Conductor

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conductor

3 孤独感

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 仁が久しぶりにこの家に泊まった。
 昨夜、仁は日付が変わる頃まで集中して勉強して、食べてすぐに寝ていた。今日は予定がないと言っていた。ゆっくりするのかと思ったら、早朝から仁に起こされた。僕と妻はそれぞれ午後から大学だ。……正直、もっと寝たかった。


 妻とは幼なじみだから知っていることだが、昔から寝付きもいいし、寝起きもよかった。しかし、結婚してからはすんなり起きることが出来なくなった。……無理もないか。

「ねえ、お腹すいた。何かつくってよ」

 仁が僕達に言った。

「僕が作るよ。かおりは寝かせておいて」 

「パパはママに甘いんだから……」

 妻の寝顔は、色っぽく見える。僕は仁をリビングに行くよう促した。トーストを焼き、スープを温めながら仁に話した。

「昔は厳しくしてたよ」

「そうなの?」

「ピアノだけな……同じ世界にいたかったし、音楽は妥協したくなかった。音楽だけでも繋がっていたかった」

「ふうん……」

「かおりには小さな頃から歌心があって、僕にはない才能を感じてた。僕じゃ教えきれなくなった時、僕の師匠……教授がレッスンしてくれるようになった。教授の厳しさはよく知ってるから……僕が優しくしないとかおりが潰れると思った。ただ、その教授は急に亡くなったんだ。結婚したのはそれからすぐだ。急なことで、僕達はお別れもできなかった。かおりにとって、身近な死は初めてだった。それから、しばらく……ピアノを弾かなくなった」

「それで?」

「『ママになりたい、男の子が欲しい』って、結婚する前からずっと言ってたんだ。どうやったら赤ちゃんができるかも判ってないのに、無邪気に僕に言うんだ。参ったよ。このヤバさ、判るだろ?」

「想像に難くない」

「すぐに授かって嬉しかった。毎年仁の誕生日に話して聞かせてきたが、本当に幸せだ。ただ、仁に寂しい思いもさせた。それは……すまないな」

 トーストとハムとチーズ、あり合わせの野菜の入ったコンソメスープをテーブルに出した。

「パパ……僕は……話してもいい?時間ある?」

「お昼までなら。足りる?」

「うん。……なんかさ、今は誠一がパパみたいで、パパがお兄ちゃんみたいに感じるんだ……すみません」

 仁はすまなそうに笑った。

「いや、いいよ。そうかもな」

「るり子はちょっと煩いけど、お母さんみたいだし、誠一はちょっと離れて見ててくれるみたいな……」

「あぁ、僕もそうだった。僕が父親らしくなくてすまないな。お父さんさ、いつもいないのに、何故か僕のこと知ってて、あんまり話さないのにいきなりドキッとすること言うんだよな……」

「うん、……誠一が……パパはママのことを守るのが使命だから、僕のこと、誠一もるり子も自分達を両親だと思ってくれって」

 僕は、仁にすまない気持ちでいっぱいだった。時折、考えたのだ。やはり、僕達はまだ若すぎたのだろうかと……。



「慎一さん……」


 妻が気がついたみたいだ。僕は妻の側に行って「まだ寝てて」と言ってキスをして頬を撫でた。妻はゆっくり開けた目をもう一度閉じて眠った。僕はそうっとリビングに戻った。


 仁は下を向いて、僕の方を見なかった。

「僕が、……のこと……から」

「え?仁、何?」

 よく聞こえなかった。

「ううん、僕には音楽があるから」


 何を言いかけたのだろうか。仁が話すのは珍しかったし、僕もいつでも話を聞けるわけではない。僕は少し焦った。


「僕が仁の兄なら、かおりのことは姉のように感じるか?」






 時間が止まったかのようだった。






 仁は、静かに答えた。 

「……大好きな……お兄ちゃんの彼女って感じ」

 僕は、リビングの椅子に座った仁を後ろから抱きしめた。何と言ったらいいかわからなかった。

「……そう思っててもいい?僕は、パパもママも、二人とも好きだ。誠一もるり子も好きだ」

 懇願するような問い。仁の顔は僕によく似ている。妻と同じサラサラとした細い髪質の仁の頭を、くしゃっとした。

「思うのは自由だ。いい子でいなくていいからな。もっと迷惑かけてくれて構わない」


 仁はほっとしたようだった。

「パパとママのこと、……もっと聞きたい」

「何を聞きたい?」

「ママのこと、いつから好き?」

「産まれる前……女の子としてなら産まれた時からだな。性別は産まれるまで判らなかったから、産まれた時に女の子って聞かされて、かわいくて……抱っこして離さなかった」

「……それは敵わないや」

「当たり前だ。かおりのお父さんに申し訳ないくらいだ」

「あぁ、お父さん、優しい人だね。ママのお母さんもママにそっくりだし」

「会ってる?」

「うん。悦子さん、怖がりなところもママとそっくり。いつでも来ていいよって、鍵もらってる。絵もよく見せてもらってる」

「そうか。悦子さんの絵、僕はすごく好きだ。悦子さんの絵、絵を描くという生活をお父さんが守っているから、僕もそういう男になりたいんだ。それで仁に寂しい想いをさせたから……悪かった」

「ううん。ママのお父さんも、ママのお母さんにすごく優しいんだ。誠一とるり子もそうだし、パパとママだって……。皆ずるいよ。僕は……まだ一人だ」


 孤独感か……。今は必要なことだ。


「僕だって、かおりに気持ちを伝えたのは大学を卒業する年だった。長かったよ。それまで気持ちは抑えていた。僕の両親もかおりの両親も、それを見守っていてくれた。その気持ちは全て音楽に乗せることができた。作りものじゃない感情は本物だ。本物が感動になる。僕の演奏が評価されたのもそれらのお陰だと、今は思う。……仁も、今の心情も孤独感も、全て芸術の肥やしにしてくれ。……冷めてしまったな……そろそろかおりを起こさなきゃ」


 今日はこのくらいか……。

 僕は席を立った。
















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