「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

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片想い(高校生)

ハッピー豆まきプロジェクト

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 二月三日。
 外はまだ薄暗い。
 開店の数時間前だと言うのに、俺はバイト先のスーパーにいた。

 普段はこんなに早く来ることはないが、節分の特設フェア商品の当日入荷が多いから、店長に打診されたのだ。
 頼みの綱の早番のご婦人がたが、冬の定番インフルエンザでお子さんが学級閉鎖になり、自宅を離れられなくなったそうだ。
 バイトの時給をいつもより多く出すと言われたら、やっぱりうなずくのが正常な反応だろう。

 それにしても眠い。
 いつもは午後から夜間にかけての時間帯が多いので、早起きは久しぶりだったりする。
 三時には上がれるとはいえ、出勤前によるお客もいるから寝ぼけている暇はないのに、あくびがついつい出てしまう。

 それにしても早朝は新鮮だ。
 入荷トラックが休む間もなく、どんどんと商品を運びこんでくる。
 生鮮食品・惣菜・パン・豆腐類など戦争状態だ。
 産直コーナーもあるからな。
 開店前だから農家の納品とわかるが、途中入荷だったら客ときっと間違う。

 なんて観察して、余裕をこいてる暇はなかった。
 ぼんやりしていたら開店してしまう。
 早番のおばちゃんたちはいつもこんなに忙しいのか。
 節分用の恵方巻きシリーズを運びながら、俺はその重さに驚いていた。
 尊敬するよ、台車があってもズッシリくる。

「渡辺君、パンコーナーが終わったから手伝うね」
 綺麗に商品を並べていたら、同じくバイトの鬼頭さんが手伝いに来てくれた。
 別の大学に通っていて、年齢は俺より一つ二つ下だったはず。

 鬼頭さんはいかつい名前なのに、とてもかわいい。
 どうして彼氏ができないのかしら? なんておばちゃんたちが言っているのも納得の愛くるしさである。
 艶々する黒髪を肩上で切りそろえ、目が大きいから日本人形みたいだ。
 まぁバイトの間は、ピンクのエプロンに店名の入った帽子着用だから、純日本の雰囲気は消えるけど、お玉やフライパンを手にして笑っている妄想は広がる。

「ここまで来ると引いちゃうよね」

 不意に話しかけられて、あらぬ妄想で二ヘラとしていた俺はビクリとする。
 台所の新妻めいた図にひたっているときに声をかけられると、非常に後ろめたいじゃないか。

 やましいことは考えてないぞ。
 本当にやましい方向にはまだ考えてないけどさ。
 考えたくなる鬼頭さんの可愛さが悪い。

「えっと、何?」
 どぎまぎしていたら、ああ、と鬼頭さんは初めて気づいたように俺を見た。
 大きな瞳は澄んでいたけど、明らかな苦笑を浮かべる。
「商魂たくましいなぁとは思うけど、なんだか本来の節分から離れてるよね」

 そう言って特設コーナーを指差されて、改めて見直した俺は納得する。
 恵方巻きに、恵方サンドイッチ、恵方ロールケーキ……恵方シリーズだけでもかなりの種類があり、台の上を占める図は壮観である。

 そして、本来は活躍するはずの炒り大豆は、台の端っこのほうに追いやられていた。
 なぜか殻付きの落花生も節分用として置いてある。
 北海道のほうでは当たり前らしいが、ここは本州なのだが。
 とりあえず、関連しそうなものは全部商品にしてしまえ、ということだろうか?

 季節の変わり目には邪気が入りやすいとか。
 新しい年である立春を迎える前に邪気を払うとか。
 豆で邪気を払って福を呼びこむとか。
 意味を持った行事や風習がおざなりにされるのは少し悲しい。

 なんて、ぽつぽつと語る彼女の言葉は説得力があった。
 ついつい無言になった俺に、ごめんね、とハッと気づいたように鬼頭さんは言った。
「考えても仕方ないよね。商品が売れるのはいいことだもの」

 いや、と俺は言った。
 そういう流されて消えてしまう風習を、大事にしたいのは俺も同じだ。
 恵方巻きも全国に広まったのはここ数年だけど、ちゃんとした意味があるはず。
 七福神にあやかり七種類の具材を使って幸運を呼び込むのだ。
 売れ筋なのも確かだけど、意味があるに違いないからさ。
 それも一緒に伝えればいいのだろう。

 まぁ、忘れられがちな風習でも、やっぱりね。
 鬼は外、福は内、なんて。
 子供のころから楽しく接していた。
 炒り豆を手にして鬼頭さんに笑顔を向ける。
 いわれなんてよく知らないけど、古臭いこいつが好きだ。

「休憩時間、一緒に食べようか?」
 大きな目をパチクリして、鬼頭さんは驚いていた。

「渡辺君が?」
「え? 俺が豆を食べると驚くようなこと? なんで?」

 クスッと鬼頭さんは笑った。
「だって、渡辺の姓を持ってると、鬼も邪気も恐れて近づかないから」

 なんだよ、それ?
 知らないぞ、そんな話。

 思い切り顔に気持ちが出ていたのだろう。
 鬼頭さんはクスクスと笑って、休憩時間に教えてあげる、と言った。
 何もなかったように商品を陳列し、売れ筋を前に置く姿勢も立派だ。
 働き者なのは前から知っていたけど、おばちゃんたちに気にいられているのも納得。

 そして。
 休憩時間に渡辺の綱の鬼退治の話を聞くことになる。
 平安時代の酒呑童子や茨木童子の物語。

 文系の彼女は物知りで、わかりやすく噛み砕いてくれるからわかりやすかった。
 難しいはずの古典まで楽しく起伏のある話をして、ずっと笑っている。

 魔の目に通じるから豆がまかれるとか。
 魔を射るために炒り豆を使うとか。

 ああ、やばいなと思う。
 そういうことも今まで知らなかった。
 もう少し話したいと思うのも当たり前のことだよな。
 理数系の俺にもわかりやすい話し方で、そんなに嬉しそうにされると鬼頭さんの笑顔にはまりそうだ。

 上がりの時間が同じだとわかって、一緒に帰ろうと誘うと、うん、と何の疑いもなくうなずく。
 無防備すぎて少し怖い。

 恋の文字を見たことあるだろ?
 恋の下には、心がある。
 一緒に帰ろうって誘いも、当然ながらシタゴコロ満載だぞ。
 キラキラした笑顔を向けて鼻歌交じりでいるなんて、どこまで隙だらけなんだ。

「仕事の後でね」
 きらめく様な微笑みを残して鬼頭さんは休憩室を後にした。
 そこまで純粋なお友達の顔をされると、少し切ない。

 ウム、今までフリーでいた理由はこれか?
 ちょっぴり納得してしまった。
 かなりわかりやすい態度で接していたと思うのだが。
 この俺のヨコシマな気持ちに気付かれて引かれるのは怖いが、特別な気持ちなんて興味もありませんし私には無関係ですって態度もへこむ。

 因数分解と連立方程式。
 どちらが恋に似ているだろう?
 理数系の俺にとって、恋ってやつは割り切れないから、どこまでも厄介だ。

 まぁいいさ。
 そういう面には鈍そうな鬼頭さんを、倒すのは俺であればいい。
 手ごわそうな相手だから、じっくりゆっくり攻めてやる。
 渡辺さんの勝利は約束されてるはずだろ?

 俺の恋のプロジェクトは始まったばかりだ。


【 おわり 】
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