30 / 83
「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男
30. そしてため息をつく 1
しおりを挟む
あっという間に時間はすぎていく。
二週間もするとサリもミレーヌも、ガラルドの私邸にすっかり落ち着いてしまった。
カナルディア国そのものは大陸の東にあり、愛と平等の国と呼ばれるほど自然が美しい。
ガラルドが居を構えた王都カナルは、恵みの森と呼ばれる、妖精や古の力に満ちた自然の要塞に囲まれている不思議な場所だ。
そして、豊かな東の王国の中心に位置する、世界最大規模の都市である。
都市ごとに色鮮やかな花に満ち溢れ、王都カナルは特に花の都とも評されているし、食物自給率も高いので他国に輸出してもなお物資に満ちていた。
城門を抜ければ王場へとまっすぐに続く大通りが見事で、登れば小高い山をそのまま利用した王都としての営みが一望できる。
頂上に王城がそびえ立ち、上から貴族、裕福な商屋、広い公園、公共施設、ふもとに下街が広がっていた。
石畳が敷き詰められた街並みに、大きな石造りの館が整然と連なっている。
公園や花壇も公的に整備されて花と緑にあふれ、庭園のように美しい都市である。
交易に有利な運河も王都内には存在し、都市内部も緻密に入り組んでいる。
そのすべてが古代遺跡や聖地の力を利用していることは、なぜか公然の秘密だった。
王都カナルならではの特殊な場所もある。
魔法街である。
国王の支配下にあっても、存在は独立していた。
王都内部に王権と相容れない、独特の神秘の文化を形成しているのだ。
王都を囲む恵みの森の力が強いうえに、多数の亡命者を受け入れたカナルの自由の精神から魔法街が発達した。
昼間や表の顔は占いや呪具を売っている、正規の商いの場所だ。
だが魔法街に一歩踏み込んでしまうと、内偵や盗賊などの裏のギルドが暗躍し幅を利かせる、王都にある異国のようなものだった。
反目しあうのは賢くないので、他の都市にはない秩序や法が王都内に厳格に整備されたと考えられる。
そのため神秘の力に畏怖を覚える者も多いが、特異性が目立たないからと古い血を持つ者も自然と集まってくる。
人口が非常に多いのは、物資の豊かさだけが理由ではないのだ。
あふれるほどの雑多な人間が日常的に激しく出入りする。
そのおかげでガラルドが王都カナルに邸宅を構えても、移動民に慣れているからそれほど大騒ぎされなかった。
王都の民は思考が柔軟である。
騎士団もいるのに東流派まで抱え込んだのだから、カナルは世界で一番安全な都市になったねと、サラリと流された。
黒熊隊の者たちが目立たないのも、傭兵の匂いが抜けた立ち振る舞いを覚えた以上に、そういった都市事情が強い。
目的の一つ。
常日頃は目立たないけれども、最後の砦のようにこの王都にしっかりと根を張る。
退魔を生業にしている以上、ひどく難しいことだと考えられていたが、うまくいきそうだ。
「あなたのおかげだよ」
「こうまでうまく馴染めるとは思えなかった」
なんて。
日頃からよく喋るデュランだけでなく、飾らないサガンやラルゴにも素直に感謝されて、ミレーヌはひどく感激していた。
流派の代表を務めるだけあって、みんな年齢以上に大人びている。
付き合いが深まれば深まるだけ、見えてくる側面が好ましい。
口には出さないが、目の保養になるほど精悍だし豪胆だし偉丈夫と呼んで遜色ない。
そのうえ、毎日のように「あなたが来てくれてよかった」なんて率直な言葉で褒められると、非常に気分がいいのだ。
見栄えが良くて仕事もできる同年代の隊員に囲まれ、ミレーヌ様なんて敬われているのだから、コレで不機嫌になるのはおかしいだろう。
キャッ♪ と内心は乙女の気持ちで舞い上がっている。
気になることと言えば、たった一つ。
最近ではなぜか「ミレーヌ様」と呼ばれていた。
ただの家政婦なのに。
「貴女は我ら黒熊隊の真の指揮官だ」なんて、おだてられるしまつだ。
理由は簡単である。
長であるガラルドを、一撃で倒したから。
油断していたのだろうが、釈然としない。
英雄で剣豪のくせに、フライパンの直撃を後頭部で受けるなんてどうかしている。
出来るだけあの時のバカバカしい状況は、思い出さないように努力しているが、つくづく不思議である。
そのガラルドはといえば、一歩でも家の外に出れば剣豪の顔になる
黙っても喋っても畏怖を醸し出す武人らしいし、渋くて威厳に満ちていた。
一目で只者ではないとわかる存在感は隠せない。
遠くから見れば、本当に自分と同じ人間かとため息をつくほど姿が良くて、ついつい見とれることだってある。
さすが英雄と素直に尊敬の念を抱けた。
ただ、実情を知ってしまうと幻滅なのだ。
豪快な性格は、大雑把と同意だった。
最悪としか表現できなかった。
とてつもなくずぼらだし、とっぴな行動がほとんどだし、当たり前の常識をガラルドはまったく知らない。
わざと? と思うほど外している。
それだけではない。
最初の日から、挨拶代わりのように朝から晩まで、結婚しろ、結婚しろ、と口癖のように繰り返されて耳にタコができてしまった。
そのたびにけんもほろろに断るが、まったくこたえていない。
それどころか「照れる歳か?」とか「じらすのも女の手だしな」などと、ポジティブな誤解をして、まったく懲りない。
