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再会(大学生・社会人)
この想いは君のために
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夢の中でしか会えない人がいる。
降りしきる桜の花びらの中で、長い黒髪がふわりと揺れた。
ぼんやりとにじむ月を見あげる後ろ姿を、僕はただ見つめることしかできない。
華奢な身にまとっているのは、僕の知っている着物とは少し違っている。
風をはらむのは淡い茜色の小袖で、腰の低い位置に帯を締めていた。
君は振り向かない。
だから、その表情はわからない。
だけど僕は泣いている気がして、その名前を呼ぼうとする。
声が喉の奥で張り付いた。
唇はわななくばかり。
呼ぶべき名前がわからない。
知っているはずの君の名前は、声にならないまま消える。
薄紅色のはかなさを、白い手がそっと受け止める。
季節外れね……と細い声が聞こえた気がした。
私みたいな狂い桜……と震える君の背中を、ただ見つめることしかできなかった。
僕自身なのに、今の僕ではない僕は、狂い舞う桜吹雪に溶けていく。
僕も、君も、いったい誰なんだろう?
僕は、君に会いたいと思う。
そんな懐かしさに震えながら、いつも目が覚める。
この不思議な夢がただの妄想なのか、過去の記憶なのかわからない。
ポツリポツリと浮かぶ記憶の断片みたいな夢はすべて無音で、サイレントの映画を見ているように現実味がない。
わかっている。
そもそも時代が違う。
彼女はただの夢だ。
現実であるはずがない。
理性の僕はそうささやくけれど、心をとらえて離さない。
それでも君を想う僕は、どこかおかしいのだろうか?
ある日。
図書館で花の写真を見ているうちに、パツンと記憶がはじけた。
狂い桜のある場所はここだ、と僕の中の誰かが教えてくれた。
山桜の巨木と連なる山影。
建物すらなかったその場所はすっかり姿を変えて、今は花の名所らしい。
町営で四季折々の花や遊歩道などの設備を管理しているみたいで、写真愛好家たちには人気があるようだ。
ネットで検索してみるとすぐにそれらしき場所がヒットして、心が知らず浮き立った。
数百年を経ても咲き続ける老桜と四季折々の花が楽しめるとあった。
春休みになった僕は、電車に乗った。
君を探したいと思ったから。
あの日の君には会えなくても、今の君に会える気がした。
とんだ幻想だけど、行かなくてはただの夢だと割り切れないほど、僕は彼女に夢中だった。
電車を乗り継いで訪れたその場所は、自然の多いのどかな場所だった。
今夜の宿にも困りそうだと思いながら、無人駅のパンフレットを手にゆっくりと歩く。
どうやら僕が目指している場所は、小山全体が自然公園として解放されているらしい。
まるで違うな。なんてつぶやきたくなる。
思わず僕は乾いた笑いになった。
記憶の中の場所は古き良き日本といった情景そのままだったけれど、足を踏み入れた公園は洋風庭園の匂いが濃い。
自然に見える樹木はツツジや桜や楓といった日本らしい物がメインだけれど、歩道にそって植えられた花や、途中にある花壇にあるのが英国風のガーデンなので、不思議な感覚に陥ってしまう。
よほど管理者の腕がいいのだろう。
調和がとりづらい組み合わせなのに、視覚的に違和感がないから僕の感覚を惑乱する。
夢の中の桜の印象が強すぎて、別世界に迷い込んだ気になってきた。
そう思ったらおかしくて、つい笑ってしまった。
別世界も、夢の世界も、どちらも現実ではないから、それほど変わらない。
遊歩道を登りきった場所は、英国風のガーデンが広がっていた。
色鮮やかな薔薇のアーチを抜けると、色とりどりの花々に囲まれたかわいらしい建物があった。
英国風のそこはそれなりに大きく、管理棟と休憩所を兼ねているのだろう。
メニューボードが表に飾られていて、喫茶店もやっているらしい。
これが本当に、夢で見た場所なのだろうか?
