14 / 80
片想い(高校生)
指先の花びら
しおりを挟む
学校が終わった。
今日は授業もやたら長く感じてしまい、終わると同時に急いで荷物をまとめた。
必死で自転車をこいで自宅に帰り、着替えようとして私はハッと気がつく。
息を切らせるほど急いだせいか、汗をかいてしまった。
ああ~もう!
ぼやきながらもお風呂に入ってしまうと、急いで帰った意味がない。
だから、夏の残りのデオドラントウォーターを探しだす。
スプレーのあのシューっと吹きつける感じが嫌いで、私はもっぱらウォーター派なのだ。
デオドラント用のシートは携帯に便利だけど、気がつくとカラカラに乾いていたりするから、カバンに時々忍ばせるぐらいにしている。
腕のあたりを臭って甘すぎないフローラル系がほのかに香るのを確かめ、淡いグリーンのブラウスとガーリースカートを身につけた。
姿見の鏡を確かめて、うん、とうなずく。
制服より、ちょっとは大人びて見えるはず。
髪をまとめたシュシュの位置も確かめる。
学生かばんから取り出した、出来上がったばかりのチケットを握りしめる。
よし!
気合を入れて、お隣に急いだ。
インターフォンを押すと、ピンポンと軽い電子音が響く。
ハイ、と少し余所行きな感じの後で、真理奈? と不思議そうな声。
良かった、拓兄だ。
五歳年上の、大学生。
呼び出さなくても、すぐに会えるなんてラッキー。
待ってろ、と台詞が続いて、インターフォン越しの会話はなかった。
ドキドキして待っていたら、玄関が開いた。
「どうした?」
いつもの優しげな声に、私は手にしていたチケットを差し出した。
「今度の土曜日、学園祭なの。私、主役だから」
ふぅん、と拓兄は気のない様子だったけど、私がチケットを突きつけたままだから仕方なくといった感じで受け取ってくれた。
「で、何やるの?」
「源氏物語」
は? と拓兄は目を見開いた。
「お前、主役って?」
手にしたチケットをじっくりと見つめて私の役柄を確かめると、拓兄はブッと遠慮なく吹き出した。
「おお、光源氏か! 麗しの君よ、さすが俺の弟」
そして、私の頭をポンポンと軽く叩く。
育ったもんな、と一六八センチある身長を褒めるともけなすとも判断できない調子で、うんうんと確かめている。
おもしれ~とゲラゲラ笑うので、私は口をとがらせた。
「もう! 美形の男子がクラスにいなかったの!」
「そこまで言うか!」
アハハッと笑うので、もう知らない、と私はふてくされた。
不本意ながら美男子役だけれど、そんなお笑いに変えるために、チケットを渡すんじゃないのに。
いつまでたっても、私は拓兄の弟扱い。
そりゃ、身長はちょっと高めだし、子供の頃は一緒にチャンバラや、木登りをした仲だけど。
今ではれっきとした女子高生なんだからね。
弟はあんまりだと思う。
声に出して苦情を言えないのが弱いところだ。
私が涙目になったのが、わかったのだろう。
「まあ、可愛い妹のお願いだから、行ってやるよ。あと何枚か土曜までにもってこい、な? 友達も誘ってみるから。女子高生の鑑賞だって言えば、来るやつがいるはずだし」
言い聞かせるような口調でその言葉は優しかったけれど、拓兄はこらえきれないように「そうか、光源氏か」と笑いをかみ殺す。
ヨシヨシと頭をなでられて、私はさらにガックリした。
弟はあんまりだけど。
妹はもっと嫌。
私はずっと、拓兄のことをお兄ちゃんだなんて思ってないのに。
頭の中では、たくさん反論したけど。
「拓兄の頼みだもん。チケット、委員長にたくさんもらってくるね」
つい、いい妹の返事をしてしまう。
私はまた、弟でも妹でもないんだよって言い損ねた。
いつになったら、一人の女の子に見てもらえるんだろう?
