「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

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両片想い(高校生)

ハッピーエンドをキミに贈ろう

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「待ってろ、あや! 今年こそ勝利をお前に捧げる!」
 学校に集合した時点で気合いがふり切れてる虎太郎に、私は笑おうとしたのだけれど頬がひきつってしまった。
 闘志が燃えるのは良いことだけど、燃えすぎるとヤラカシテしまうのが虎太郎だ。

「虎太郎、勝っても剣道の試合だっての忘れないでね」
 ぐふぅっと妙な声をあげて、虎太郎は肩を落とした。
「わかってる……ほんと、もうあんな真似はしない……」

 土砂降りの雨にぬれた子犬みたいにへこんでいる様子に、あらら~と私は苦笑してしまった。
 モチベーションを下げるのはよくないとわかってるけど、虎太郎には痛い前科があるから仕方ないのだ。

 わが校の剣道部は毎年のように、地区代表を争う強豪校の生徒と交流を兼ねた対抗戦を行っている。
 常連同士の練習試合は緊張感に満ち、ほぼ地区代表の対抗戦本番と難易度は変わらない。
 交流試合はお互いにいい刺激になるだろう。

 地区代表を選ぶ試合では、小柄で素早い虎太郎は一年生の頃から先鋒の座を勝ち取り、団体戦の代表として試合に出場していた。
 でも、そこでの勝ちは虎太郎の中では「チームのみんなで分かち合う勝利」で「私に捧げる勝利」ではないらしい。
 私にはその差が良くわからない。

 それでも、個人戦での優勝が、虎太郎が「捧げる勝利」になるらしい。
 別に、気にしなくてもいいのに。なんて、本人に言ったことがあるけど、無言のままギラギラした目に睨まれてちょっぴり怖かった。
 背筋が冷たくなったので、アレが闘志とか、殺気という奴かもしれない。
 私としては、地区大会どまりで日本一を目指すって言いださないでくれてよかったと思っている。

 個人戦の結果だけど。
 一年の時は最後の最後で惜しくも引き分け。
 相手は身体も技術も出来上がった三年生だったし、個人で地区代表になる常連さんだったので、一年生の虎太郎は健闘したのは確かだけれど残念ながら勝ちはとれなかった。

 二年だった昨年の優勝争いは、伝説となった。
 虎太郎にとっては不本意だろうけど、おそらくアレを超える伝説はなかなか生まれないと思う。

 試合相手は同じ歳の二年生。
 立ち姿の良いシュッと高身長の剣士姿の相手に、果敢に虎太郎は打ち込んでいった。
 素早い竹刀さばきと気迫は冴えていて、まばたきする一瞬も惜しい激しさだった。

 自分よりも身長の高い相手に華麗な面打ちを決めた瞬間。
「よっしゃー! 文! 見てたか!」
 勝ち鬨とガッツポーズを決めた虎太郎は、勝負に勝って試合に負けた。
 自爆と言うにはあまりにも見事な敗北だった。

 会場が騒然としたのは言うまでもない。
 剣道は勝ちを誇示した場合、問答無用で負け判定になるのだ。
 試合の流れだって内容だって、すべてが虎太郎に味方していたのに、なんでやねん。

 そう、私だって知っているのだ。
 小学生のころからずーっとずーっと剣道を続けていて、試合に何度も出場しているのに、ありえないポカであった。

 顧問の先生も言っていた。
 実際にガッツポーズをして敗者になり下がった愚か者を見たのは人生初だと。
 幸いというかなんというか、虎太郎がそういう人間だとわかっている友人ばかりなので、大爆笑で終わった。
 本人は不本意そうだったけど、私はひそかにホッとしている。
 この敗北で友達や先輩に責められたりして、剣道をやめなくて良かった。
 だって今の虎太郎は、剣道が大好きだから。

 実のところ、虎太郎が勝ちにこだわっているのは私が原因だったりする。

 アレは、小学二年生の時だ。
 私は文の名前そのままに、本と友達だった。
 人間の友達とか、集団行動とか、そんなことよりも本の世界の中で出会う人間たちに夢中だったし、不意に訪れる作者と目の合った脳の奥まで冴える感覚が好きだった。
 もちろん、学校にはちゃんと通っていたし、休み時間はそれなりに友達とも付き合っていた。運のいい事に本好きの友達もできたので、先生に目に付けられるような悪目立ちのボッチになることもなかった。
 だけど、放課後や休日は本の世界に隙あれば旅立っていた。

