マッチョ売りの少女に拾われた少年のお話

真朱マロ

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そのいち

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 それは寒い冬の日のことでした。
 今年初めての雪が舞い落ちてくるなか、少年は街角に立ちました。

 ボロボロの靴にカギザギだらけでブカブカの服。
 それでも少年が持っている一番良い服でした。
 薄汚れていた顔は、まだ凍っていない噴水の水で洗ったので少しは見られるようになりましたが、濡れたまま乾いた指先は寒さで真っ赤でした。

 肩を寄せ合って生きてきた母親が亡くなったのは春先のことでした。
 早くに亡くなったらしい父親は顔も知りません。
 他に身元を引き受けてくれる知り合いもなかった少年は、借りていた部屋も追い出されて路地裏で生きていました。

 あたたかい季節は裏路地の隅っこで寝起きして、市場でちょっとした手伝いをはじめの頃はしていましたが、手伝いを断られるぐらい身なりが汚くなってからは、ゴミをあさって食いつないできました。
 でも、雪が降る季節になると路地裏での生活は難しくなります。

 同じように路地裏で暮らす子供たちに冬はどう過ごしていくのかを聞くと、教会や孤児院に逃げ込んでいると教えてくれました。
 けれど、寝ている間に子供が何人か消えることもあるうえに、いなくなった子供の行方を尋ねても「元からいなかった」と言い切られるのが常なので、それが怖いと教えてくれました。

 凍死するのと、存在を丸ごと消されるのと、どちらが怖い未来かわかりませんが、どちらも少年は選びたくありませんでした。
 だから少年は、同じような境遇で宿無しの綺麗なお姉さんたちがやっていたように、街角に立ってみることにしました。
 街角で立って一晩買ってくれる人が現れると、寝床とご飯がもらえると聞いています。
 買われた先で何をするのかはわかりませんが、寒さで凍え死ぬよりはきっとマシなことでしょう。

 ただ、立ちんぼをしているお姉さんたちは、少年の行動に困ったような顔をしていました。
「迷惑ですか?」と尋ねるとちょっとだけ頭をなでてくれて「あんたを買うようなクズがいたら金だけ先にもらって隙を見つけてお逃げ」などと心配そうにささやかれました。
 それを聞いてちょっとだけ、痛かったり苦しかったりするのは嫌だなぁと思って、コクコクとうなずきながら「わかった」と、何もわからないのに返事をしておきました。

 そのまま何時間も寒空の下、冬支度を急ぐ人たちが早足で行きかいガラガラと大きな音を立てて馬車が大通りを過ぎていくのを、じっと見ていました。
 奇麗なお姉さんたちは適当な相手を見つけて今夜のご主人様と腕を絡めて立ち去っていきましたが、少年には目を向けてくれる人もいませんでした。

 同じように街角に立つ子供も何人かいましたが、声をかけてもらえるのは女の子ばかりです。
 男の子だと目が合う人すらいないので、寒さに震えながら少年は途方にくれました。
 奇麗なお姉さんたちなら立っているだけで声をかけてもらえるし、ニッコリ笑えばそれで話は通じると言っていたのに、薄汚れた少年だと難しいようです。

 これからどうしよう? と悩みながらガタガタ震えていたら、突然、大きな馬車が目の前に留まりました。
 威勢よく中から扉が開いくと、中から女の子が出てきました。
 
 ふんわりと甘そうな桃色のほっぺに、真っ青な宝石みたいな瞳。豪華な黄金の髪の毛はクルクルと見事な縦ロールで、ふわふわとした毛皮のコートを着た幼女でした。
 5~6歳ぐらいでしょうが、その表情には自信と生命力が満ち溢れています。

「貴方。仕事をする気はあって? 名前は? 歳はいくつ?」
 矢継ぎ早に可愛らしい声が、似つかわしくない傲然さで問いかけてきました。
 他人に命令することになれているのでしょう。