せっかく可愛い服を着ても、少しもわかってくれないし。
ため息をついて、またねと言って帰りかけた時。
不意に、拓兄が私の左手を取った。
ドキリとする。
しっかりとした大きな手は、暖かくてサラリと乾いていた。
ジンジンと体温がゆっくり染み込んでくるようで、私は拓兄の顔を見る。
拓兄は、私の指先をジッと見ていた。
「花弁がついてる」
そのまま軽く私の左手の指先を香るから、ひどく驚いた。
驚きすぎて、カチカチに身体が固まってしまう。
指先に、フワリと吐息がかかる。
息もできないぐらい緊張していたら。
「コラ、校則違反だ」
空いている手で、いきなりデコピンされた。
イタッとおでこを押さえる私の前で、拓兄はニッと笑った。
「真理奈も、指先だけは女の匂いだな」
固まっている私の頭をポンと軽く叩いて、拓兄はそのまま家の中に入ってしまった。
私はしばらく立ちつくしていた。
だけど、拓兄はとっくに扉の奥に消えてしまっていて、仕方ないからフラフラと自宅に向かう。
自分の左手を見つめた。
花弁がついているみたいって、コレ?
綺麗にネイルを塗った爪が、淡い桜色。
昨日の放課後、友達がネイルの勉強をしているのでお願いされて、練習台になった。
女の匂いって。
初めて、拓兄にそんなこと言われた。
指先だけって強調されたけど、女って。
どうしよう?
嬉しくて、苦しい。
弟でも、妹でも、お隣さんでもなくて。
指先の花びら。
服とか髪形に気を取られて、私自身はすっかり忘れていたから。
こんな小さな変化に気がついてくれたのが、こんなに嬉しいなんて。
心臓がドキドキして、胸が苦しい。
期待しちゃいけないって、わかっているけど。
それでも私は、拓兄だけの花になりたい。
【 おわり 】
今日は授業もやたら長く感じてしまい、終わると同時に急いで荷物をまとめた。
必死で自転車をこいで自宅に帰り、着替えようとして私はハッと気がつく。
息を切らせるほど急いだせいか、汗をかいてしまった。
ああ~もう!
ぼやきながらもお風呂に入ってしまうと、急いで帰った意味がない。
だから、夏の残りのデオドラントウォーターを探しだす。
スプレーのあのシューっと吹きつける感じが嫌いで、私はもっぱらウォーター派なのだ。
デオドラント用のシートは携帯に便利だけど、気がつくとカラカラに乾いていたりするから、カバンに時々忍ばせるぐらいにしている。
腕のあたりを臭って甘すぎないフローラル系がほのかに香るのを確かめ、淡いグリーンのブラウスとガーリースカートを身につけた。
姿見の鏡を確かめて、うん、とうなずく。
制服より、ちょっとは大人びて見えるはず。
髪をまとめたシュシュの位置も確かめる。
学生かばんから取り出した、出来上がったばかりのチケットを握りしめる。
よし!
