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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男
31. そしてため息をつく 2
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思い出してムカッとした。
やめてくださいと言っても、あの「アライグマ」呼ばわりをやめる気配すらないのだ。
「嫌です!」と断っている意向は、多少なりだが伝わっているので、無理強いがないのは幸いだった。
おまけに。
三日に一度は花街に足を運ぶ上に、わざわざ「行ってくる」と伝えに来るバカである。
馴染みを作らなくてはいけないが俺にはお前だけだとか、ミレーヌには理解できない理屈を声高に語ってくる。
隠すとか、ぼかすとか、そう言った気遣いすら皆無である。
仕事だからいいんだと言いきって、ドーンと胸を張っていた。
もう、ガラルドにかける言葉も思いつかない。
それでいて、それなりに嫉妬深いらしい。
先日のことだ。
サガンたちに遠征先で清潔感を保つ、洗濯講座をしていたときのことである。
扉に張り付いて、聞き耳を立てていたらしい。
「何をしている!」
突然、バァンと扉を開けて、飛ぶ込む勢いで登場した。
あんまり大きな声だったから、洗っていたシャツを手に握りしめたまま、ミレーヌは驚きすぎて固まってしまった。
「なんだ洗濯か、人騒がせな」
一人で勝手に納得したのか、ブツブツ言いながらクルリと背を向ける。
肩を怒らせてドカドカとすぐに出ていったので、訳がわからなかった。
あれはなに? と謎に思っていたら、サガンたちが一斉に大爆笑した。
ヒーヒーと腹を抱えて笑い転げながら、その理由を教えてくれた。
「あのそこは……とか、いけませんわとか、もっと優しくしてとか言ってただろ?」
「あのバカ、ミレーヌ様の甘い声に花街を思い出して妬いたのさ」
「俺らが集団でイケナイことをしていると勘違いしたんですよ!」
それだけ説明すると「もうダメだ、笑い死ぬ」と腹を抱えて、洗濯どころではなくなった。
ありえない。本当にどうかしている。
想像が下品すぎて、軽蔑してしまった。
そんな調子で顔を合わせればケンカしてしまう。
なのにケンカができたと、ガラルドだけは実に満足そうな顔をしている。
そこがお前のいいところだとか、自分ひとりで納得しているのが腹立たしい。
なにを言っても通じない。
だからイライラしてしまうのだ。
ミレーヌ自身はストレスがたまり続けている。
どうしてあれほど変わっているのだろう?
「それが英雄なのさ」
そんなふうにデュランが説明してくれた。
それがどういう意味か、ミレーヌにはよくわからなかった。
英雄なら、もう少しピシッとして欲しい。
世界中の人の憧れと期待を背負っているのに。
本物のバカじゃないのかしら?
ただ一つだけ、心からガラルドに感謝できることがあった。
問題としては、コレしか感謝できることはない。
サリを非常に大切にしていた。
先日はいきなり揺り椅子を土産だと持ち帰った。
居間を兼ねている食堂の、自分のスペースの横に置くとサリを座らせた。
「実にいい。福招きの猫台にピッタリだ!」
なんてご満悦なぐらい、気持ちの中心に置いていた。
縁起物と同じ扱いはどうなのかしら?