そして相変わらず、アライグマを褒め言葉と勘違いしている。
二週間もするとサリもミレーヌも、ガラルドの私邸にすっかり落ち着いてしまった。
カナルディア国そのものは大陸の東にあり、愛と平等の国と呼ばれるほど自然が美しい。
ガラルドが居を構えた王都カナルは、恵みの森と呼ばれる、妖精や古の力に満ちた自然の要塞に囲まれている不思議な場所だ。
そして、豊かな東の王国の中心に位置する、世界最大規模の都市である。
都市ごとに色鮮やかな花に満ち溢れ、王都カナルは特に花の都とも評されているし、食物自給率も高いので他国に輸出してもなお物資に満ちていた。
城門を抜ければ王場へとまっすぐに続く大通りが見事で、登れば小高い山をそのまま利用した王都としての営みが一望できる。
頂上に王城がそびえ立ち、上から貴族、裕福な商屋、広い公園、公共施設、ふもとに下街が広がっていた。
石畳が敷き詰められた街並みに、大きな石造りの館が整然と連なっている。
公園や花壇も公的に整備されて花と緑にあふれ、庭園のように美しい都市である。
交易に有利な運河も王都内には存在し、都市内部も緻密に入り組んでいる。
そのすべてが古代遺跡や聖地の力を利用していることは、なぜか公然の秘密だった。
王都カナルならではの特殊な場所もある。
魔法街である。
国王の支配下にあっても、存在は独立していた。
王都内部に王権と相容れない、独特の神秘の文化を形成しているのだ。
王都を囲む恵みの森の力が強いうえに、多数の亡命者を受け入れたカナルの自由の精神から魔法街が発達した。
昼間や表の顔は占いや呪具を売っている、正規の商いの場所だ。
だが魔法街に一歩踏み込んでしまうと、内偵や盗賊などの裏のギルドが暗躍し幅を利かせる、王都にある異国のようなものだった。
反目しあうのは賢くないので、他の都市にはない秩序や法が王都内に厳格に整備されたと考えられる。
そのため神秘の力に畏怖を覚える者も多いが、特異性が目立たないからと古い血を持つ者も自然と集まってくる。
人口が非常に多いのは、物資の豊かさだけが理由ではないのだ。
あふれるほどの雑多な人間が日常的に激しく出入りする。
そのおかげでガラルドが王都カナルに邸宅を構えても、移動民に慣れているからそれほど大騒ぎされなかった。
王都の民は思考が柔軟である。
騎士団もいるのに東流派まで抱え込んだのだから、カナルは世界で一番安全な都市になったねと、サラリと流された。
黒熊隊の者たちが目立たないのも、傭兵の匂いが抜けた立ち振る舞いを覚えた以上に、そういった都市事情が強い。
目的の一つ。
常日頃は目立たないけれども、最後の砦のようにこの王都にしっかりと根を張る。
退魔を生業にしている以上、ひどく難しいことだと考えられていたが、うまくいきそうだ。
「あなたのおかげだよ」
「こうまでうまく馴染めるとは思えなかった」
なんて。
日頃からよく喋るデュランだけでなく、飾らないサガンやラルゴにも素直に感謝されて、ミレーヌはひどく感激していた。
流派の代表を務めるだけあって、みんな年齢以上に大人びている。
付き合いが深まれば深まるだけ、見えてくる側面が好ましい。
口には出さないが、目の保養になるほど精悍だし豪胆だし偉丈夫と呼んで遜色ない。
そのうえ、毎日のように「あなたが来てくれてよかった」なんて率直な言葉で褒められると、非常に気分がいいのだ。
見栄えが良くて仕事もできる同年代の隊員に囲まれ、ミレーヌ様なんて敬われているのだから、コレで不機嫌になるのはおかしいだろう。
キャッ♪ と内心は乙女の気持ちで舞い上がっている。
気になることと言えば、たった一つ。
最近ではなぜか「ミレーヌ様」と呼ばれていた。
ただの家政婦なのに。
「貴女は我ら黒熊隊の真の指揮官だ」なんて、おだてられるしまつだ。
理由は簡単である。
長であるガラルドを、一撃で倒したから。
油断していたのだろうが、釈然としない。
英雄で剣豪のくせに、フライパンの直撃を後頭部で受けるなんてどうかしている。
出来るだけあの時のバカバカしい状況は、思い出さないように努力しているが、つくづく不思議である。
そのガラルドはといえば、一歩でも家の外に出れば剣豪の顔になる
黙っても喋っても畏怖を醸し出す武人らしいし、渋くて威厳に満ちていた。
一目で只者ではないとわかる存在感は隠せない。
遠くから見れば、本当に自分と同じ人間かとため息をつくほど姿が良くて、ついつい見とれることだってある。
さすが英雄と素直に尊敬の念を抱けた。
ただ、実情を知ってしまうと幻滅なのだ。
豪快な性格は、大雑把と同意だった。
最悪としか表現できなかった。
とてつもなくずぼらだし、とっぴな行動がほとんどだし、当たり前の常識をガラルドはまったく知らない。
わざと? と思うほど外している。
それだけではない。
最初の日から、挨拶代わりのように朝から晩まで、結婚しろ、結婚しろ、と口癖のように繰り返されて耳にタコができてしまった。
そのたびにけんもほろろに断るが、まったくこたえていない。
それどころか「照れる歳か?」とか「じらすのも女の手だしな」などと、ポジティブな誤解をして、まったく懲りない。
そして相変わらず、アライグマを褒め言葉と勘違いしている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる