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告白(高校生)
私の愛はニセモノらしい……でも好き!
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*1*
真っ青な空に、磯の香り。
何度来ても新鮮な表情を見せる海辺の町は、不思議と肌になじんで懐かしい空気をしている。
ここは私にとって、第二の故郷だ。
私は、おばあちゃんが住んでいる家をめざす。
お盆やお彼岸やお正月といった季節の行事には、母の実家に泊りがけで来ていたので、通いなれた道だ。
目的地は、電車から降りて20分ほど歩いた高台にあって、上っている途中で航太にあった。
6歳年上の航太は、両親が経営する食堂兼民宿を手伝っている。
会うたびに日に焼けてがっちりしてきて、マッスルミュージカルの体形に近づいている。
「ひさしぶり、元気にしてた? 昔、助けてもらったクラゲですよ」
「あのな、海月(みづき)。つまんねー冗談は、いい加減にやめろ」
声をかけるよりも先に目が合ったときは、うれしそうに見えるのに。
定番になった挨拶をすると仏頂面になるので、その落差がいつも面白い。
味付けも何もしていないゴーヤを丸ごと突っ込まれたような顔をするので、えへへ、と駆け寄って笑いながら航太を見上げた。
久しぶりに見ても、相変わらず、かっこいい。
苦虫を嚙み潰したような顔をしてても、好き。
「ひさしぶりってのと、昔、助けてもらったのは本当だよ?」
「タチがわりぃんだよ、いろいろと」
不満げにフイッと目をそらしたけれど、航太は私の荷物を持ってくれた。
無口な航太は祖母の家に向かって歩く間、うん、とか、ああ、とかそんな返事しかしてくれないけれど、私は私の近況をペラペラと話し続ける。
短大で勉強中だからここで卒業するとか、もうすぐ栄養士の資格を取れそうだとか、街で流行ってるスイーツの作り方を研究しているとか、言葉にするのはそういう事。
だけど内心では、真新しい夏のワンピースを着た私に見惚れてくれないかな、とか、夏らしいショートヘアにしたけど、航太は長い髪と短い髪のどっちが好きかな、とか。
子供の時はこういう時、荷物を持ってない方の腕に飛びついたけど、今は難しいなぁなんてことばかりだった。
浮かれている私と違って、航太はクールガイのままで、祖母の家についたら荷物をポイっとばかりに置いて仕事へと戻ってしまった。
別れ際、晩御飯を食べに行くね、というと、わかった、と返事はしてくれたけど、どこか不機嫌そうだったので気持ちがしぼむ。
航太の不機嫌の理由は、たぶん、私の定番のあいさつ。
ここ数年、助けられたクラゲ・ネタを使うと、仏頂面が二日は消えない。
嫌がられる理由はわからないけど、もうやめたほうが良いのかもしれない。
航太と出会った出来事のネタをやめるのは、それはそれで悲しいけど。
好きが伝わらないのは、もっと悲しい。
「助けてもらった相手が、恩返しに来るのって昔話の定番なのになぁ」
定番どころか、嫁にまでなるのが常套である。
このネタは、渾身の嫁になりたいアピールなのに、返ってくるのは仏頂面だけ。
恩返しはいらないとか、嘘くさいとか、私の愛情をニセモノ扱いしてくる。
やっぱり、歳の差が6歳あるから、子供の冗談としか受け取ってもらえないのだろうか。
私自身、年上のお兄さんにあこがれる一過性のハシカみたいな気持ちかもしれないと、迷ったこともあるから、それが悪いとは言えないけれど。
二十歳を過ぎた私は、もう、子供じゃない。
「航太のバカ、でも好き」
夏休みも、冬休みも、春休みも、航太に会いに、祖母の家に来ているのに。
気持ちって想像以上に伝わらないものだ。
足元の小石を、コツンと蹴った。
*2*
助けられたクラゲ事件が起こったのは、私が小学一年生の時だ。
自由研究に、海ごみ調査をしようと意気込んだのである。
幼稚園までは親と一緒でないと砂浜までは行かない約束だったし、親とくっついている子供なんて遠目に観察されるだけで、その頃は仲の良い浜っ子もいなかった。
その日の私は、砂浜なら行っていいと言われて浮かれていたと思う。
一応、ライフジャケットを羽織ったけれど、海には入らないと約束させられた。
だけど、大きなゴミ袋をぶら下げて目についたゴミを集めているうちに、注意されたことなんて忘れてしまう。
海の中にもチラチラと気になる色が、落ちていたり浮いていたりするのが目についたのだ。
それはゴミだったり、貝殻だったり、海藻だったり。
浜に打ち上げられているものよりも、海水の中ではユラユラと綺麗に揺れて見えるのも珍しかった。
波打ち際までならいいよね、が、足首までならいいかな? になり。