「いいなぁ~騎士様」
 物語の騎士はお姫様を護って数多の冒険を繰り返す。
 凶事に立ち向かうときも、国や民を護るときも、忠誠と正義と敬愛。
 ストイックなまでの騎士道を貫き、剣を取る姿に胸を躍らせていた。
 ちなみに小学生のわたしたちがときめいていたのは、児童書の中でキラキラと美しく描かれた騎士が胸に抱いているのは肉体の愛ではなく心の愛で、いわゆるロマン騎士道である。歴史の中にある生々しい騎士道とはちょびっと違うのはありがちな罠である。

「自分のために剣を持って戦ってくれる人ってかっこいいよね」
 それは本好きの友達との、放課後の他愛のない会話だった。
 うんうん! なんて非常に盛り上がった。
 そのとき読んでいたのは児童向けのアーサー王伝説である。
 かっこいいよね、エクスカリバー!

 ちなみに中学卒業前に分厚いズッシリくる翻訳本を読んで、不倫と裏切りと肉親との骨肉の争いと、破滅へのどす黒いエピソードのオンパレードに、騎士道が行方不明すぎて憧れた児童文学の翻訳者を恨みそうになったのはココだけの話だ。
 確かに、小学生に不倫の連続や骨肉の争いは見せたくなかったんだろうけど、さすがにはしょりすぎだと思うの。

 今なら子供だった自分に突っ込める。
 お前の読んだ騎士物語のほとんどは児童書だからこそ生々しくエグイ部分はノータッチで描き出されていたのだ、信じる者を間違えるなと。

 それは余談だけど、アーサー王が岩から剣を抜くシーンはかっこよくて、女子の心もわしづかみだったので、非常に盛り上がった。
 きっと、本を胸に抱いてキャァキャァとはしゃぐ私と友達は、はたから見たら痛い奴だっただろう。
 だけど、興味津々で尋ねてきたのが同級生の虎太郎だった。

「そんなにかっこいいのか?」
「もちろん!」

 喰いついてきた虎太郎に、アーサー王だけでなく他の物語の騎士様のかっこいいベストシーンも次から次へと上げていき、こんなにすごいんだよ~って熱く語ったら、変なスイッチを押してしまったらしい。

「わかった。俺、騎士になる!」

 まるで海賊王になる宣言をしたヒーローみたいに熱く叫んで、虎太郎は騎士になるために何をするべきか考えだした。
 私たちもあーだこーだとない知恵を出したけど、ここには王様もお城もお姫様もいない。
 結論として、騎士は剣を持ってるし、剣をまず持てばいいじゃね? と良くわからないところに落ち着いた。
 それはもちろん、その場のノリで楽しければいいという、無責任な子供の戯言の範疇の言葉でもあった。
 そのはずだったのに、当の虎太郎はそうは思わなかったらしい。

 次の日、私と友達の姿を見つけるなり走り寄ってきて、ビックリするほど大きな声で叫んだ。
「やべーよ! ここ日本だから剣道しかなかった!」
 そう、日本は刀と侍の国である。剣道の道場は存在するし、公民館でも剣道講座はあるけれど、騎士道講座はない。
「大人にならないと、外国まで行って騎士になる方法を見つけるのは難しそうだ」
 当たり前といえば当たり前なんだけどがっかりしてる様子の虎太郎に、私もつられてしょんぼりした。

「そっかーそれは残念だねぇ」
 どうやら本物の騎士様に会える日はこないらしい。
 実際のところそういう問題ではないのだが、小学生だった私たちはよくわかっていなかった。
 しょんぼりした私にちょっと焦った顔をして、すぐさま虎太郎は自分の胸を拳でドンと叩いた。

「よし! 考えても仕方ねーし、騎士も侍も剣を持っててかっこいいのは同じってことで、とりあえず目の前にある剣道でいいや。それでお前に、勝利をプレゼントしてやる!」

 それで我慢しろと言われて、私はお口ポカーンだったけど、虎太郎があまりにも真剣な目をしていたから「わかった」とうなずいた。
 たしかに騎士様は敬愛するお姫様に勝利を捧げていた気がするけれど、プレゼントとは違うんじゃないかな~とは思いつつ、まぁいっかと流しておいた。

 いいのか? なんて野暮なことは言わない。
 騎士も侍も同じくくりにする大ざっぱさなら、勝利も立派なプレゼントでいいのだ。
 だって、この時の虎太郎は一生懸命でキラキラした瞳で夢を語っていて、そのキラキラは全部が私のためだと思うと、騎士様の見習いにそっくりに見えたのだ。

