卒業 ~ 片想いふたつ ~

真朱マロ

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卒業

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 卒業の歌が流れる中、あたしは覚悟を決めた。
 学生生活も今日が最後だ。

 粛々と進む式典の中、二列前に座る大好きなナナの背中が、感情の昂ぶりを押さえているのかかすかに震えている。
 きっと卒業の寂しさを胸に抱え、別れの切なさに揺れながらも、片想いの相手に告白するかやめるか、最後の最後で迷っているに違いない。

 大丈夫だよ、ナナ。
 あなたが迷うなら、あたしが導く。
 あなたが怯むなら、あたしが背中を押すよ。
 魔法の呪文のように「大丈夫だよ、ナナ」と心の中で繰り返す。
 そして、あたしは声を張り上げて、別れの歌を歌うのだった。

 あたしとナナの付き合いは長い。
 幼稚園も小学校も中学校も、高校まで一緒に通ったあたしの親友だ。
 好きなものも嫌いなものも、他人に話したくないちょっと恥ずかしいことまで、お互いになんでも知っていた。

 だけど、高校二年の夏休み。
 宝物のことを話すみたいに「あたしね、好きな人ができたの」と囁いたナナ。
 ぽかんと口を開けたあたしの腕にしがみつき、恥じらいで真っ赤になった顔でもじもじと身もだえする、可愛い幼馴染は青天の霹靂だった。
 誰だよ、その幸運なメンズは? なんて尋ねる余裕もなかった。

「せーちゃん、どうしたらいいと思う?」

 そんなの、尋ねられても困るって。
 なんて思いながらも、胸の奥がギュッと締め付けられるみたいに苦しくなった。
 うるさいぐらいに泣く蝉の声がうっとおしくて、肌にまとわりつくような熱気が気持ち悪くて、手にしたアイスがジンワリ溶け落ちるのも他人事みたいによそよそしくて。

 それが、好きなものも嫌いなものも全部知っているはずのナナから、想像もしてなかった知らない心情を告げられたからか。
 そういう知らない部分もあるとわかっていても、実際に目の当たりにすると「そんなはずはない」と脳がバグったのか。
 あたし以外の誰かをナナが好きになるだなんて、ただただ受け入れたくないだけなのか。
 あの夏のあたしには、まったくもって判別がつかなかった。

「その彼と、付き合うの?」
「え? ええええ? そんな、付き合うだなんて!」

 熟れた林檎みたいに頬を染めて「好きなだけでいいの」なんてモジモジしている愛らしさに、チリ、とあたしの胸の奥も焼けてしまう。
 本当に好きなだけで良いなら、どうしたらいいと思う? なんて尋ねなかったでしょう?
 本当は、あたしに「告白しなよ!」と後押しして欲しかったんじゃないの?
 そんな風にねじれた気持ちが、黒く濁った靄のように胸の奥でうごめいた。

 この可愛い仕草や、甘くてやわらかな声や、揺れるポニーテールのプルプル揺れる感じや、後れ毛のある白くて細いうなじまで、ナナは可愛い。
 今は何も知らない想い人も告白なんてもので焦点を定めて、ナナを彩るそのやわらかな存在感を知ってしまえば、心から愛さずにいられないだろう。

 ナナがあたしから離れるなんて、そんなの、やだなって思った。
 だからあたしは、ただ「そっか」とうなずくだけで、後押しするのをやめた。
 だって「告白しなよ」なんて後押しして、それで奮起したナナが勇気を出したら、絶対に相手はナナを好きになってしまうもの。
 そして、ナナはそいつに寄り添うことに終始して、あたしとの時間が無くなるのだ。

 永遠に友達で、せーちゃんが一番の親友! って、きっとナナはそう言うだろう。
 だけど、あたしは知っている。
 健全な男女交際に、四六時中、一緒に過ごす同性の幼馴染なんて邪魔でしかない。