そのうち、膝までなら大丈夫かも……に変わって、ふと気が付くと腰位の深さのところまで来ていた。
その時に初めて、海には入らないという約束を思い出した。
海に入ったことがバレて怒られてしまう。
ザブザブと砂浜へ戻ろうとしたのに、波に足を取られた。
グンッと身体が沖に向かってそのまま流される。
アッと思った時にはつま先も海底に届かない場所まで来ていて、砂浜に戻ろうと手足をばたつかせても遠ざかるばかりだった。
今ならそれは離岸流だとわかるけれど、子供だった私は海のお化けが波の形になって襲ってきたようにしか思えなかった。
ライフジャケットのおかげで沈まなかったけれど、怖くて、さらう海流も冷たくて。
ギャーッと叫んだのは覚えていない。
でも、陸から近づいてくる水しぶきの音に気が付いて、本格的にパニックになった。
人間とは思えないスピードで、黒いものがグングンと近づいてくるものだから、本気でここで死ぬのだと思った。
だって、黒い弾丸のようだったのだ。
もしくはパニック映画のサメである。
怖い、怪物まで来た。
あばばばばば……とジタバタしている私のライフジャケットの襟首を後ろから、グイっと掴まれたのはその直後である。
「暴れんなよ、力を抜いて浮いてろ」
その声で、ものすごい勢いで近づいてきたそれが、人間だとようやく理解した。
気が付くと身体にロープを巻かれていた。
それでも、人の皮をかぶった海のお化けとしか思えなくて、ビビって指示通り背泳ぎ姿勢で浮かび続けた。
そう、私の名前は海月である。
クラゲになりきることぐらい、出来る子なのである。
その人はロープを持ったまま陸と平行に泳いで、沖へと流れる変な潮流のない所で待っていたボートへと私を引き上げてくれた。
あとから知ったけれど、海のお化けは航太だった。
こうして、私は助かったのである。
あとから聞いたのだけれど、泳ぎに来た中学生たちが、沖に流される私に気が付いて、救助してくれたそうだ
大人を呼びにいったり、ボートを用意したり、中学生のお兄さんたちは大活躍だった。
担任になった先生が夏に入る前、離岸流について授業をしていたらしい。
後日、親と一緒にお礼を言いに行った時。
最後の民宿で優しそうなお母さんが「怖かったねぇ」と慰めてくれた。
「離岸流は大人でも怖いからね」
「それよりお兄さんが怖かったです。パニック映画のサメかと思いました」
航太には「は?」とすごまれたけど、よけいなことを言った私のおかげでみんな笑い出し、親同士も友達付き合いが始まった。
海に流されたバカな子なので、ちょっぴり有名人になった私は、気にかけてくれる同年代の友達もできた。
海辺の友達の中でも、航太は特別だった。
年上のお兄さんはそれだけでかっこよく見えるし、ぶっきらぼうな態度をしていても航太は優しい。
まぁ、高校生ぐらいの時にはウザがられたけれど、無敵の小学生だった私は航太に全力で突撃した。
中学・高校・短大と順調に恋の階段を上っていく私の好きを、航太は受け取ってくれない。
塩対応ではないし、優しくはあるし、気にかけてくれるのに、やっぱり最終的には不機嫌なしょっぱさで終わる。
助けてもらった人に、恋をしてるなんて、本人に伝えたのが悪いのだろうか。
冗談はよせ、と、タチが悪い、のツーセットを、好き好きアピールと同じ年数、お返事としてもらっている。
七歳から先月二十歳になるまで、恋をしているアピールをしているのだから、この恋をニセモノ扱いされるのは悲しい。
あぁ、本当に恋って難しい。
でも好き。
*3*
「海月。来月、航太君、お見合いするって」
「ぶぉぇ?! ふぁんでふってぇぇ?!」
海辺の町に来てから一週間ほどたった時。
夕食時におばあちゃんがとんでもないことを言い出すものだから、お味噌汁を噴き出してしまった。
飲み込むことと、おしゃべりすることは、同時にできなかったので、大惨事である。
慌てて布巾でふきながらも、それどころではない。
「そんな……私がいるのに」
鼻の奥がツンとして、食欲が一気になくなってしまった。
みるみる視界がにじんでくるから、必死で心を落ち着けようとする。
だけど、上手く平常心を保てなかった。
メソメソし始めた私に、アラアラとおばあちゃんは笑った。
「あなた、冗談ばっかり言ってたけど、本気だったの?」
「冗談なんて言った事ない」
おばぁちゃんまで、私の本気を冗談だと思ってたんだ。
そのことがショックで、涙腺が決壊してしまった。
いつだって、私の心はストレートだ。
勝手に流れる涙の滝に、おばあちゃんは苦笑した。
「本気なら、あんなこと言わなきゃいいのに」
「あんなこと?」
「昔、助けてもらったクラゲですよ」
またか。航太が不機嫌になるセリフなのは知ってるけど、どうして?
鶴だって蛇だって鬼だって、お嫁さんになるのに。
「なんで? 助けてもらったら、お嫁さんじゃん」
「お嫁になったその後は?」
「その後……?」
困った子ねぇと言いたげなおばあちゃんに、私は記憶をたどる。
助けてもらった後の異類婚姻譚って、どうだっけ?
改めて記憶を探って、スゥッと背中から冷えてくる。
基本的に、悲劇であった。
人間の夫と子供を残して消えたり、報われないままこの世を去る。
生き別れ、死に別れ、等々。
理由は様々であれど、殺伐とした別離の道が用意されていた。
航太が、本気にしてくれなくても、当然だ。
助けてもらったクラゲですって、めでたしめでたしと油断させた後で、ポイする宣言と同じだったのだ。
知らないうちに、私は航太を傷つけていた。
冗談はよせ、と、タチが悪い、の意味がようやく分かった。
意味が分かると、私って、最低な人間の気がする。
反省はしている。
だけど、反省して、泣きぬれて、何も言わずに諦めるのは嫌だ。
グイッと手の甲で、こぼれてきた涙をぬぐった。
おばあちゃんに差し出されたティッシュで、ついでに鼻もかんで立ち上がった。
「おばぁちゃん、ちょっと、航太の所に行ってくる」
ベソベソしながら家を出て、歩いているうちにちょっと落ち着いた。
お食事処もやっている航太の家は、夕食時ということもあってにぎわっていた。
お客も知っている家族連れが多くて、それぞれのテーブルの間を航太は忙しそうに立ち回っていた。
「航太、誰とも結婚しないで」
扉を開けて目が合ったとたん、衝動的に言ってしまった。
航太は目を見開いて「は?」と驚いている。
「なに、突然。つーか、なに泣いてんの?」
「来月、お見合いするって、おばぁちゃんが……」
言葉にすると、再び涙が決壊した。
ザーザーと気前よく流れる涙に、あきれたように航太はタオルを渡してくれた。
「それ、街に出て会社員やってる一番上のアニキの話」
そうなんだ! と一瞬喜んでしまったけれど、納得してはいけない。
お兄さんの見合いが終わったら、航太の番が来る。
絶対にダメ。私以外の人との見合いは阻止する。
「鈴原海月、二十歳です。栄養士と管理栄養士の免許はちゃんと取ります。調理師免許が必要ならがんばるから……学校を卒業したら、雇って。そのままお嫁さんにして」
「サラッととんでもねーこと言ってるぞ、てめぇ」
釣り書きがわりに自己紹介して、今度は誤解されないように伝えてみたら、あきれられた。
定番のクール・モードに入った航太と違い、馴染みのおじさんおばさんたちは一気に盛り上がる。
乾杯の嵐が巻き起こって、厨房の方から「就職でもお嫁さんでも、どっちでもいいわよー」と明るい声が響いてきた。
航太は困ったような顔をしていたけれど、ポンポンとあたしの頭を軽く叩く。
それは仕方ないなぁという体を装っていたけれど、かまわないよと伝えてくるようだった。
周囲がものすごく盛り上がってるので、その場の雰囲気のどさくさのようにギュッと抱き着いてみたら、片手で抱きかえされた。
こんなに近づいたのは初めてだ。
「航太、好き」
「知ってる」
少しかすれた返事は、甘さを含んでいる。
驚いて見上げると、少し照れた航太の顔があった。
おわり
真っ青な空に、磯の香り。
何度来ても新鮮な表情を見せる海辺の町は、不思議と肌になじんで懐かしい空気をしている。
ここは私にとって、第二の故郷だ。
私は、おばあちゃんが住んでいる家をめざす。
お盆やお彼岸やお正月といった季節の行事には、母の実家に泊りがけで来ていたので、通いなれた道だ。
目的地は、電車から降りて20分ほど歩いた高台にあって、上っている途中で航太にあった。
6歳年上の航太は、両親が経営する食堂兼民宿を手伝っている。
会うたびに日に焼けてがっちりしてきて、マッスルミュージカルの体形に近づいている。
「ひさしぶり、元気にしてた? 昔、助けてもらったクラゲですよ」
「あのな、海月(みづき)。つまんねー冗談は、いい加減にやめろ」
声をかけるよりも先に目が合ったときは、うれしそうに見えるのに。
定番になった挨拶をすると仏頂面になるので、その落差がいつも面白い。