そう頭を悩ませたが、陽のあたる場所で編み物をしているサリは、確かに福招きの置物のようだった。
本人が幸福そうなので、これでいいのだと思う。
ガラルドは少しでも暇があれば、サリサリとそれこそ子犬のように、家の中でくっついていてまわっている。
それだけではなく、耳の遠いばあさんの語りに辛抱強く付き合っていた。
短気で辛抱がまったくできない日常が嘘のようだ。
孫のミレーヌにもできない芸当だった。
会話の内容は、ミレーヌが聞くと要点が飛びまわって、まったくかみ合っていない気がするけれど。
ガラルドは奥深そうな顔をしてうなずいていることが多いし、サリは子供を相手にするように、頭をはたいたりなでたりしていた。
それはどこかほのぼのとしていて、昔語りをねだる子供と、その相手をするおばあさんの図にしか見えない。
「薬師の能力は使わなくても、経験を生かして全身全霊でしつけをしてる最中だからそっとしとくよ」
などと、隊員たちも仕事よりも、二人の会話を優先して見守っているようだった。
ミレーヌにとっては謎だったが、サリは隊員たちからも尊敬されていた。
人生経験が豊富だから、というだけではないらしい。
どうしてですの? と聞いたこともある。
だが、尊敬に値する方だからだよ、としか教えてもらえなかった。
古い血の影響を受けないミレーヌには、なんのことかまったくわからなかった。
サリの影響なのか、少しはガラルドに変化があった。
「行ってくる」とか「帰った」とか、必ず誰かに声をかけるようになった。
確かに花街に出かけるとき、ミレーヌまでわざわざ報告しにくるくらいだから、仕事でかかわる隊員たちにもマメに行き先を伝えているらしい。
不意に姿を消してしまうような気まぐれな行動がなくなったと、みなが喜んでいた。
それだけではない。
とりあえず食事時間は守るし、横になる時は自分の部屋に入って休むし、中庭や玄関のソファーでグーグー寝ることも減っている。
ミレーヌから見るとまだまだ目に余るところが多いのに、これでも規律正しい人間になっているらしい。
「お二人は猛獣使いだ!」
満面の笑顔を浮かべ隊員がそろって喜んでいたので、今まではそうとう気ままに自分の考えだけで動いていたのだろう。
制御の利かない猛獣扱いされる流派の長ってどうなの?
実力はともかく、長としてまったく役に立っていない存在なのでは? などと思ってしまう。
だけど非常時においては決断力も判断力も行動力もあって、第三者の視点に戻れば頼りがいもある。
ガラルドという男、非常に魅力のある人物なのは確かだった。
つまりガラルドは不確定要素が多すぎて、ミレーヌには判定不可能なのだ。
確かにむかつくことも多いし、噂と現実の落差にも驚愕する。
惚れたはれたにならないが、連日のように率直な求婚を受けると、年頃なのでそれほど悪い気はしない。
素直にうなずく気になれないのが残念だけれど。
ハァァ~とミレーヌは長いため息をついた。
もっとまともになってくださればいいのに。
そんなことを思いながら過ごす毎日である。
やめてくださいと言っても、あの「アライグマ」呼ばわりをやめる気配すらないのだ。
「嫌です!」と断っている意向は、多少なりだが伝わっているので、無理強いがないのは幸いだった。
おまけに。
三日に一度は花街に足を運ぶ上に、わざわざ「行ってくる」と伝えに来るバカである。
馴染みを作らなくてはいけないが俺にはお前だけだとか、ミレーヌには理解できない理屈を声高に語ってくる。
隠すとか、ぼかすとか、そう言った気遣いすら皆無である。
仕事だからいいんだと言いきって、ドーンと胸を張っていた。
もう、ガラルドにかける言葉も思いつかない。
それでいて、それなりに嫉妬深いらしい。
先日のことだ。
サガンたちに遠征先で清潔感を保つ、洗濯講座をしていたときのことである。
扉に張り付いて、聞き耳を立てていたらしい。
「何をしている!」
突然、バァンと扉を開けて、飛ぶ込む勢いで登場した。
あんまり大きな声だったから、洗っていたシャツを手に握りしめたまま、ミレーヌは驚きすぎて固まってしまった。
「なんだ洗濯か、人騒がせな」
一人で勝手に納得したのか、ブツブツ言いながらクルリと背を向ける。
肩を怒らせてドカドカとすぐに出ていったので、訳がわからなかった。
あれはなに? と謎に思っていたら、サガンたちが一斉に大爆笑した。
ヒーヒーと腹を抱えて笑い転げながら、その理由を教えてくれた。
「あのそこは……とか、いけませんわとか、もっと優しくしてとか言ってただろ?」
「あのバカ、ミレーヌ様の甘い声に花街を思い出して妬いたのさ」
「俺らが集団でイケナイことをしていると勘違いしたんですよ!」
それだけ説明すると「もうダメだ、笑い死ぬ」と腹を抱えて、洗濯どころではなくなった。
ありえない。本当にどうかしている。
想像が下品すぎて、軽蔑してしまった。
そんな調子で顔を合わせればケンカしてしまう。
なのにケンカができたと、ガラルドだけは実に満足そうな顔をしている。
そこがお前のいいところだとか、自分ひとりで納得しているのが腹立たしい。
なにを言っても通じない。
だからイライラしてしまうのだ。
ミレーヌ自身はストレスがたまり続けている。
どうしてあれほど変わっているのだろう?
