガラルドに負けずおとらずだった。
実際に並外れて学もあるし、公用語だけでなく神聖語や古代語の読み書きもできる。
世界の要も務めるハイレベルな集団でもあるが、傭兵上がりなのでそろって机上作業は嫌いなのだ。
必要だから、仕方なくやっているけれど。
そう、必要だから仕方なくでもやれる責任感と忍耐力を請われていたから、こんな目にあっているのだ。
自分の隊なのだから率先して参加する義務のあるガラルドは、考える気もサラサラないようだった。
腹の立つことにそんな面倒な物はほっとけと言って、ホイホイと出歩いている。
そんな暇があるなら、魔物の出没地区や野盗集団を探してこいと指示を出す。
ただたんに、自分が現場に行きたいだけである。
とにかく退屈を嫌い、身体を動かすことばかり口にしている。
隊員から積極的に意見を述べないと、二十年後でも隊に名前すらない。
いつのまにか、ミレーヌのことをすっかり思考から消していた。
自由奔放な長殿への愚痴大会に変わっている。
困ったねぇ、と頭を悩ませる一行だった。
突然、フッとラルゴが笑った。
肝心要の存在を思い出したのだ。
ポン、とそろって手を打った。
重要な人物を忘れるところだった。
「おお! いた!」
ガラルド・グラン。
英雄の名に相応しい世界最強の男は、私生活でも規格外だった。
「大将に比べたら、俺らは普通にいい人だ」
何しろ自由人である。
遠征後にちょっと詰所で着替えただけで、ミレーヌに感謝されると予想がつくほど、ガラルドだったら問題行動のオンパレードだ。
そもそも常識が通じない。
マイルールを基準に生きているだけで、常識を知らない訳ではないから性質が悪かったりする。
全員、視線を交わしてうなずきあった。
ガラルドがミレーヌに説教されても、絶対に助け船を出さない。
自分たちから目をそらすためだ。
ガラルドに注目させておけばちょうどいいと、いけにえのように差し出すことを決めた。
「あのやろうなら、絶対に、ミレーヌさんが言うルールなんぞ、覚えもしない」
「それどころか、今日だって玄関を入ったらまたアレをやるぞ」
デュランは笑いたいような困ったような、複雑な顔になった。
アレか、と皆が遠い眼をする。
帰宅後の行動はいつも決まっていた。
「……だが、世話をする俺たちが苦労しないか?」
「あんな化け物みたいに強いガラルドがムキになって怒ったら、ミレーヌさんが危険だ」
キサルが肩をすくめる。
狭い室内で暴れる野獣を止めるのは一苦労だ。
数人がかりでないと押さえこめないし、せっかくの邸宅を破壊されたらたまったものではない。
「いやいや、おそらく見ものだ」
平気だとサガンが笑った。
ガラルドは剣を持たない人間を相手にしない。
剣を持っている者ですら興味がないのだ。
そもそも意見するほど剛の精神の者がいなかった。
しかし、ミレーヌはこの家に暮らす者なら、とことん食いついて説教ぐらいはたれるだろう。
一気に期待が膨らんだ。
他人に迷惑をかけていることも気づかない規格外だから、俺たちの代わりに説教してほしい。
大体、ここに集まった者たちがガラルドの自分本位の行動のため、どれだけ迷惑をこうむっていることか。
自分たち同様に、ミレーヌに飼いならしてほしいぐらいだ。
「どっちが勝つと思う?」
ん~? と頭を悩ませたが、フッと苦笑をもらして全員が肩をすくめた。
儚い夢だったと、先ほどの期待感が急速にしぼんだ。
「大将だろ? 言って変わるなら、こんな隊なんぞ作る必要がなかったんだからな」
そう、ガラルドはとにかく本能で生きている。
頭も悪くないし、先のことを読む力もあるし、人望だってあるのに。
思考するのを面倒がってやらない。
剣を振ってさえいれば満足している。
長のくせに、次の奥義継承者だの、四大流派の行く末を担う人材育成だの、知的で綿密な作業を完全無視する男なのだ。
それが一番重要な職務なのに。
創世のときから千年の時が経ち、四大流派も最終奥義を得る者が皆無に等しい。
退魔の技を引き継ぐ流派そのものが、まさに絶えようとしていた。
南流派の最終奥義消失に、東流派まで続く訳にはいかない。
実は危機的状況なのである。
そのとばっちりを受けたのが、ここにいる十人である。
特に名の売れている五人の巻き添え感はひどい。
協力体制の距離感から旧知に見えても、実際は会ったばかりだ。
とにかく世話役をつければガラルドを補佐できるはずだと、流派の重役は知恵を絞った。
現状は不本意な掃除に従事していても、ここにいる者たちはガラルドの補佐のために集められた。
二十年、三十年後の次代の長になる者を見つけ、それを助ける精鋭部隊を作るのも、主要な目的なのだ。
この先、世界が滅びるまで東流派の双剣を担うかもしれない軍隊なのに、いまだに名前すら決まっていなかった。
カナルディア国の騎士団のカラーは白だから、自分たちは黒にしとけ、ぐらいにガラルドは適当である。
長殿のおっしゃるとおり黒い服をそろいにしてみたが、そんな理由で決めるなと突っ込むのもむなしい。
「隊の名前だけでも、早く決めないとな」
難題である。
サラディン国のように戦団とまとめて呼ぶと大雑把すぎて特別部隊として成立しないし、ヴィゼラル帝国のように月影の綺羅星隊などと歯の浮くような名前をつける気もしない。
ため息が出るほど事務作業を面倒に思うことは、ここにいる者もガラルドに負けずおとらずだった。
実際に並外れて学もあるし、公用語だけでなく神聖語や古代語の読み書きもできる。
世界の要も務めるハイレベルな集団でもあるが、傭兵上がりなのでそろって机上作業は嫌いなのだ。
必要だから、仕方なくやっているけれど。
そう、必要だから仕方なくでもやれる責任感と忍耐力を請われていたから、こんな目にあっているのだ。
自分の隊なのだから率先して参加する義務のあるガラルドは、考える気もサラサラないようだった。
腹の立つことにそんな面倒な物はほっとけと言って、ホイホイと出歩いている。
そんな暇があるなら、魔物の出没地区や野盗集団を探してこいと指示を出す。
ただたんに、自分が現場に行きたいだけである。
とにかく退屈を嫌い、身体を動かすことばかり口にしている。
隊員から積極的に意見を述べないと、二十年後でも隊に名前すらない。
いつのまにか、ミレーヌのことをすっかり思考から消していた。
自由奔放な長殿への愚痴大会に変わっている。
困ったねぇ、と頭を悩ませる一行だった。
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