気合を入れて、お隣に急いだ。
インターフォンを押すと、ピンポンと軽い電子音が響く。
ハイ、と少し余所行きな感じの後で、真理奈? と不思議そうな声。
良かった、拓兄だ。
五歳年上の、大学生。
呼び出さなくても、すぐに会えるなんてラッキー。
待ってろ、と台詞が続いて、インターフォン越しの会話はなかった。
ドキドキして待っていたら、玄関が開いた。
「どうした?」
いつもの優しげな声に、私は手にしていたチケットを差し出した。
「今度の土曜日、学園祭なの。私、主役だから」
ふぅん、と拓兄は気のない様子だったけど、私がチケットを突きつけたままだから仕方なくといった感じで受け取ってくれた。
「で、何やるの?」
「源氏物語」
は? と拓兄は目を見開いた。
「お前、主役って?」
手にしたチケットをじっくりと見つめて私の役柄を確かめると、拓兄はブッと遠慮なく吹き出した。
「おお、光源氏か! 麗しの君よ、さすが俺の弟」
そして、私の頭をポンポンと軽く叩く。
育ったもんな、と一六八センチある身長を褒めるともけなすとも判断できない調子で、うんうんと確かめている。
おもしれ~とゲラゲラ笑うので、私は口をとがらせた。
「もう! 美形の男子がクラスにいなかったの!」
「そこまで言うか!」
アハハッと笑うので、もう知らない、と私はふてくされた。
不本意ながら美男子役だけれど、そんなお笑いに変えるために、チケットを渡すんじゃないのに。
いつまでたっても、私は拓兄の弟扱い。
そりゃ、身長はちょっと高めだし、子供の頃は一緒にチャンバラや、木登りをした仲だけど。
今ではれっきとした女子高生なんだからね。
弟はあんまりだと思う。
声に出して苦情を言えないのが弱いところだ。
私が涙目になったのが、わかったのだろう。
「まあ、可愛い妹のお願いだから、行ってやるよ。あと何枚か土曜までにもってこい、な? 友達も誘ってみるから。女子高生の鑑賞だって言えば、来るやつがいるはずだし」
言い聞かせるような口調でその言葉は優しかったけれど、拓兄はこらえきれないように「そうか、光源氏か」と笑いをかみ殺す。
ヨシヨシと頭をなでられて、私はさらにガックリした。
弟はあんまりだけど。
妹はもっと嫌。
私はずっと、拓兄のことをお兄ちゃんだなんて思ってないのに。
頭の中では、たくさん反論したけど。
「拓兄の頼みだもん。チケット、委員長にたくさんもらってくるね」
つい、いい妹の返事をしてしまう。
私はまた、弟でも妹でもないんだよって言い損ねた。
いつになったら、一人の女の子に見てもらえるんだろう?
せっかく可愛い服を着ても、少しもわかってくれないし。
ため息をついて、またねと言って帰りかけた時。
不意に、拓兄が私の左手を取った。
ドキリとする。
しっかりとした大きな手は、暖かくてサラリと乾いていた。
ジンジンと体温がゆっくり染み込んでくるようで、私は拓兄の顔を見る。
拓兄は、私の指先をジッと見ていた。
「花弁がついてる」
そのまま軽く私の左手の指先を香るから、ひどく驚いた。
驚きすぎて、カチカチに身体が固まってしまう。
指先に、フワリと吐息がかかる。
息もできないぐらい緊張していたら。
「コラ、校則違反だ」
空いている手で、いきなりデコピンされた。
イタッとおでこを押さえる私の前で、拓兄はニッと笑った。
「真理奈も、指先だけは女の匂いだな」
固まっている私の頭をポンと軽く叩いて、拓兄はそのまま家の中に入ってしまった。
私はしばらく立ちつくしていた。
だけど、拓兄はとっくに扉の奥に消えてしまっていて、仕方ないからフラフラと自宅に向かう。
自分の左手を見つめた。
花弁がついているみたいって、コレ?
綺麗にネイルを塗った爪が、淡い桜色。
昨日の放課後、友達がネイルの勉強をしているのでお願いされて、練習台になった。
女の匂いって。
初めて、拓兄にそんなこと言われた。
指先だけって強調されたけど、女って。
どうしよう?
嬉しくて、苦しい。
弟でも、妹でも、お隣さんでもなくて。
指先の花びら。
服とか髪形に気を取られて、私自身はすっかり忘れていたから。
こんな小さな変化に気がついてくれたのが、こんなに嬉しいなんて。
心臓がドキドキして、胸が苦しい。
期待しちゃいけないって、わかっているけど。
それでも私は、拓兄だけの花になりたい。
【 おわり 】
0
あなたにおすすめの小説
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる