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あなたを想う(大学生・社会人)
大切なあなたにキスを贈る
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時計を見る。
時間が、今日から明日へと切り替わるまで、あと五分。
アナログのチクタクと刻む規則正しい秒針が、よけいに今の静寂を浮き上がらせる。
私は、ため息をついた。
テーブルの上には、冷めた夕食。
ちょっとだけ奮発したワインやケーキも、こうなってくるとむなしい。
毎度毎度のことだけど、訪ねてこれなくなったなら、電話の一本でもよこせばいいのに。
仕事が忙しいのはわかるけどね。
週のど真ん中だってわかっているのに、うちに来てねって強引に誘ったのも私だけど。
土曜じゃダメか? なんて受話器越しに聞こえたため息は、やっぱり寂しかった。
寂しいって言ったら、いまさらなんで? なんて笑われるかもしれない。
お互いが存在する事に、慣れてしまった。
慣れてしまって、小さな連絡を怠ることが寂しいなんて、きっとわかってもらえない。
きっと、今日が誕生日だってことすら、拓斗は忘れているのだ。
付き合ってそろそろ四年にもなると、お互いに話さなくてもわかるだろうと、妙な甘えが出てくるみたい。
お互いの部屋の鍵を交換もしている。
お互いの部屋に着替えも置いている。
お互いの部屋に、お互いの匂いが染みついている。
でも、ずっと一緒にいる訳じゃない。
恋人どうしだからって、ずっと胸をときめかせてる訳じゃない。
時間と共になんとなく肌になじんで、一緒にいる時間が落ち着いてくる。
それが嬉しくて、寂しい。
こういうのを、マンネリって呼ぶのかな? なんて黄昏てしまう。
ツン、と鼻の奥まで、胸と一緒に痛くなってしまった。
二つ目のため息を落としたとき、玄関で鍵の開く音がした。
チャイムも何もなくそのまま入ってきたのは、スーツ姿のままの拓斗だった。
私を見て、なんだかギョッとしたように立ち止まる。
「どうした? なんかあったのか?」
え? とビックリしていたら、ツカツカっと歩み寄ってきた拓斗は、大きな手で私の頬に触れた。
指先をゆっくり動かして、心配そうな顔で見つめてくるから、私はまばたきもできなかった。
「悪い、遅くなって。そんな、切羽詰まってるとは思わなかったから」
「切羽詰まってる?」
意外な言葉に私がキョトンとすると、あれ? といった感じで、拓斗は首をかしげた。
「なんか、相談したいことがあったんじゃないのか?」
そんな台詞が出てくる理由に心当たりがなくて、私も首を傾げるしかない。
「どうして?」
「泣いてる」
スパッと即答されて、私自身が驚いた。
いつの間に、泣いていたんだろう?
ちっともわからなかった。
どうしてだろう?
戸惑うばかりの私に、拓斗は肩をすくめた。
チラリと拓斗の視線がテーブルの上にある冷めた夕食に向いて、すぐに私に戻ってきた。
痛みをこらえているような表情になっていた。
「悪い」
「謝らないで」
そうだよね、見ればわかるよね。
いくらなんでも、自分の誕生日だって思い出す。
もう、昨日になってしまったけれど、おめでとうって言うつもりだったのに。
どうしてだろう?
