今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

36. 不滅の丘 1

 舌をかむと後から言われて、必死で口を閉じてガラルドの上着をつかんだ。
 気がつくと空に近い場所にいて、ものすごい速度で街並みが後ろに流れていく。

 目が回りそうな速度でまともに息をすることもできず、いったい何が起こっているのかミレーヌにはわからない。
 ガラルドに抱きあげられていることだけは確かだった。

 屋根の上を走っているのだと理解した頃には、王都を出ていた。
 気がつくと恵みの森の中にいて、すぎる木立が風にざわめく様を美しいと思った。
 前を見たら吹きつける風の強さに息がうまくできず、ガラルドの胸にしがみつくしかない。

 速い。
 風になっている。

 ほんの少し顔をあげるとガラルドは普通の顔をしていて、女一人を抱えて走っているとはとても思えなかった。
 どこからどう見ても、ポイポイと服を脱いでパンツ一枚で歩いているときのように、力を抜いた表情だ。
 見える物とおかれている状況が合致せず、ミレーヌは目を白黒させる。

 あっという間にリリス平原に出た。
 どこまでも広がる草原を駆け抜け抜ける。
 余裕綽々の顔をしていても、力強い疾走は人を超え風よりも速い。

 そして。
 夢か現実かわからない程、幻想的な小高い丘に辿り着いた。

 降ろされたミレーヌは、なんて美しいのともらす。
 おとぎ話に聞く、天界か桃源郷のようだった。
 うっとりとしてそれ以外の言葉を忘れたミレーヌに、すごいだろうとガラルドは自分の手柄のように自慢した。

 ここがどんな場所か簡単に説明する。
 世界が創造された場所という伝説を持っている聖地だった。

 古くから「不滅の丘」と呼ばれている。
 世界が滅び生まれ変わったとしても、ここだけは時知らずで存在し続けているらしい。
 伝説を裏付けるように、不可思議な生の力に満ちた場所だ。
 この丘には四季を問わず様々な果樹が生い茂り、休む間もなく果実をつけている。
 それだけではなく、様々な季節の美しい花が一度に咲き乱れていた。

 ミレーヌの夢見心地でいつもより華やいだ表情に、いい選択だったようだとガラルドもまんざらでもない笑顔を見せる。
 花に興味はないが、惚れた女の表情が華やぐのを見るのは嬉しい。

「こういう綺麗な場所だったら、おまえも好むだろう? 邪魔も入らんしな」
「ええ! なんて素敵なのかしら! それになんて大きな樹! 何人ぐらいで幹を囲めるかしら?」

 何よりも目を引いたのは、一本の巨木だった。
 キラキラした瞳で指し示すミレーヌに、こういう反応は新鮮だと快く感じながらガラルドは答える。

「ああ、あれか。特別な樹だからな」

 大人八人がかりでも手が足りない程、巨大な樹だ.
 それも息吹に満ち、葉も青々とした美しい広葉樹だった。
 この世界の創世と同時に生を受けたとされる古木は、「はじまりの樹」と呼ばれていた。

「この世界と同じ歳らしいから、こいつはずいぶんと年寄りのはずだ。ヨボヨボには見えんが」

 ヨボヨボって……ミレーヌは絶句した。
 創世の樹ならば、姿を現さないが世界を護っている神々と等しい存在のはずなのに。

「どうしてそんな夢のない言い方をしますの?」
「本当のことだぞ? 確かめようもないがな」
 もう! とミレーヌはふくれた。
「そんなこと、確かめる必要なんてありませんでしょう?」

 まったく、もう!
 会話が微妙にかみ合わない。
 どうして漫才のようになるか謎だ。
 デートの場所としては最高なのに、ガラルドが相手だとムードや雰囲気はぶち壊しだった。

「せっかく見直したのに……」

 それでも、気を取り直す。
 この美しい場所は、わざわざミレーヌのために選んだ場所なのだ。
 悪言や感性に目をつぶりさえすれば、宝石やドレスを見に連れていかれるより、ずいぶんとミレーヌ自身のことを考えている。
 ガラルドはあんがい、他人のこともよく見ているのかもしれなかった。
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