「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

文字の大きさ
9 / 80
恋の始まり(高校生)

君と花火に

しおりを挟む
「少し時間をもらえないかな?」

 突然、早足で図書室に入ってきた人は小さなメモを差し出して、私の隣に座るなり小声で問いかけてきた。
 その時、私は手元の課題に集中していたので、小さく飛び上がってしまった。
 思わず「誰?」とか「なに?」とか言いかけたけれど、ここが図書室だと思いだして口を手で押さえる。
 冷房が効いているから放課後に図書室で勉強をする人も多いけど、個人利用が多いので声をかけられるなんて想像もしていなかったのだ。

 静かに、静かに。声を出すにしても小声でないと。

 ドキドキする心臓も押さえながら、隣に座った人をしげしげと見つめてしまう。
 やっぱり「どうして?」と問いかけたくなる人だったから、現実だと認識できるまでパチパチと忙しく瞬きしてしまった。

 生徒会長の長谷川君だった。
 同じ学年で、さらにいえば同じクラスでもあるけれど、挨拶を交わす程度でそれほど親しくない。
 大人っぽい言動と落ち着いた物腰が頼れる感じがすると、女子の間では隠れファンが多い。
 校内で一番成績のいい生徒に質問されても、私に答えられる分野があるとは思えないし。

 展開についていけない私がずっと無言だったからじれたのだろう。
「君にはこの意味がわかるかな?」
 骨っぽい指先がそっと押しだしたメモに視線を落とすと、几帳面な文字で短い文章が書かれていた。

【友達と出かけて、恋人と帰ってきた。
     #花火に行きたくなるキャッチコピー】

 え? と首をかしげるしかない。
 花火大会に興味を持たせるための、よくある誘い文句だけれど。
 この意味がわかるかって、どういう意味だろう?

 真剣な顔をしている長谷君には悪いけれど、これのどこが理解できないのか、私にはそこがよくわからなかった。
 詳しく話を聞こうと思ったけれど、ここが図書室なのを思い出した。
 雑談をしていたら他の人に迷惑をかけてしまう。

「よかったら場所を変えて、詳しい話を聞かせてもらえる?」
 小声でそっと提案したら、長谷川君は素直にうなずいた。
「帰りながら、話そう」

 玄関で待っていると付け足すと立ち上がり、そのまま図書室から出て行った。
 私はその背中を見送って、さらに疑問を深めてしまう。

 帰りながらって、教室では話せない内容なのかな?
 人望はあるけど真面目な人だから、もしかして恋のフレーズが恥ずかしいとか?
 確かに中学生の私たちにはピンとこない部分があるかもしれないけど、キャッチコピー一つであんなに深刻な顔をしなくてもいいのに。
 でも、私にとっては大したことなくても、きっと彼には大問題なのだろう。

 あれこれ考えていても仕方ないので、急いで荷物をまとめると私は図書室を後にした。
 トントンと階段を下りて玄関にたどりつくと、すでに長谷川君が待っていた。
 靴を履いて出入り口のすぐ外にいる。
 なぜか同級生の赤城君に、肩をバンバン叩かれていた。

「お前、頭がいいんだか悪いんだかちっともわかんねーな」

 ケラケラ笑っている赤城君があまりに楽しそうだから、思わず足が止まってしまう。
 陽気でお人よしの赤城君はいい人なのだけど、誰かれ構わずマシンガン速度のハイテンションで話を振ってくるから、少し苦手だった。
 どんくさいといわれる私には、彼の生きる速度は早すぎるのだ。
 どうしよう? と思っていたら、当の赤城君が私に気がついた。

「ごめんね、須藤さん。俺がこいつをけしかけたから……色々教えてやって」

 なんだか保護者みたいな言葉を残したうえに、長谷川君の顔を見るとブホッと吹きだして、だけどそれ以上は何も言わず「じゃぁな」と先に帰ってしまった。
 遠ざかる背中が思い切り震えているので、笑いが止まらないのだろう。

 いつもながら台風みたいな人だと思いつつ、不機嫌そのものの長谷川君に近寄るのは少し勇気が必要だ。
 声がかけづらいなぁと思っていたら、フッと長谷川君は一つため息をついて「帰ろうか」と言った。
 その目は赤城君の背中を睨みつけていたけれど、ちゃんと私に向けての言葉だとわかったから、うんとうなずいた。

 歩きだしても、しばらくは無言だった。
 どう切り出せばいいのかよくわからないし、私は長谷川君と歩調を合わせることで精いっぱいだった。
 めったに話さない人と一緒に帰るなんて、知っている道なのになんだか落ち着かない。

「君には、あのキャッチコピーの意味がわかる?」
「きいていい? 長谷川君はどんなふうに考えたの?」

「ひどい奴だと思ったよ。約束して一緒に出かけた友達をほったらかしにして、お祭りで会った恋人とすごすなんて。それなら最初から恋人と二人で出かければいいだろう?」

 え? 私は思わずその横顔を見つめてしまう。
 それは大きな勘違いだ。
 長谷川君はもしかして、一緒に出かけた友人と恋人が、同一人物だと気がついてない?