たったそれだけのことが、うまくいかなかった。
そんなつらい顔をさせるつもりなんて、まったくなかったのに。
「ほら、こんな遅くまでの仕事は大変だったでしょう? 何か食べる? それとも、早めに休む?」
できるだけ明るい調子で言って立ちあがろうとしたら、拓斗に腕を引かれた。
力が強いからその腕の中に倒れ込むしかなくて、フワリと暖かさに包まれると同時に、ポンポンと軽く頭を叩かれた。
「我が儘一つ、言わせてやれなくて、ごめんな」
うん、とも、ううん、とも言えなくて。
私はそっとその胸に顔をうずめる。
「最近、こんなのばっかだな」
ため息交じりの台詞に、なんだか胸が震えた。
拓斗の中にも、当たり前のことすらなぜかうまくいかないことに、もどかしいような痛みがあるのかもしれない。
「ホントに、幸せってなんだろうな?」
ため息交じりの言葉にも、さぁ、と私は首を傾げるしかない。
だって、拓斗の幸せと私の幸せって、まったく違う。
そもそも、幸せって形すらないものだから、よくわからない。
でも、それでいいと思う。
わからないことだから、一緒に探せばいいやって思えるのだ。
何もかもわかってしまったら、きっと一緒にいることなんてできない。
なによりも忙しい中、こうして会いにきてくれたことが嬉しい。
様子が違うって気付いてくれることも、そっと気遣ってくれることも、全部が嬉しい。
なんて言うのは恥かしい気がするから、その気持ちだけでも伝えたくて一生懸命に考える。
「本当の幸せは、あなたが知っているはずよ」
私の精一杯の言葉だったのに、拓斗は思い切りあきれた顔になる。
「バ~カ、知ってたら、なんだろうな? なんて聞くかよ」
「私が幸せだって思ってる時の顔は、拓斗しか知らないもの。だから、それでいいの」
「なんだよ、それは。訳がわかんないや」
あきれたように拓斗は笑いだして、私もつられて笑ってしまう。
子供みたいに二人して笑っていたけど、どちらからともなく唇を寄せた。
大丈夫。
時々は不安になるけど、きっと、私たちは大丈夫。
今の私は、幸せな顔をしている。
ほんの少しだけの沈黙の後。
明るい笑い声の重なる時間が訪れる。
これは、幸せと呼んでも、間違いないと思う。
そう。
私のいつもと違う様子があれば、当たり前のように気がついてくれる。
すれちがうこともあるけど、でも、必要な時にはちゃんと側にいてくれる。
言葉が必要ないぐらい、愛しい時間をくれる人。
世界で一番、大切な人。
そして。
ありったけの想いを込めて、大好きなあなたにキスを贈るのだ。
時間が、今日から明日へと切り替わるまで、あと五分。
アナログのチクタクと刻む規則正しい秒針が、よけいに今の静寂を浮き上がらせる。
私は、ため息をついた。
テーブルの上には、冷めた夕食。
ちょっとだけ奮発したワインやケーキも、こうなってくるとむなしい。
毎度毎度のことだけど、訪ねてこれなくなったなら、電話の一本でもよこせばいいのに。
仕事が忙しいのはわかるけどね。
週のど真ん中だってわかっているのに、うちに来てねって強引に誘ったのも私だけど。
土曜じゃダメか? なんて受話器越しに聞こえたため息は、やっぱり寂しかった。
寂しいって言ったら、いまさらなんで? なんて笑われるかもしれない。
お互いが存在する事に、慣れてしまった。
慣れてしまって、小さな連絡を怠ることが寂しいなんて、きっとわかってもらえない。
きっと、今日が誕生日だってことすら、拓斗は忘れているのだ。
付き合ってそろそろ四年にもなると、お互いに話さなくてもわかるだろうと、妙な甘えが出てくるみたい。
お互いの部屋の鍵を交換もしている。
お互いの部屋に着替えも置いている。
お互いの部屋に、お互いの匂いが染みついている。
でも、ずっと一緒にいる訳じゃない。
恋人どうしだからって、ずっと胸をときめかせてる訳じゃない。
時間と共になんとなく肌になじんで、一緒にいる時間が落ち着いてくる。
それが嬉しくて、寂しい。
こういうのを、マンネリって呼ぶのかな? なんて黄昏てしまう。
ツン、と鼻の奥まで、胸と一緒に痛くなってしまった。
二つ目のため息を落としたとき、玄関で鍵の開く音がした。
チャイムも何もなくそのまま入ってきたのは、スーツ姿のままの拓斗だった。
私を見て、なんだかギョッとしたように立ち止まる。
「どうした? なんかあったのか?」
え? とビックリしていたら、ツカツカっと歩み寄ってきた拓斗は、大きな手で私の頬に触れた。
指先をゆっくり動かして、心配そうな顔で見つめてくるから、私はまばたきもできなかった。
「悪い、遅くなって。そんな、切羽詰まってるとは思わなかったから」
「切羽詰まってる?」
意外な言葉に私がキョトンとすると、あれ? といった感じで、拓斗は首をかしげた。
「なんか、相談したいことがあったんじゃないのか?」
そんな台詞が出てくる理由に心当たりがなくて、私も首を傾げるしかない。
「どうして?」
「泣いてる」
スパッと即答されて、私自身が驚いた。
いつの間に、泣いていたんだろう?