味付けも何もしていないゴーヤを丸ごと突っ込まれたような顔をするので、えへへ、と駆け寄って笑いながら航太を見上げた。
久しぶりに見ても、相変わらず、かっこいい。
苦虫を嚙み潰したような顔をしてても、好き。
「ひさしぶりってのと、昔、助けてもらったのは本当だよ?」
「タチがわりぃんだよ、いろいろと」
不満げにフイッと目をそらしたけれど、航太は私の荷物を持ってくれた。
無口な航太は祖母の家に向かって歩く間、うん、とか、ああ、とかそんな返事しかしてくれないけれど、私は私の近況をペラペラと話し続ける。
短大で勉強中だからここで卒業するとか、もうすぐ栄養士の資格を取れそうだとか、街で流行ってるスイーツの作り方を研究しているとか、言葉にするのはそういう事。
だけど内心では、真新しい夏のワンピースを着た私に見惚れてくれないかな、とか、夏らしいショートヘアにしたけど、航太は長い髪と短い髪のどっちが好きかな、とか。
子供の時はこういう時、荷物を持ってない方の腕に飛びついたけど、今は難しいなぁなんてことばかりだった。
浮かれている私と違って、航太はクールガイのままで、祖母の家についたら荷物をポイっとばかりに置いて仕事へと戻ってしまった。
別れ際、晩御飯を食べに行くね、というと、わかった、と返事はしてくれたけど、どこか不機嫌そうだったので気持ちがしぼむ。
航太の不機嫌の理由は、たぶん、私の定番のあいさつ。
ここ数年、助けられたクラゲ・ネタを使うと、仏頂面が二日は消えない。
嫌がられる理由はわからないけど、もうやめたほうが良いのかもしれない。
航太と出会った出来事のネタをやめるのは、それはそれで悲しいけど。
好きが伝わらないのは、もっと悲しい。
「助けてもらった相手が、恩返しに来るのって昔話の定番なのになぁ」
定番どころか、嫁にまでなるのが常套である。
このネタは、渾身の嫁になりたいアピールなのに、返ってくるのは仏頂面だけ。
恩返しはいらないとか、嘘くさいとか、私の愛情をニセモノ扱いしてくる。
やっぱり、歳の差が6歳あるから、子供の冗談としか受け取ってもらえないのだろうか。
私自身、年上のお兄さんにあこがれる一過性のハシカみたいな気持ちかもしれないと、迷ったこともあるから、それが悪いとは言えないけれど。
二十歳を過ぎた私は、もう、子供じゃない。
「航太のバカ、でも好き」
夏休みも、冬休みも、春休みも、航太に会いに、祖母の家に来ているのに。
気持ちって想像以上に伝わらないものだ。
足元の小石を、コツンと蹴った。
*2*
助けられたクラゲ事件が起こったのは、私が小学一年生の時だ。
自由研究に、海ごみ調査をしようと意気込んだのである。
幼稚園までは親と一緒でないと砂浜までは行かない約束だったし、親とくっついている子供なんて遠目に観察されるだけで、その頃は仲の良い浜っ子もいなかった。
その日の私は、砂浜なら行っていいと言われて浮かれていたと思う。
一応、ライフジャケットを羽織ったけれど、海には入らないと約束させられた。
だけど、大きなゴミ袋をぶら下げて目についたゴミを集めているうちに、注意されたことなんて忘れてしまう。
海の中にもチラチラと気になる色が、落ちていたり浮いていたりするのが目についたのだ。
それはゴミだったり、貝殻だったり、海藻だったり。
浜に打ち上げられているものよりも、海水の中ではユラユラと綺麗に揺れて見えるのも珍しかった。
波打ち際までならいいよね、が、足首までならいいかな? になり。
そのうち、膝までなら大丈夫かも……に変わって、ふと気が付くと腰位の深さのところまで来ていた。
その時に初めて、海には入らないという約束を思い出した。
海に入ったことがバレて怒られてしまう。
ザブザブと砂浜へ戻ろうとしたのに、波に足を取られた。
グンッと身体が沖に向かってそのまま流される。
アッと思った時にはつま先も海底に届かない場所まで来ていて、砂浜に戻ろうと手足をばたつかせても遠ざかるばかりだった。
今ならそれは離岸流だとわかるけれど、子供だった私は海のお化けが波の形になって襲ってきたようにしか思えなかった。