あまりの違和感に頭がクラクラした。
風が頬をなでていくから、誘われるように歩く。
なにかの史跡跡なら、ここまで人の手を加えられることはなかっただろう。
夢の中の彼女と僕にだけ、特別な場所だったのかもしれない。
建物の横を回り込み、裏手に出ると急に視界が開けた。
湧き上がる懐かしさで息が詰まる。
桜が咲いていた。
季節を無視した薄紅色の桜が狂い咲いていた。
ゴツゴツとした黒い巨大な幹からうねるように幾筋もの枝を伸ばし、視界いっぱいに爛漫と咲き乱れる桜は、ただひたすら美しかった。
ゆっくりと歩み寄って、桜の幹に手を触れてみる。
よくもまぁ数百年もの間、変わらず咲き続けたものよ。
僕の中にいる誰かが、そうささやいた気がした。
帰ってきた……その想いに強く魂を揺さぶられたとき。
「定兼殿……?」
背後から声をかけられた。
雷に打たれたような衝撃を受けて振り返る。
カフェ・エプロンをつけた女性が立っていた
喫茶の従業員なのだろう。僕よりは四~五歳は歳上に見える。
活動的なショートボブにキリリとした白いシャツがよく似合っていた。
健康的な頬の色も、快活そうな表情も、当たり前だが顔立ちも夢の中の彼女とはまるで違っている。
それでも僕には分った。
彼女だ。幾度も夢の中で逢瀬を重ねた君。
もしくは僕と同じように、かつて彼女であった人。
「千寿……」
確かめるようにかみしめながら呼びかけると、彼女は表情をクシャリと崩した。
歩み寄って手を差し伸べると、彼女もそっと握りしめてきた。
古の僕と今の僕の心をとらえて離さない、愛しい愛しい君が確かにここにいる。
泣き笑いの表情で、お互いに強く何度もうなづいた。
「ずっと、あなたに会いたかった……」
キュッと握りしめる力が強くなり、彼女はやわらかく微笑んだ。
現実の体温が手のひらから混じり合っていく。
ただそれだけで、ずっと欠けていた何かが埋まっていく気がした。
胸が詰まって話の切り出しかたすらわからない。
生まれ変わりかどうかなんてどうでもいいし、過去の僕たちになにが起こったかなんてもっとどうでもいいことだ。
だけど、今、この手を離したくないと強く感じている。
恋い焦がれた人を、やっと捕まえることができたのだから。
ここから僕たちの現実がはじまるのだ。
まずは、今の名前を告げるところから始めようか。
そう。わき上がるこの想いは君のため。
再会した僕たちを祝福するように、桜の花びらが踊り狂っていた。
【 おわり 】
桜での昭和後期・平成初期風味の転生モノをいくつか書いていてびっくりした。
今の流行りとは方向性が違うよね~
降りしきる桜の花びらの中で、長い黒髪がふわりと揺れた。
ぼんやりとにじむ月を見あげる後ろ姿を、僕はただ見つめることしかできない。
華奢な身にまとっているのは、僕の知っている着物とは少し違っている。
風をはらむのは淡い茜色の小袖で、腰の低い位置に帯を締めていた。
君は振り向かない。
だから、その表情はわからない。
だけど僕は泣いている気がして、その名前を呼ぼうとする。
声が喉の奥で張り付いた。
唇はわななくばかり。
呼ぶべき名前がわからない。
知っているはずの君の名前は、声にならないまま消える。
薄紅色のはかなさを、白い手がそっと受け止める。
季節外れね……と細い声が聞こえた気がした。
私みたいな狂い桜……と震える君の背中を、ただ見つめることしかできなかった。
僕自身なのに、今の僕ではない僕は、狂い舞う桜吹雪に溶けていく。
僕も、君も、いったい誰なんだろう?
僕は、君に会いたいと思う。
そんな懐かしさに震えながら、いつも目が覚める。
この不思議な夢がただの妄想なのか、過去の記憶なのかわからない。
ポツリポツリと浮かぶ記憶の断片みたいな夢はすべて無音で、サイレントの映画を見ているように現実味がない。
わかっている。
そもそも時代が違う。
彼女はただの夢だ。
現実であるはずがない。
理性の僕はそうささやくけれど、心をとらえて離さない。
それでも君を想う僕は、どこかおかしいのだろうか?
