今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 1章 王都で暮らしましょう

17. ルールがいっぱい 2

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 それ以上の意外な収穫が一つあった。
 祖母のサリである。

 部屋の片づけが終わったからと声をかけると、居間も兼ねている食堂に出てきた。
 歳のせいもあって耳は遠いのだが、非常に器用で繕い物など手際よくしてくれた。
 目が薄くなったと言いながらも、ほつれていた袖やポケットなどを丁寧に素早く直していく。
 おまけに、非常に感覚が鋭い。

「ミレーヌ」
 呼んだかと思うと、救急箱を持ってくるように言った。
 こっちへおいでと声をかけられた者は、思わず眉根を寄せてしまった。
「まぁ大変、気が付きませんでしたわ」
 ミレーヌは慌てていたが、それが普通ですよと答えるしかない。

 看破したサリが尋常ではないのだ。
 ケガをしているのは確かだが、そこをつかれると命に関わるので、同じ武人同士でも見破られるようなヘマはしない。

「包帯を変えましょうねぇ」
 断ろうとしたが、ミレーヌに押し切られた。
 サリはいい歳の老女なので素直にうなずけなかったが、ミレーヌには勝てない。
「おばあちゃんに任せておけば、間違いはありませんわ」

 最初はどうしたものかと困惑していたものの、サリの手際や治療の確かさに驚くことになる。
 本当にこのばあさんはただものではない。
 意外なところで役に立つと、全員が目配せし合ったぐらいだ。

 一人雇ったつもりだったのに、二人とも気が利いていた。

 難を言えば、サリの耳が遠いことだろう。
 話しかけても、少々違う答えが返ってくる。
 かといって、的外れではなかった。
 なんとなく伝わるものがあるのだ。

 サリは頭が良くて思いやりがあった。
 今まで老人と関わることなどほとんどない生活だったが、これから一緒に暮らすことへの違和感もなかった。

「私にできることはこれぐらいだねぇ」
 つぶやくと、サリは手際よく道具を片付けた。
 繕い物や治療を終えて満足したのだろう。
 部屋を出ていく小さな丸い背中に、誰とはなしにつぶやいた。

「サリ殿も何かに似てるよな?」
「あれだろ? 祝祭に縁日で売られている奴」
「縁起物にそっくりだ」

 そこにいるだけで福福とした印象がある。
 パッと福招きの造形を思い出し、確かにそうだとうなずきあう。

「家なんぞ面倒だと思っていたが、あんたたち二人はかなり拾い物だ」
「大掃除でどうしたもんかと思ったけどな」
「あんたたちは流れ者のこともよく知っている」

 妙な褒められ方をして、ミレーヌはお茶を配りながら小首をかしげた。
「家のない生活でしたら、おばあちゃんは詳しいですわ。わたくしはわかりませんのよ」
 流れる旅の生活など未知の世界だ。

 ミレーヌのキョトンとしている顔がおかしすぎて、ハハハッと一斉に声を上げて笑った。
 自覚はなくてもルール作りの時に武人への配慮をちゃんとしていたし、傭兵に対する禁忌を身につけていた。
 どうやら商家に雇われていただけではないらしい。

「ミレーヌさんは無頼の来る宿にも、貴族の館にも、長く勤めたことがあるね」
「いろんな場所に出入りしていたように見えるが、違うかい?」
 内情を知らないとわからないことを自然にふるまえるので、経歴の予想はつけやすかった。

「すごいわ」
 ミレーヌは手を叩いて喜んだ。
「あら、流派の方ってすべてお見通しですのね! ギルドに申請できない歳の頃には、口利きでいろんな所へ日替わりに出てましたの。だって、仮成人前だと正式な雇用がありませんから」
 決まった曜日に顔を出す場所もあれば、本当にその場限りの仕事もあった。

 一六歳で仮成人となる。
 それがカナルディア国の決まりだった。
 就職や婚姻も親の許可があれば可能な年齢だ。

 ただ、自己判断で正式な雇用や婚姻をするためには、十八歳の成人を待たねばならない。
 成人すると納税義務も生じる。
 下街でも王侯貴族でも変わらず年齢は重要だ。

「ああ、そうか。地方と違うんだった」
「王都内は仮成人以上でないと常駐で働けない決まりがあったな」
「ええ、住み込みは成人以上でないといけませんし。王都は特に法律が細かいんですの」

 店舗を持つ者は当然だが、路上販売でも登録方法や販売場所なども決まりがある。
 すべてが前日までの申請制なので、思いつきでは何もできない。
 気まぐれでかごに花を入れて、小遣いを稼ごうとしただけで犯罪行為になる。
 子供でも騎士団に捕まって半日は格子の中に入れられてしまう。
 それだけ商売の公共性や暮らしの安全が保障されていた。
 ただし、知らないと意外なところで罪を犯している可能性が大きいのだ。

「実に面倒だな」
「俺たちは流れの傭兵だから知識として知っていても基本が自由だからなぁ」

 男たちは王都ならではの暮らしに、低くうなって腕を組んだ。
 秩序正しい都市に常駐するならば、そういった決まりも確かに無視できないことだ。
 新しい隊員を入れるにしても、十六歳で仮入隊、十八歳になってやっと正式入隊かと、なんだか渋い顔になる。

 見込みのある者は少年でも遠征や実践に連れ出したい。
 経験に勝る学びはないのだ。
 自身の安全にもつながる。

 なのに、この王都に居を構えるなら、仮成人前だと道場に置いて講義を受けさせることしかできない。
 前途多難だなとしばし悩んだ。
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