「だんまりは許しませんことよ!」
 ぴしりと指を突き付けられると同時に、甘い香りが鼻先をくすぐります。
 それは母さんの好きだった花の香りでした。

「僕の名前はカイン。歳は9歳になりました。今夜の僕を買ってくれる人を探しています」

 帽子を脱いで胸の前に両手を重ね、ゆっくりと頭を下げました。
 変なおじさんや怖いおばさんではなくて、自分より幼い少女に声を掛けられるとは思ってもみませんでした。
 できるだけ丁寧に答えたつもりなのに、少女はプリプリと怒り出しました。

「このワタクシが仕事を与えますのよ? 今夜だけなんて、つまらない話にしないでちょうだい!」
 
 そうして、ふわふわした毛皮のついた手袋を右手から外し、小さな真っ白い手を少年に差し出しました。
 ガサガサの肌で爪もかけているカインとは違って、手入れのされた爪が艶々と健康そうに光るふっくらやわらかそうな肌をした手でした。

「貴方がワタクシの所で働く気があれば、この手を取りなさい。明日も明後日もその後もずっと何年先であっても、三食仕事付きで雇ってさしあげるわ」

 三食仕事付き。それは今のカインが一番欲しいモノでした。
 カインは手を伸ばしかけ、はっと気がついたように引いて、ゴシゴシと上着で手のひらをこすりました。
 きれいに洗ったつもりですがしょせんは噴水の水ですし、少女の手をそのまま取ると穢してしまうような気がしたのです。
 
「あの……お布団も、ありますか?」

 おずおずと問いかけると、ふふんと少女は満足そうに笑いました。
 ツンと顎を上げる仕草はふわふわの毛皮のコートを着ているせいで、高慢な子供というより高貴な猫のようでした。

「当たり前でしょう! このワタクシを誰だと思っているの?」
 答えて御覧なさいと期待に満ちた眼差しを向けられましたが、会ったばかりで氏素性もまったく知らないので困ります。
 それほど有名人なのでしょうか?

「お金持ちのお嬢様?」
 いっぱい考えた末に無難に返すと、お嬢様は腰に手を当ててふんぞり返りました。
 言いたくてたまらなかったらしく、ドヤァと書かれているような表情でした。

「聞いて驚きなさい、マッチョ売りの少女よ!」

「……は?」と首をかしげてしまったカインは、悪くないでしょう。
 確かに聞いて驚いたけれど、マッチ売りではなくマッチョ売りと聞こえました。
 いえ、家紋入りの馬車を転がして毛皮のコートをまとうマッチ売りが実在するなど、荒唐無稽でしょう。

「お嬢様、マッチョ売りではありません。御父上は隣国の爵位もお持ちですし、この国では新興になりますが、マッスルドラゴンはれっきとした人材派遣の商会ですよ」

 鋭い突っ込みとともに横から手が出て、こういうものです、と小さな名刺が差し出されました。
 簡単な文字しか読めないカインは、仰々しい名刺に目をぱちくりするばかりです。
 威圧する気はないのでしょうがグイと迫るように上から見下ろしてくるのは、執事服が窮屈そうに見える筋骨隆々の初老の男でした。

「失礼。今、お嬢様は童話と悪役令嬢の物語に魅せられているのです」

 やれやれと言いたげな動作はしていても、表情がそれを裏切っています。
 クルクルの縦ロールにこだわったり、おかしなことを言い出すところも可愛いお嬢様なんですよ~と、声に出さない本音がいかつい顔にデカデカと書いてありました。

「おだまり、セバスチャン!」

 そして少女は、カインをキッと睨みつけました。
 凍える寒さで震え始めた自分の右手を、見せつけるように差し出しました。

「さぁカイン! 今すぐ決めてちょうだい。貴方の人生をワタクシに売るの? 売らないの? 手が冷たくってよ!」

 答えは決まっています。
 カインはもう一度、上着で右手の手のひらをぬぐいました。
 こんな時にふさわしい礼儀作法など知らないので、物語の中の騎士のように格好よくできなくて残念だと思っていました。

「よろしくお願いします」
 カインは深く深く頭を下げ、お嬢様の小さな右手に、がさついた自分の手をそっと重ねたのでした。
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