ある日。
図書館で花の写真を見ているうちに、パツンと記憶がはじけた。
狂い桜のある場所はここだ、と僕の中の誰かが教えてくれた。
山桜の巨木と連なる山影。
建物すらなかったその場所はすっかり姿を変えて、今は花の名所らしい。
町営で四季折々の花や遊歩道などの設備を管理しているみたいで、写真愛好家たちには人気があるようだ。
ネットで検索してみるとすぐにそれらしき場所がヒットして、心が知らず浮き立った。
数百年を経ても咲き続ける老桜と四季折々の花が楽しめるとあった。
春休みになった僕は、電車に乗った。
君を探したいと思ったから。
あの日の君には会えなくても、今の君に会える気がした。
とんだ幻想だけど、行かなくてはただの夢だと割り切れないほど、僕は彼女に夢中だった。
電車を乗り継いで訪れたその場所は、自然の多いのどかな場所だった。
今夜の宿にも困りそうだと思いながら、無人駅のパンフレットを手にゆっくりと歩く。
どうやら僕が目指している場所は、小山全体が自然公園として解放されているらしい。
まるで違うな。なんてつぶやきたくなる。
思わず僕は乾いた笑いになった。
記憶の中の場所は古き良き日本といった情景そのままだったけれど、足を踏み入れた公園は洋風庭園の匂いが濃い。
自然に見える樹木はツツジや桜や楓といった日本らしい物がメインだけれど、歩道にそって植えられた花や、途中にある花壇にあるのが英国風のガーデンなので、不思議な感覚に陥ってしまう。
よほど管理者の腕がいいのだろう。
調和がとりづらい組み合わせなのに、視覚的に違和感がないから僕の感覚を惑乱する。
夢の中の桜の印象が強すぎて、別世界に迷い込んだ気になってきた。
そう思ったらおかしくて、つい笑ってしまった。
別世界も、夢の世界も、どちらも現実ではないから、それほど変わらない。
遊歩道を登りきった場所は、英国風のガーデンが広がっていた。
色鮮やかな薔薇のアーチを抜けると、色とりどりの花々に囲まれたかわいらしい建物があった。
英国風のそこはそれなりに大きく、管理棟と休憩所を兼ねているのだろう。
メニューボードが表に飾られていて、喫茶店もやっているらしい。
これが本当に、夢で見た場所なのだろうか?
あまりの違和感に頭がクラクラした。
風が頬をなでていくから、誘われるように歩く。
なにかの史跡跡なら、ここまで人の手を加えられることはなかっただろう。
夢の中の彼女と僕にだけ、特別な場所だったのかもしれない。
建物の横を回り込み、裏手に出ると急に視界が開けた。
湧き上がる懐かしさで息が詰まる。
桜が咲いていた。
季節を無視した薄紅色の桜が狂い咲いていた。
ゴツゴツとした黒い巨大な幹からうねるように幾筋もの枝を伸ばし、視界いっぱいに爛漫と咲き乱れる桜は、ただひたすら美しかった。
ゆっくりと歩み寄って、桜の幹に手を触れてみる。
よくもまぁ数百年もの間、変わらず咲き続けたものよ。
僕の中にいる誰かが、そうささやいた気がした。
帰ってきた……その想いに強く魂を揺さぶられたとき。
「定兼殿……?」
背後から声をかけられた。
雷に打たれたような衝撃を受けて振り返る。
カフェ・エプロンをつけた女性が立っていた
喫茶の従業員なのだろう。僕よりは四~五歳は歳上に見える。
活動的なショートボブにキリリとした白いシャツがよく似合っていた。
健康的な頬の色も、快活そうな表情も、当たり前だが顔立ちも夢の中の彼女とはまるで違っている。
それでも僕には分った。
彼女だ。幾度も夢の中で逢瀬を重ねた君。
もしくは僕と同じように、かつて彼女であった人。
「千寿……」
確かめるようにかみしめながら呼びかけると、彼女は表情をクシャリと崩した。
歩み寄って手を差し伸べると、彼女もそっと握りしめてきた。
古の僕と今の僕の心をとらえて離さない、愛しい愛しい君が確かにここにいる。
泣き笑いの表情で、お互いに強く何度もうなづいた。
「ずっと、あなたに会いたかった……」
キュッと握りしめる力が強くなり、彼女はやわらかく微笑んだ。
現実の体温が手のひらから混じり合っていく。
ただそれだけで、ずっと欠けていた何かが埋まっていく気がした。
胸が詰まって話の切り出しかたすらわからない。
生まれ変わりかどうかなんてどうでもいいし、過去の僕たちになにが起こったかなんてもっとどうでもいいことだ。
だけど、今、この手を離したくないと強く感じている。
恋い焦がれた人を、やっと捕まえることができたのだから。
ここから僕たちの現実がはじまるのだ。
まずは、今の名前を告げるところから始めようか。
そう。わき上がるこの想いは君のため。
再会した僕たちを祝福するように、桜の花びらが踊り狂っていた。
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