今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

55. 危険がいっぱい 1

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 真夜中をすぎてもオルランドは帰ってこない。
 四角く切り取られた窓から月が顔を出し、ランプを消すと見えるのはそれだけで、物悲しくてミレーヌはため息をついた。

 本来なら夕食の後片付けを終えて、明日の食事の仕込みをしている頃なのに。
 することが何もない。
 暇なのは苦手だった。
 人質って暇なのねぇと、もう一つため息をついてしまった。

 それにしても。
 何のためにさらわれたのかしら?

 ン? と頭を悩ませたが、すぐにやめた。
 想像しても意味がない。
 オルランド本人に聞けばいい。
 そもそも一般市民の考え方とは違うのだから、ミレーヌにわかるはずがないのだ。
 早く帰ってこないかしら? と窓の外を見たが、輝く月が夜に丸く浮き上がるだけだった。

 たいくつだった。
 食事や保存食も言われた以上に作ると無駄になりそうで、もったいないから追加はやめた。
 家に帰る方法もないし、やれることはやってしまったし、おしゃべりの相手もいないし、できることといえば寝るぐらいだ。

 しかし、台所は食料や水には困らないが、寝るのにはまったく向いていなかった。
 なんとなく部屋の隅に座って、空になっていた粗布製の野菜袋を布団代わりに身体にかけて、軽く目を閉じていた。

 少しだけウトウトして、ガタッと音がしたのでビクリとしてミレーヌは飛び起きた。
 ガタガタと封鎖した扉が揺れている。
 サーッと全身から血の気が引くのがわかった。

 オルランドならそんなことはしないはずなので、大きな水瓶と水瓶の間に滑り込んだ。
 意外なことに運動神経が良いので、動物的な素早い動きである。

「嫌ですわ」
 心細くてミレーヌは身をすくませる。

 しばらく体当たりでも繰り返していたみたいに、ドンッドンッと大きく定期的に揺れていた木製の扉が、今度は斧で砕かれ始めた。
 扉が完全に壊れるのもすぐだろう。

 でも、安全に隠れる場所はどこにもなかった。
 どうしようどうしようとおびえながら身体を縮めて、ミレーヌは叫び出したいのをこらえて、必死で息をひそめていた。

 目に涙がにじんでしまう。
 早く帰ってきてと、オルランドの帰宅を祈る。

 あっという間に扉は斧で砕かれて、数人の男が入ってきた。
 どれも薄汚れた身なりをして、目つきも悪くて悪党にしか見えない。
 鳥小屋に行ったときに、ジロジロとミレーヌを見ていた連中だった。
 息をひそめて、助けて~と心で叫びながら、泣きたくなって身を縮めていた。

「本当に死神だけ出たのか? 女もいないぞ?」
「チラッとだが間違いないと思ったんだがな」
「探すぞ、死神が帰る前に捕まえる」
「本当にクソ生意気なガキだから弱みの一つでも握っておこうぜ」
 などと会話を交わしながら、ゴソゴソと袋の陰などを漁っている。

 嫌だわこっちに来る。
 男たちが近づいてきたのを見て、ミレーヌはさらに小さくなった。
 しかし、移動したくてもこの位置を離れると丸見えなので、動くこともできなかった。

「おい、いたぞ」
 水瓶の隙間からのぞいた顔がニヤリと笑う。
 見つめて来るのは邪な眼差しだった。

 キャーッと叫んで、伸ばされた手から逃れようと隙間から転がり出た。
 長いスカートの裾をつかまれて、そのまま引き倒される。

「いやっ離して! オルランド! オルランド!」
 ミレーヌは必死で叫びながら、スカートをつかむ腕をビシビシと叩き、めちゃくちゃに暴れて抵抗した。

「大人しくしろ」
「少しは黙れ!」
 四人がかりで押さえつけられた。

「離して!」と叫びながらジタバタと暴れて、口をふさがれたのでその手に思い切りかみつく。
 ギャーっと悲鳴が聞こえたが、どこからどう見ても汚い手なので、不潔すぎて口を放してしまった。

「この!」
 ふりあげられた腕に、目をつむる。

 もうダメ!

 しかし、予想した痛みは来なかった。
 ドコッとかボキッとか鈍い音がいくつかして、身体の上が軽くなった。
 そして床とわかる低い位置から、かすかなうめき声がひびく。

 恐る恐る目を開けた。
 足元にいた二人は泡を吹いて倒れていた。

 馬乗りになってミレーヌを殴ろうとしていた男は、その横に転がっていた。
 妙な方向に折れ曲がった腕を押さえて白目をむいている。
 なにが起こったのかわからなくて、頭が真っ白になった。

 もう一人、わたくしの手を押さえていた男は?

 ぼんやりしたままミレーヌは身体を起こす。
 そして、なんだか、いけないものを見てしまった。
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