「それが英雄なのさ」
そんなふうにデュランが説明してくれた。
それがどういう意味か、ミレーヌにはよくわからなかった。
英雄なら、もう少しピシッとして欲しい。
世界中の人の憧れと期待を背負っているのに。
本物のバカじゃないのかしら?
ただ一つだけ、心からガラルドに感謝できることがあった。
問題としては、コレしか感謝できることはない。
サリを非常に大切にしていた。
先日はいきなり揺り椅子を土産だと持ち帰った。
居間を兼ねている食堂の、自分のスペースの横に置くとサリを座らせた。
「実にいい。福招きの猫台にピッタリだ!」
なんてご満悦なぐらい、気持ちの中心に置いていた。
縁起物と同じ扱いはどうなのかしら?
そう頭を悩ませたが、陽のあたる場所で編み物をしているサリは、確かに福招きの置物のようだった。
本人が幸福そうなので、これでいいのだと思う。
ガラルドは少しでも暇があれば、サリサリとそれこそ子犬のように、家の中でくっついていてまわっている。
それだけではなく、耳の遠いばあさんの語りに辛抱強く付き合っていた。
短気で辛抱がまったくできない日常が嘘のようだ。
孫のミレーヌにもできない芸当だった。
会話の内容は、ミレーヌが聞くと要点が飛びまわって、まったくかみ合っていない気がするけれど。
ガラルドは奥深そうな顔をしてうなずいていることが多いし、サリは子供を相手にするように、頭をはたいたりなでたりしていた。
それはどこかほのぼのとしていて、昔語りをねだる子供と、その相手をするおばあさんの図にしか見えない。
「薬師の能力は使わなくても、経験を生かして全身全霊でしつけをしてる最中だからそっとしとくよ」
などと、隊員たちも仕事よりも、二人の会話を優先して見守っているようだった。
ミレーヌにとっては謎だったが、サリは隊員たちからも尊敬されていた。
人生経験が豊富だから、というだけではないらしい。
どうしてですの? と聞いたこともある。
だが、尊敬に値する方だからだよ、としか教えてもらえなかった。
古い血の影響を受けないミレーヌには、なんのことかまったくわからなかった。
サリの影響なのか、少しはガラルドに変化があった。
「行ってくる」とか「帰った」とか、必ず誰かに声をかけるようになった。
確かに花街に出かけるとき、ミレーヌまでわざわざ報告しにくるくらいだから、仕事でかかわる隊員たちにもマメに行き先を伝えているらしい。
不意に姿を消してしまうような気まぐれな行動がなくなったと、みなが喜んでいた。
それだけではない。
とりあえず食事時間は守るし、横になる時は自分の部屋に入って休むし、中庭や玄関のソファーでグーグー寝ることも減っている。
ミレーヌから見るとまだまだ目に余るところが多いのに、これでも規律正しい人間になっているらしい。
「お二人は猛獣使いだ!」
満面の笑顔を浮かべ隊員がそろって喜んでいたので、今まではそうとう気ままに自分の考えだけで動いていたのだろう。
制御の利かない猛獣扱いされる流派の長ってどうなの?
実力はともかく、長としてまったく役に立っていない存在なのでは? などと思ってしまう。
だけど非常時においては決断力も判断力も行動力もあって、第三者の視点に戻れば頼りがいもある。
ガラルドという男、非常に魅力のある人物なのは確かだった。
つまりガラルドは不確定要素が多すぎて、ミレーヌには判定不可能なのだ。
確かにむかつくことも多いし、噂と現実の落差にも驚愕する。
惚れたはれたにならないが、連日のように率直な求婚を受けると、年頃なのでそれほど悪い気はしない。
素直にうなずく気になれないのが残念だけれど。
ハァァ~とミレーヌは長いため息をついた。
もっとまともになってくださればいいのに。
そんなことを思いながら過ごす毎日である。
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