ライフジャケットのおかげで沈まなかったけれど、怖くて、さらう海流も冷たくて。
ギャーッと叫んだのは覚えていない。
でも、陸から近づいてくる水しぶきの音に気が付いて、本格的にパニックになった。
人間とは思えないスピードで、黒いものがグングンと近づいてくるものだから、本気でここで死ぬのだと思った。
だって、黒い弾丸のようだったのだ。
もしくはパニック映画のサメである。
怖い、怪物まで来た。
あばばばばば……とジタバタしている私のライフジャケットの襟首を後ろから、グイっと掴まれたのはその直後である。
「暴れんなよ、力を抜いて浮いてろ」
その声で、ものすごい勢いで近づいてきたそれが、人間だとようやく理解した。
気が付くと身体にロープを巻かれていた。
それでも、人の皮をかぶった海のお化けとしか思えなくて、ビビって指示通り背泳ぎ姿勢で浮かび続けた。
そう、私の名前は海月である。
クラゲになりきることぐらい、出来る子なのである。
その人はロープを持ったまま陸と平行に泳いで、沖へと流れる変な潮流のない所で待っていたボートへと私を引き上げてくれた。
あとから知ったけれど、海のお化けは航太だった。
こうして、私は助かったのである。
あとから聞いたのだけれど、泳ぎに来た中学生たちが、沖に流される私に気が付いて、救助してくれたそうだ
大人を呼びにいったり、ボートを用意したり、中学生のお兄さんたちは大活躍だった。
担任になった先生が夏に入る前、離岸流について授業をしていたらしい。
後日、親と一緒にお礼を言いに行った時。
最後の民宿で優しそうなお母さんが「怖かったねぇ」と慰めてくれた。
「離岸流は大人でも怖いからね」
「それよりお兄さんが怖かったです。パニック映画のサメかと思いました」
航太には「は?」とすごまれたけど、よけいなことを言った私のおかげでみんな笑い出し、親同士も友達付き合いが始まった。
海に流されたバカな子なので、ちょっぴり有名人になった私は、気にかけてくれる同年代の友達もできた。
海辺の友達の中でも、航太は特別だった。
年上のお兄さんはそれだけでかっこよく見えるし、ぶっきらぼうな態度をしていても航太は優しい。
まぁ、高校生ぐらいの時にはウザがられたけれど、無敵の小学生だった私は航太に全力で突撃した。
中学・高校・短大と順調に恋の階段を上っていく私の好きを、航太は受け取ってくれない。
塩対応ではないし、優しくはあるし、気にかけてくれるのに、やっぱり最終的には不機嫌なしょっぱさで終わる。
助けてもらった人に、恋をしてるなんて、本人に伝えたのが悪いのだろうか。
冗談はよせ、と、タチが悪い、のツーセットを、好き好きアピールと同じ年数、お返事としてもらっている。
七歳から先月二十歳になるまで、恋をしているアピールをしているのだから、この恋をニセモノ扱いされるのは悲しい。
あぁ、本当に恋って難しい。
でも好き。
*3*
「海月。来月、航太君、お見合いするって」
「ぶぉぇ?! ふぁんでふってぇぇ?!」
海辺の町に来てから一週間ほどたった時。
夕食時におばあちゃんがとんでもないことを言い出すものだから、お味噌汁を噴き出してしまった。
飲み込むことと、おしゃべりすることは、同時にできなかったので、大惨事である。
慌てて布巾でふきながらも、それどころではない。
「そんな……私がいるのに」
鼻の奥がツンとして、食欲が一気になくなってしまった。
みるみる視界がにじんでくるから、必死で心を落ち着けようとする。
だけど、上手く平常心を保てなかった。
メソメソし始めた私に、アラアラとおばあちゃんは笑った。
「あなた、冗談ばっかり言ってたけど、本気だったの?」
「冗談なんて言った事ない」
おばぁちゃんまで、私の本気を冗談だと思ってたんだ。
そのことがショックで、涙腺が決壊してしまった。
いつだって、私の心はストレートだ。
勝手に流れる涙の滝に、おばあちゃんは苦笑した。
「本気なら、あんなこと言わなきゃいいのに」
「あんなこと?」
「昔、助けてもらったクラゲですよ」
またか。航太が不機嫌になるセリフなのは知ってるけど、どうして?