「虎太郎が勝ったら、私がお姫様の代わりに祝福してあげる」
「よし、絶対だぞ! まかせとけ!」

 快活に笑う虎太郎がずいぶんとかっこよく見えたのも懐かしい。
 祝福を約束したけれど、勝利の花冠やご褒美の宝石なんかは無理だから、手作りの金メダルとクッキーぐらいならお返しにプレゼントできるとその時のわたしは思っていた。

 それから、虎太郎は頑張った。
 小柄で身長が伸び悩み、筋肉もつきにくい体質らしく、体力は上がって瞬発力や持続力が伸びても、撃ち合いになると力負けすることが多かった。
 いまでこそ身長が平均より少し低いぐらいにまで育ったけれど、中学生を卒業するまでは同級生の男の子より頭一つ分は小さかった。
 筋トレして、食事にも気を配って、練習も欠かさずに、頑張って頑張って、あと少しで競り負けて。悔し泣きもせず歯を食いしばる背中に、見守る私の胸も痛かった。
 プレゼントのために用意していたメダルは「残念で賞」に代わり、クッキーはお見舞いの品となるのが常だった。
 虎太郎が成長しても、それ以上に試合相手の肉体が成長していて、いいところまでいっても引き分けどまりで、なかなか勝てなかった。

 それでも、虎太郎は折れなかった。
 無心に竹刀をふり、勝利をつかむための何かを模索する姿は、声に出さないけれど確かにカッコよかった。

「なんか、わかってきた気がする」
 虎太郎がそう言ったのは高校に入学してすぐだ。
 そして、虎太郎の快進撃が始まった。

 きっと、急速に身長が伸びたり、身体付きが変わったり、成長期が追い風になっていたのだとも思う。
 だけど今までの努力が報われて、剣士として花開いていく華麗な剣さばきは、虎太郎が積み上げてきた経験の賜物に他ならなかった。
 まぁ、勝利が確定したと思われた去年、伝説となったのは記憶に色濃く残っているけれど。
 今年の虎太郎はそんなミスはしない。絶対に。

「文、今度はちゃんと勝つ」
「うん、わかった」

 他の部員と合流する前に、虎太郎は力強く笑った。
 武道館の応援席で見守ってるねと言うと、ああ、とうなずいた。
 真剣な様子がいつものやんちゃ坊主みたいな愛嬌を打ち消して、引き締まった大人の顔に見えて心臓がドクンと強く跳ねた。
 笑って「ちゃんと見てろよ」と残して歩き去る虎太郎の背中に、勝ってね、と声に出さず心の中でつぶやいた。

 本当は、勝っても負けてもいい。
 だって、虎太郎は物語の騎士様よりもかっこいいもの。

 かっこいいから同じ学校の生徒だけでなく、他校の生徒にも自分が人気があることを、虎太郎は知らないだろう。
 側に居るけれどただの友人で恋人でもなんでもない私には、ヤキモチを焼く資格すらないけれど、友達ポジションから一寸も動けなかったかなしさしかないけど。
 告白とか恋愛とかデートとか、そういった甘いものはただの高校生のものだ。
 本気で騎士になりたがってる虎太郎を、ただの高校生にしてしまう勇気は私にはなかった。

 だから、好きって、言いたいけど、言えない。
 残念ながら、私はお姫様みたいにきれいでも可愛くもないけれど、ずっとずっと応援してるからね。

 なんてことを思っていました。
 試合が終わるその時までは。

「文、勝ったぞ」
 試合後に満面の笑みで合流した虎太郎は、ご機嫌だった。
「やっとだな! いや~長かった! 騎士さま目指すのも楽じゃないな」

 うん、本当は騎士様と剣道ってなんの関係もないけどね。
 それでも今まで頑張り続けてきた虎太郎の努力は本物だ。

「あきらめてなかったの?」
「あきらめるわけねーだろ、お姫様のキスをもらうまでは!」
「え? 待って待って、どういうこと?」
「え? じゃ、ねーだろ。忘れたなんて言わせねーぞ」

 俺のお姫様は文だけだしな、なんて笑うから、私は頭が真っ白になった。
 お姫様とかキスとか、いきなり何を言いだすんだろう?

「俺は勝利を文に捧げる。文は騎士に祝福の口づけを贈る。物語のハッピーエンドにピッタリの約束だからな」

 小学生の時からずっと、文の夢を叶えたかったって虎太郎は朗らかに笑う。
 正面から祝福のキスを虎太郎にねだられて、こんなハッピーエンドは想像もしていなかったよ、と私は返事も返せず真っ赤になってしまうのだけど。

 手に汗握り試合を見つめている時の私は、そんな未来が来ることを知らなかった。

【 おわり 】
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