「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

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再会(大学生・社会人)

幸せの縁側

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「離れて初めてわかること、か」

 いっぱいあるよなぁ~なんて、縁側に座りながら思う。
 久しぶりの実家。
 なにも考えず、のんびり日向ぼっこができるって、至福の時間だ。

 進学のために実家から離れて、他県の大学に進学したのは二年前。
 長期休暇も資金不足でなかなか帰ってこられなかったので、こうやって羽を伸ばせる時間は久しぶりだ。
 日光の暖かさと一緒に、田舎の穏やかで綺麗な空気が身体いっぱいに染み込んでくる気がする。

 俺、田舎が性に合ってるのかもな。
 確かに大学の勉強は楽しいし、都会は病院ひとつ・買い物ひとつとっても便利だ。
 公共機関が発達しているから、車がなくても生活に困らない。

 ただ。いつでもざわついて人の気配があるけど、なぜか無関心で寂しいから不思議だ。
 外にでさえすれ違う人がいるのに、ひとりぼっちの気がしてしまう。

 それに比べて田舎は、夜になったら街灯もなくて真っ暗だったり、ちょっとそこまで買い物に行こうにも車がないと移動できなかったり、一人でいると静かでカエルや虫の声ばかり聞こえてくるけど。
 縁側に広がるひだまりの中で、だらーんと寝てしまっても許される気がするのだ。
 このおおらかさは、ここにしかない。
 都会の速度に少し疲れているのかもしれないなぁ~なんて思う。

 あ、なんかブルーだ。
 家族が出かけて留守番をしているだけなのに、ついつい一人暮らしの気分を思い出してしまった。
 懐かしい我が家の縁側でくつろいでいるのに、なぜかホームシックに似た気分にひたっていたら、ガラリと開く音が玄関から聞こえてくる。

「こんにちは~おじゃまします」

 耳になじまない声と慌ただしい足音に、俺はぎょっとして起き上がった。
 誰だろう? 我が家の人間じゃないことだけは確かだ。
 おいおい、母さん、鍵ぐらいかけて出かけろよ。
 田舎だもの、なんて面倒くさがるけれど、油断しすぎというか不用心極まりない。

 パタパタと忙しい足音が近づいてくると、ひょこりとボブカットの女性が顔を出す。
 俺を見つけると彼女は、パッと花が咲くように笑った。
 その動きで合わせて、サラサラした黒髪が肩先ではしゃぐみたいに揺れる。

「おかえり! 久しぶりだね」

 元気よく挨拶され、何度も瞬いた。
 淡く化粧をして綺麗なパステルグリーンのワンピースを着ているから、なんだか見知らぬ人のように見えるけれど、その顔立ちには見覚えがあった。

「……春奈?」
 バカみたいに確認してみると、春奈は嬉しそうに笑う。
「うん、見違えた?」

 バーカ、と反射的に応えたものの、こいつ誰だよ、と思うぐらい印象が代わっていてドキドキする。
 なんだかまともに顔を見れなくて、空に目を向けた。

 春奈は小学生を卒業するまでの六年間、学童終了時から両親の終業時間まで、ファミリーサポートをしていた我が家に通っていた子だ。
 ファミリーサポートをやめてからも、昼間は一人で留守番していた祖母の体調を気遣ってか、お世話になったからと理由をつけてたまに遊びに来ていた。

 俺は祖母が亡くなるとほぼ同時に県外に進学したから、春奈の顔を見るのは久しぶりだ。
 一つ下ではあるけれど、あの頃の幼さはすっかり消えていて、どう反応すればいいか迷ってしまった。
 記憶の中にいるTシャツとジーンズやジャージ姿と違って、美少女に見えて落ち着かない。

「はい、プレゼント」

 突然目の前に包みを突きつけられ、思わずのけぞってしまう。
 それなりに大きさがあるから、二段重ねの御重箱だろうか?
 ありがとうと言いつつ受け取ると、ズシッときた。

 なにが入っているんだろう? と思わず首を傾げてしまう。春奈はワクワクした調子で「開けてみて」って促してくるので、そのまま包みをほどいて俺は驚いた。
 立派な御重弁当だ

 なんだこれ?
 ピクニックにでも行くつもりか?

