今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

35. 突然すぎて 2

「ああ、オレンジだ。ちょっと待っていろ」

 言うなり、パッとガラルドの姿が消えた。
 え? と思っていたらミレーヌからかなり離れた大通りの角で、ギャッとかヒッとか悲鳴が上がった。

 そちらに目をやると抱えていた子供を母親らしき女に渡して、ガラルドは警笛を吹いていた。
 足元には三人ばかり男が倒れている。
 呻いているしガラが悪そうなので、スリとかひったくりとか強盗とか、あんがい子供がさらわれそうだったのかもしれない。

 まぁ! と思わずミレーヌは口元を押さえた。
 本当に一瞬のことである。

 こんなに離れた場所でも発見して、悪漢を取り押さえるなんてさすがだわ。
 その気になればなんてすごいのかしらと、ミレーヌは感動してしまう。

 人の輪ができたのをかきわけて騎士団がやって来ると、ガラルドは引き渡すためか何やら話をしている。

 その剣豪らしい振る舞いは、近寄りがたいほど神々しく見えた。
 こうして第三者の目で見れば偉丈夫なのにと、ミレーヌはためいきをついた。

 どうして日常が残念なのかしら?

 細かい指示をしてガラルドが歩きかけたところで、倒れていた一人が起きあがり、近くにいた人の群れへと突っ込もうとした。

 騎士が動くよりもガラルドの対処は早い。
 振り回す短刀をガラルドが素手で直接つかんだのが見え、ミレーヌは思わず口を押さえた。

 ガラルドがビシッと人差し指でおでこのあたりをはじくと、男の身体が吹き飛ばされる。
 ドスンと鈍い音を立てて、激しく壁に激突した。
 ズルズルと壁を伝い地面に伸びた男の身体を見もせずに、ガラルドは奪った短刀を何気ない調子で鞘に戻すと、驚きで動くことを忘れた騎士に渡す。

「後は任せた」

 そう残して、ズンズン歩きだす。
 それだけで囲んでいた人の群れが割れて、ガラルドのために道を開けた。
 そこにいる人の眼差しはガラルドを捕えて離さなかったが、誰もが無言だった。

「待たせたな、行くぞ」
 ガラルドは何もなかったように帰ってきた。

 あたりまえに言うので、ミレーヌはその後について歩く。
 だけど、キュッと心臓をわしづかみにされたように痛みはじめる。

 すごいという声だけならいい。
 恐ろしいとか凄まじいと怯えの声が、背中を追いかけてきた。

 確かに、すごいのは認める。
 ガラルドは指一本しか動かしていない。
 でも、だからといって。

 路地の陰に入ってガラルドが立ち止まり、振り向いてちょっと首をかしげた。
 ミレーヌが唇をかみしめている。
 なぜだか、泣くのを必死でこらえているようにしか見えない。

「なんだ、人並みに俺が怖くなったか? 普通の女みたいな顔をしているぞ」

 ハハハッと明るく笑われて、ミレーヌはカッとした。
 わたくしはアライグマではなくて、もともと普通の女ですのに!
 本当に腹が立つといったら。

「ふざけないで!」
 手を振り上げると、ガラルドの頬を勢いよくバシッとはりとばす。
「なぜ刃を手でつかむんですの! 危ないじゃないですか!」

 見せてくださいとガラルドの右手を見て、皮の手袋にも傷一つない事にホッと息を吐いた。
 よかったと安心した顔に、このぐらいで俺がケガなどするかと、ガラルドは抗議する。

「心配しているなら、なんで叩くんだ?」
 いつもいつも手が早すぎると怒っている。
「このぐらいよけてください!」
 負けずにミレーヌも言い返した。

 ムウッとガラルドはうなった。
 よけれるものならとっくによけているのだが、どうしてかミレーヌの攻撃は身体が吸い寄せられてしまうのだ。

 どうぞとばかりに、身体を差し出してしまうのが自分自身でも謎だ。
 だから、少々痛い。
 理由がわからないから、反論もできない。

 あっさり思考を切り替える。
 ケンカなどしても、つまらない気がした。
 そのあたりの切り替えの早さも、やっぱり英雄らしいガラルドだった。

「とりあえず行くか」

 言うや否や説明も何もなくミレーヌを抱えて、ガラルドはポンと跳んだ。
 キャ~ッと大きな声が屋根の上から響いた。

 通りを歩いていた人々が視線を上げたが、その時には青い空が広がるだけだった。
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