鶴だって蛇だって鬼だって、お嫁さんになるのに。
「なんで? 助けてもらったら、お嫁さんじゃん」
「お嫁になったその後は?」
「その後……?」
困った子ねぇと言いたげなおばあちゃんに、私は記憶をたどる。
助けてもらった後の異類婚姻譚って、どうだっけ?
改めて記憶を探って、スゥッと背中から冷えてくる。
基本的に、悲劇であった。
人間の夫と子供を残して消えたり、報われないままこの世を去る。
生き別れ、死に別れ、等々。
理由は様々であれど、殺伐とした別離の道が用意されていた。
航太が、本気にしてくれなくても、当然だ。
助けてもらったクラゲですって、めでたしめでたしと油断させた後で、ポイする宣言と同じだったのだ。
知らないうちに、私は航太を傷つけていた。
冗談はよせ、と、タチが悪い、の意味がようやく分かった。
意味が分かると、私って、最低な人間の気がする。
反省はしている。
だけど、反省して、泣きぬれて、何も言わずに諦めるのは嫌だ。
グイッと手の甲で、こぼれてきた涙をぬぐった。
おばあちゃんに差し出されたティッシュで、ついでに鼻もかんで立ち上がった。
「おばぁちゃん、ちょっと、航太の所に行ってくる」
ベソベソしながら家を出て、歩いているうちにちょっと落ち着いた。
お食事処もやっている航太の家は、夕食時ということもあってにぎわっていた。
お客も知っている家族連れが多くて、それぞれのテーブルの間を航太は忙しそうに立ち回っていた。
「航太、誰とも結婚しないで」
扉を開けて目が合ったとたん、衝動的に言ってしまった。
航太は目を見開いて「は?」と驚いている。
「なに、突然。つーか、なに泣いてんの?」
「来月、お見合いするって、おばぁちゃんが……」
言葉にすると、再び涙が決壊した。
ザーザーと気前よく流れる涙に、あきれたように航太はタオルを渡してくれた。
「それ、街に出て会社員やってる一番上のアニキの話」
そうなんだ! と一瞬喜んでしまったけれど、納得してはいけない。
お兄さんの見合いが終わったら、航太の番が来る。
絶対にダメ。私以外の人との見合いは阻止する。
「鈴原海月、二十歳です。栄養士と管理栄養士の免許はちゃんと取ります。調理師免許が必要ならがんばるから……学校を卒業したら、雇って。そのままお嫁さんにして」
「サラッととんでもねーこと言ってるぞ、てめぇ」
釣り書きがわりに自己紹介して、今度は誤解されないように伝えてみたら、あきれられた。
定番のクール・モードに入った航太と違い、馴染みのおじさんおばさんたちは一気に盛り上がる。
乾杯の嵐が巻き起こって、厨房の方から「就職でもお嫁さんでも、どっちでもいいわよー」と明るい声が響いてきた。
航太は困ったような顔をしていたけれど、ポンポンとあたしの頭を軽く叩く。
それは仕方ないなぁという体を装っていたけれど、かまわないよと伝えてくるようだった。
周囲がものすごく盛り上がってるので、その場の雰囲気のどさくさのようにギュッと抱き着いてみたら、片手で抱きかえされた。
こんなに近づいたのは初めてだ。
「航太、好き」
「知ってる」
少しかすれた返事は、甘さを含んでいる。
驚いて見上げると、少し照れた航太の顔があった。
おわり
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