 無数の疑問符が脳内を飛び回ったけれど、蓋を開けて納得した。
 海苔が巻かれた大きめのおにぎりと、卵焼き。
 たったそれだけがぎっしりと詰められている懐かしさに、思わず泣きたくなるぐらい胸が詰まる。

 これは祖母がよく作ってくれた昼ごはんと同じだ。
 土曜日や祝日は学童がないのに俺の両親も春奈の両親も仕事だった。だから、よく晴れた日は縁側に三人並んで、おにぎりの具を当てながら色々な話をした。
 今日みたいに晴れた日は、たったそれだけで特別な時間になる。

 感傷に浸ってしばらく無言でいたら、スッとおしぼりを差し出された。
 受け取って、思わず笑顔になる。
 今は昼食も終わった午後の中途半端な時間だけれど、そんなことはどうでもよかった。

 これは記憶の中でピカピカと光を放っている特別な食べ物だ。
 すごいな、おまえって誉めると、春奈はプイと横を向いた。
 耳まで真っ赤になって、手の中で忙しくおしぼりをもみくちゃにしている。

「別に、航ちゃんのために作った訳じゃないから。この前スーパーでおばさんに会って帰ってくるって聞いたし、ろくなもの食べてないだろうなぁって話したから」

 なるほど、俺のためなのか。
 こういうときの春奈は素直さ皆無のセリフばかりで、やっと俺の知っている春奈だと思えた。
 もうとっくに祖母も亡くなっていて、ファミリーサポートなんて必要なくなっているのに、春奈はここにいる。

 それが気恥ずかしくて、なんとなく嬉しくて、見えないなにかが俺の心をつかんだ。
 かける言葉に悩んだからおにぎりをつかんでガブリとやったら、塩気の強い鮭だった。

 思わず顔がゆるんでしまう。
 懐かしいばあちゃんの味だ。

 塩サケの切り身を買ってきて香ばしく焼き、丁寧にほぐして中に入れていた。
 とりそぼろに軽く効かせたショウガ風味も、こんがりした焼きたらこも、記憶の味そのままだ。
 この懐かしさを生みだしたのが俺の母さんではなくて、まったく我が家に関係のない春奈だという現実は衝撃だった。

「これ、全部食べていい?」
 知らず優しい口調になっていたけれど、春奈はプンと唇を尖らせた。
「私も食べるから!」

 航ちゃんには負けないって威勢よくつかみ、大きな口でガブリとやっているので、太るぞ、と忠告したらにらまれた。
 せっかくの美少女が台無しだ。
 アハハッと声をたてて思わず笑ってしまったら、どうして笑うの? って春奈がプンプン怒るので、それがおかしくてたまらない。

 変かもしれないけれど、この瞬間。
 永遠にただの知人で終わるはずの俺たちふたりの道が、交差して寄り添った気がした。
 一本につながって、未来にスーッと伸びていくのが見える。
 息をするほど簡単に、今この時の僕たちは、未来に続く道へと足を踏み出していた。

 こういうのを運命って呼ぶのかな。
 口にしたら、脳みそが沸騰しているよね、なんて言われそうだけど不思議な縁だと思う。

「春奈のおにぎりは幸せの味だな」

 にっこり笑いかけると、春奈は軽く目を見開いて息をつめた。
 なにか言いかけたけれど、フイッと視線を空に向ける。

「航ちゃんとこの縁側で食べると、なんでも幸せの味になるよ」

 うん、と俺はうなずいた。
 同じことを思っていたから、それが嬉しかった。

「ココで日向ぼっこする日は、いつだって作ってあげる」
「卒業したらちゃんとココに帰ってくるから、期待してる」

 見つめあって、お互いに笑顔になった。
 俺たちは肩を並べて、しばらく無言でおにぎりを味わう。

 幸せも一緒に握りこんだおにぎり。
 俺の帰る場所は、いつだって春奈のいる縁側なんだ。


【 おわり 】
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