今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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閑話休題

平和な情景

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 野菜スープにチキンのソテー♪
 今日はデザートにフルーツのコンポートをつけましょう!

 新鮮な野菜が手に入って、ミレーヌはすこぶる機嫌が良かった。
 心配だらけだった、英雄宅の家政婦生活も順風満帆。
 心配の種だった祖母の健康も、良い状態で安定している。
 これで文句があるなんて言ったら、欲が深すぎるだろう。

 それに。
 チラリと身につけたエプロンを見て、口元を緩める。

 生れて初めてもらった殿方からの贈り物だ。
 たとえその相手が下着でうろつくような奇人変人でも、黙ってさえいれば美丈夫の英雄なのだ。
 ストレートであまりある愛の言葉は、乙女心をくすぐるムードは皆無であっても、やはり心を弾ませてくれた。
 やわらかなタンポポ色のエプロンと髪に編み込んだリボンは、ガサツで大ざっぱなガラルド自身も「実に良い」と、ミレーヌにもわかる言葉で褒めてくれた。
 奇跡である。

 ふんふん♪ と鼻歌交じりに夕食の準備に取り掛かる。
 野菜の皮をむき始めたところで、おーいと呼ぶ声が玄関の方向から聞こえた気がした。

 この声は、ガラルドだ。
 なにかしら? と思ったものの「おーい!」と呼ぶ声が近づいてくるので、なんとなく察した。 

 いつもなら「おかえり」と出迎えるサリが、今日は玄関にいないのだ。
 足が弱いので歩行練習も兼ねた定期健診で、デュランが付き添って医師のところまで出かけている。
 ガラルド自身が「連れて行け」と言ったくせに、誰も出迎えないことにすねてしまったに違いない。
 驚くほどいたせりつくせりの雇主だが、堪え性のなさは普通の子供よりも幼い子供そのままの感覚である。

 ガラルド様ったら!
 ご自分が言い出したのに、本当にどうしようもない人ですわね。

「おーい! 帰ったぞ」

 そんな声が近づいてきたが、無視を決め込んでミレーヌは野菜の下ごしらえに取り組んだ。
 この調子なら放っておいても、台所まで乗り込んでくるに違いない。
 案の定、キィッと小さな音をたてて扉が開いた。
 気配すら立てることなく忍び込めるくせに、足音や扉の開閉音をたてたり、わざとらしいことこの上ない。
 少しだけイラッとしながら気付かないふりをして、作業の手を止めることなく夕食の準備を続ける。
 と、バサリと布が落ちる音がした。

「オイ、脱いだぞ」

 この音はもしかして、と思う間もない宣言に、ミレーヌは自分の額に青筋が浮かぶのを感じた。
 またしても自室以外でパンツ一枚になる気なのだ。
 それもミレーヌの気を引くためだけに、わざわざ服を脱ぐとは。

 台所は女の城だとわかっているくせになんてことを! とふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 おもむろに振り向いて、キッとガラルドをにらみつけた。

「……ガラルド様」
「なんだ?」

 ガラルドは短く返し、上半身はシャツだけの格好でフンと鼻を鳴らした。
 ハッキリと怒りを込めた声と眼差しなので、素知らぬ顔をつくっているけれど少し腰が引けている。
 怒鳴りたくなった言葉を飲み込むために、ミレーヌは大きく息を吸って、そして吐き出した。

 なんだ? なんて。
 なんてわざとらしい!
 わかりきったことを言わせたくて、こんな子供みたいなマネをするだなんて。

「もう、わたくしは知りませんから」

 くるりと背中を向けると、ほんの少しの沈黙の後、バサリと新たな音がした。
 どうやらシャツを脱いだらしい。
 気配でそれとわかり、ミレーヌはフライパンに震える手を伸ばす。

 ぐっとフライパンの柄を握りしめ、おもむろに振り向いた。
 期待と恐れの混じった表情で、ガラルドがミレーヌを見つめていた。

 本当に、どこまでもスットコドッコイなんだから!

 確かに顔はいいし、態度も尊大なほど堂々として、英雄らしいとは思う。
 しかし上半身は裸である。
 しょせんはパンツ男だ。

 今はズボンをはいているけれど、最後の砦一枚になるのも時間の問題。
 鋼以上に固く立派に割れた筋肉だから、このフライパンで叩いてもたいして痛くはないだろう。

「ガラルド様、覚悟はよろしいですわね……?」

 ウム、なんてガラルドはうなずいたりしない。
 しかし、フライパンを片手にしたミレーヌは、ガラルドに向かって走り出した。

 当然ながらガラルドは逃走する。
 裏口から飛び出し、二人は中庭に走り出て、恒例の追いかけっこがはじまった。

「あ~またやってる」
「懲りないな、毎度毎度」
「ああいうのを仲睦まじいって言うんだろうよ」
「よせ、聞こえたら殺されるぞ。メシも減る」
「僕、今日はあの人と別行動で、ほんと良かった」

 詰所の窓から中庭をのぞいて、黒熊隊員たちは失笑する。
 いつもならあの二人の間に挟まれて肝を冷やすばかりだったと、恐ろしげに喉元の首輪に触れながらオルランドは、今日のご主人様であるキサルの影から追いかけっこを覗き見る。

 ゴイーン☆ と響く金属音もすっかり耳に馴染んでいた。
 叩きのめされる幸せも、この世にはあるのだ。

 長が倒されても、むしろ微笑ましいと思うのはなぜだろうか?
「平和だねぇ」なんて誰ともなくつぶやく、穏やかな午後であった。




Fin





長いお話に、最後までお付き合いありがとうございました。
ここでいったん終了です。
書きたいお話はまだまだあるので、形になったら投稿すると思いますが、今のところ続きは書けていません(*ノωノ)
またいつか、新しい物語がつむぐとき、変わらずお楽しみくださいませ。
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