今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

30. そしてため息をつく 1

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 あっという間に時間はすぎていく。
 二週間もするとサリもミレーヌも、ガラルドの私邸にすっかり落ち着いてしまった。

 カナルディア国そのものは大陸の東にあり、愛と平等の国と呼ばれるほど自然が美しい。
 ガラルドが居を構えた王都カナルは、恵みの森と呼ばれる、妖精や古の力に満ちた自然の要塞に囲まれている不思議な場所だ。

 そして、豊かな東の王国の中心に位置する、世界最大規模の都市である。
 都市ごとに色鮮やかな花に満ち溢れ、王都カナルは特に花の都とも評されているし、食物自給率も高いので他国に輸出してもなお物資に満ちていた。

 城門を抜ければ王場へとまっすぐに続く大通りが見事で、登れば小高い山をそのまま利用した王都としての営みが一望できる。
 頂上に王城がそびえ立ち、上から貴族、裕福な商屋、広い公園、公共施設、ふもとに下街が広がっていた。

 石畳が敷き詰められた街並みに、大きな石造りの館が整然と連なっている。
 公園や花壇も公的に整備されて花と緑にあふれ、庭園のように美しい都市である。
 交易に有利な運河も王都内には存在し、都市内部も緻密に入り組んでいる。
 そのすべてが古代遺跡や聖地の力を利用していることは、なぜか公然の秘密だった。

 王都カナルならではの特殊な場所もある。
 魔法街である。
 国王の支配下にあっても、存在は独立していた。
 王都内部に王権と相容れない、独特の神秘の文化を形成しているのだ。

 王都を囲む恵みの森の力が強いうえに、多数の亡命者を受け入れたカナルの自由の精神から魔法街が発達した。
 昼間や表の顔は占いや呪具を売っている、正規の商いの場所だ。
 だが魔法街に一歩踏み込んでしまうと、内偵や盗賊などの裏のギルドが暗躍し幅を利かせる、王都にある異国のようなものだった。
 反目しあうのは賢くないので、他の都市にはない秩序や法が王都内に厳格に整備されたと考えられる。
 そのため神秘の力に畏怖を覚える者も多いが、特異性が目立たないからと古い血を持つ者も自然と集まってくる。

 人口が非常に多いのは、物資の豊かさだけが理由ではないのだ。
 あふれるほどの雑多な人間が日常的に激しく出入りする。
 そのおかげでガラルドが王都カナルに邸宅を構えても、移動民に慣れているからそれほど大騒ぎされなかった。

 王都の民は思考が柔軟である。
 騎士団もいるのに東流派まで抱え込んだのだから、カナルは世界で一番安全な都市になったねと、サラリと流された。
 黒熊隊の者たちが目立たないのも、傭兵の匂いが抜けた立ち振る舞いを覚えた以上に、そういった都市事情が強い。

 目的の一つ。
 常日頃は目立たないけれども、最後の砦のようにこの王都にしっかりと根を張る。
 退魔を生業にしている以上、ひどく難しいことだと考えられていたが、うまくいきそうだ。

「あなたのおかげだよ」
「こうまでうまく馴染めるとは思えなかった」

 なんて。
 日頃からよく喋るデュランだけでなく、飾らないサガンやラルゴにも素直に感謝されて、ミレーヌはひどく感激していた。

 流派の代表を務めるだけあって、みんな年齢以上に大人びている。
 付き合いが深まれば深まるだけ、見えてくる側面が好ましい。
 口には出さないが、目の保養になるほど精悍だし豪胆だし偉丈夫と呼んで遜色ない。
 そのうえ、毎日のように「あなたが来てくれてよかった」なんて率直な言葉で褒められると、非常に気分がいいのだ。

 見栄えが良くて仕事もできる同年代の隊員に囲まれ、ミレーヌ様なんて敬われているのだから、コレで不機嫌になるのはおかしいだろう。
 キャッ♪ と内心は乙女の気持ちで舞い上がっている。

 気になることと言えば、たった一つ。
 最近ではなぜか「ミレーヌ様」と呼ばれていた。
 ただの家政婦なのに。
「貴女は我ら黒熊隊の真の指揮官だ」なんて、おだてられるしまつだ。

 理由は簡単である。
 長であるガラルドを、一撃で倒したから。

 油断していたのだろうが、釈然としない。
 英雄で剣豪のくせに、フライパンの直撃を後頭部で受けるなんてどうかしている。
 出来るだけあの時のバカバカしい状況は、思い出さないように努力しているが、つくづく不思議である。

 そのガラルドはといえば、一歩でも家の外に出れば剣豪の顔になる
 黙っても喋っても畏怖を醸し出す武人らしいし、渋くて威厳に満ちていた。
 一目で只者ではないとわかる存在感は隠せない。
 遠くから見れば、本当に自分と同じ人間かとため息をつくほど姿が良くて、ついつい見とれることだってある。
 さすが英雄と素直に尊敬の念を抱けた。

 ただ、実情を知ってしまうと幻滅なのだ。
 豪快な性格は、大雑把と同意だった。
 最悪としか表現できなかった。

 とてつもなくずぼらだし、とっぴな行動がほとんどだし、当たり前の常識をガラルドはまったく知らない。
 わざと? と思うほど外している。

 それだけではない。
 最初の日から、挨拶代わりのように朝から晩まで、結婚しろ、結婚しろ、と口癖のように繰り返されて耳にタコができてしまった。
 そのたびにけんもほろろに断るが、まったくこたえていない。
 それどころか「照れる歳か?」とか「じらすのも女の手だしな」などと、ポジティブな誤解をして、まったく懲りない。
 そして相変わらず、アライグマを褒め言葉と勘違いしている。
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