ちっともわからなかった。
どうしてだろう?
戸惑うばかりの私に、拓斗は肩をすくめた。
チラリと拓斗の視線がテーブルの上にある冷めた夕食に向いて、すぐに私に戻ってきた。
痛みをこらえているような表情になっていた。
「悪い」
「謝らないで」
そうだよね、見ればわかるよね。
いくらなんでも、自分の誕生日だって思い出す。
もう、昨日になってしまったけれど、おめでとうって言うつもりだったのに。
どうしてだろう?
たったそれだけのことが、うまくいかなかった。
そんなつらい顔をさせるつもりなんて、まったくなかったのに。
「ほら、こんな遅くまでの仕事は大変だったでしょう? 何か食べる? それとも、早めに休む?」
できるだけ明るい調子で言って立ちあがろうとしたら、拓斗に腕を引かれた。
力が強いからその腕の中に倒れ込むしかなくて、フワリと暖かさに包まれると同時に、ポンポンと軽く頭を叩かれた。
「我が儘一つ、言わせてやれなくて、ごめんな」
うん、とも、ううん、とも言えなくて。
私はそっとその胸に顔をうずめる。
「最近、こんなのばっかだな」
ため息交じりの台詞に、なんだか胸が震えた。
拓斗の中にも、当たり前のことすらなぜかうまくいかないことに、もどかしいような痛みがあるのかもしれない。
「ホントに、幸せってなんだろうな?」
ため息交じりの言葉にも、さぁ、と私は首を傾げるしかない。
だって、拓斗の幸せと私の幸せって、まったく違う。
そもそも、幸せって形すらないものだから、よくわからない。
でも、それでいいと思う。
わからないことだから、一緒に探せばいいやって思えるのだ。
何もかもわかってしまったら、きっと一緒にいることなんてできない。
なによりも忙しい中、こうして会いにきてくれたことが嬉しい。
様子が違うって気付いてくれることも、そっと気遣ってくれることも、全部が嬉しい。
なんて言うのは恥かしい気がするから、その気持ちだけでも伝えたくて一生懸命に考える。
「本当の幸せは、あなたが知っているはずよ」
私の精一杯の言葉だったのに、拓斗は思い切りあきれた顔になる。
「バ~カ、知ってたら、なんだろうな? なんて聞くかよ」
「私が幸せだって思ってる時の顔は、拓斗しか知らないもの。だから、それでいいの」
「なんだよ、それは。訳がわかんないや」
あきれたように拓斗は笑いだして、私もつられて笑ってしまう。
子供みたいに二人して笑っていたけど、どちらからともなく唇を寄せた。
大丈夫。
時々は不安になるけど、きっと、私たちは大丈夫。
今の私は、幸せな顔をしている。
ほんの少しだけの沈黙の後。
明るい笑い声の重なる時間が訪れる。
これは、幸せと呼んでも、間違いないと思う。
そう。
私のいつもと違う様子があれば、当たり前のように気がついてくれる。
すれちがうこともあるけど、でも、必要な時にはちゃんと側にいてくれる。
言葉が必要ないぐらい、愛しい時間をくれる人。
世界で一番、大切な人。
そして。
ありったけの想いを込めて、大好きなあなたにキスを贈るのだ。
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