 それが、当たり前といえば、当たり前なんだけど。
 簡単に割り切れなくて、想像だけで胸が痛くてたまらない。
 あたしの気持ちは、たぶん、不健全の代表だ。

 ふわふわした綿菓子みたいで、引っ込み思案で、あたしの背中に隠れるようそっと周りを伺って、不安がないとわかると花がほころぶように微笑むナナ。
 恋に悩むその横顔も、悩み事を相談してもらえるあたしだけの特権だった。

 だから、独占した。
 一緒に話して、一緒に遊んで、悩み事相談にも乗った。
 ナナの好きな憧れの彼のことも、どこが好きで、どこが気になって、どんなところにときめいているのかなんてことまで、たくさん話した。

 ざまぁみろ、と思う。
 まだいない、ナナの未来の彼氏め。

 お泊り会の後のぼんやりした寝ぼけ眼も。
 くしゃくしゃになった泣き顔の鼻の赤さも。
 自転車に相乗りをしたときに腰に回された細い腕も、全部、全部、私だけの青春で、私だけが知っている女子高生のナナだ。
 高校生活の三年間も、幼少期と変わらずあたしだけのナナだった。

 だから十分。
 もう、卒業しようと思う。
 もう、卒業できると思う。

 本当は、知っていた。
 好きなだけでいい、なんて嘘だ。
 好きな人に、好きだと伝えられなくても、幸せだなんて嘘だ。

 ナナもあたしも、言い訳ばかりが上手になって、一歩足を踏み出すことが出来なくて、とても臆病だった。
 ただそれだけなのだ。

 今日は卒業式で、あたしたちは卒業生だ。
 そして、ナナの好きな彼も、同じく卒業生だ。

 今日が本当に最後で、今日を逃せば挨拶すら難しい間柄になってしまう。
 次に会えるのは、同窓会? それっていつだよ。

 どうあがいても、あたしはナナが好きだから。
 世界で一番、幸せになってほしい大切な人だから。

 卒業式が終わって、教室での別れも済ませたら、ナナの手を取って、ナナのすべてを握りしめて、走り出す。
 ナナの好きな彼のクラスは、あたしたちとは違う。
 だからぼやぼやしている暇なんてないのだ。

「せーちゃん、待って、待って!」
「ナナ、今しかないから! 言いたいこと言っちゃえ!」

 三々五々に散っていく生徒の間を、あたしたちは駆け抜ける。
 目を丸くするナナも、何事かと振り返る卒業生たちも、そこかしこで立ち止まっている人の群れをかき分けながら進む。

 目当ての彼は、校門の近くにいた。
 突進しかけて、ふと、正気に戻る。
 告白するのはナナで、突進の先頭を切るのがあたしというのは、何か違う気がした。

 だから、立ち止まる。
 そして、ナナの背を押した。

「行っといで、あたし、待ってるから」
「せ、せーちゃん」

 ナナは「嘘ぉ」と言いたげに目をウロウロさせたけれど、キュッと唇を引き結んで顔を上げた。
 まっすぐに彼を見て、勇気の満ちた顔で、一人で足を踏み出した。
 その足取りは、最初の一歩こそ頼りなかったけれど、二歩、三歩と続くうちに軽やかなものに変わる。
 あぁ、気持ちと一緒に足まで駆けだしていくのね、なんて寂寥感がわき上がったとき、風に舞う花びらみたいな儚さでナナが振り向いた。

「せーちゃん、大好き!」

 あたしも大好きだよ、なんて返す隙も無かった。
 キラキラした笑顔を残し、クルリと回って、ナナは駆けだした。
 揺れるスカートが風をはらみ、まるで春を呼ぶ妖精みたいだ。

 遠ざかる背中に、あたしは空を仰ぎ見る。
 大好きな人に、大好きって言葉をもらった。
 その大きさに、胸が震える。

 親友とか、幼馴染とか、パートナーとか、どこに落ち着くのか未来はわからないけれど、あたしはナナが大好きだ。

 好きにもいろんな種類があるって言うけれど、それがどうした。
 自分本位の、相手を独占したいだけの「好き」は、今日で卒業する。
 ナナが幸福になれる「好き」を、あたしは選んで生きていくのだ。

 春風みたいな笑顔の余韻を胸に、ただ、大切な人の幸福を祈るのだった。


【 終わり 】
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