 声には出さなかったけれど、ちらっと私を横目で見た長谷川君は軽く肩をすくめた。
 私の表情で考えていることを読みとったのだろう。
 目に見えて表情が陰ってしまった。

「僕の勘違いは史上最強で、笑いすぎて腹筋が六つに割れるとまで言われたけど、どこを間違えているのかすら、僕にはわからないんだよ」

 それがあまりにさみしげな口調だったから、ちょっぴり胸が痛くなった。
 頭のいいとっつきにくい人だと思っていたけれど、長谷川君は想像していたよりナイーブなのかもしれない。
 赤城君らしい発言だけど、確かにひどすぎると思う。

 長谷川君は勘違いしているけど言葉通りに受け取っただけで、きっと真面目すぎるのだ。
 これが恋の始まるだとすら気付いてない。

 好意を持っている異性の友達を花火大会に誘って、夜空に大きく開いた満開の花火の下で告白して、両想いの恋人同士になって帰宅するって、思いつきもしないのだろう。

 どんなふうに説明すれば上手く伝えられるかな?

 キュッと気持ちが長谷川君に惹き寄せられたとき、彼は立ち止って私を見つめた。
 私も立ち止まって、彼の視線を正面で受け止める。
 少しも迷いがない眼差しはまっすぐで、怖いぐらい真面目な顔をしていた。

「わからないことを知りたいと思うのは普通だろう?」
 うん、と私はうなずいた。その気持ちはわかる。
「だから須藤さん。来週末の花火、一緒に行ってもらえないかな」
 え? それはわからない。

「私と花火に? どうして?」

 確かに来週は大きな花火大会があるけど。
 急な誘いだったからものすごく驚くしかない。
 私の動揺をよそに、長谷川君はどこまでも真面目だ。

「気になる女子を花火に誘えば、いくら俺でもわかると赤城の奴が」
「それが、私?」
 ドキリとしたけど、長谷川君はサラリと言った。

「僕より国語の成績がいいのは須藤さんだけだし、教室でもよく本を読んでいるだろう? 国語も君にだけは勝てそうにない。だから、このキャッチコピーの意味がわかる女子は誰かと考えたとき、君の顔が一番最初に浮かんだ」

 ガクリ、とその思い違いに倒れそうになった。
 いやいやいやいや……長谷川君。
 それ、気になる女子の意味そのものを、ものすごく間違えてるから。
 確かに私、国語の成績だけはいいけどね。
 本当に、これは思い違いや勘違いを起こしやすい内容だと思うけどさ。

 赤城君ったら! こんな真面目な人に、なにをけしかけてるの?!
 あのニヤニヤ笑いの元はこれだったのかと納得する。
 ひどい。ものすごくひどい人だと思う。
 しかも、長谷川君、そこまで言われてもわかってないし。

 うんってうなずいたら、私まで赤城君にからかわれるんだろうな。
 からかわれるのは嫌だけど、長谷川君に八つ当たりをするのも何か違うし。
 どうしたものかと返事に迷っていたら、長谷川君はクシャリと表情を崩して照れ臭そうに笑った。

「それにさ。僕がバカな間違いをしても、須藤さんはからかったり笑ったりしないから、相談しようと思ったんだ」

 君はそこがいい。
 当たり前の調子で、長谷川君がサラリと言うから、反射的に答えていた。

「いいよ、来週の土曜日、一緒に花火に行こう」
 声にすると、変に度胸がついた。きっと、これで正解。

「一緒に花火に行って、長谷川君がどんなに考えてもわからなかったら、私がキャッチコピーの意味を教えてあげる」
 ありがとう、と長谷川君は爽やかに笑った。

 好きとか気になるとか、そういう気持ちはまだわからないけど。
 嬉しそうな笑顔を見るのは嬉しい。
 ちょっとだけドキドキする。
 今は、それでいいと思った。

 きっと長谷川君は一緒に花火に行っても、あのキャッチコピーの意味がわからない人だと思うけれど。

 浴衣を着て、屋台を回って、花火を見て。
 そして、一緒に帰ろう。

 あのキャッチコピーみたいに。


【 おわり 】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...