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槇 慎一

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19 僕の音、変わった?

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 発表会というものは晴れがましいイベントだ。
 僕の誕生日に年に一度の発表会をするのは、祝ってくれている証なのだろう。とても有り難いことだが、成長するにつれて「お手伝い」というよりスタッフとして「仕事」のようになった。まぁ、いい。いずれにしても、一日中かおりと一緒にいられる幸せな日、幸せな誕生日だった。

 本人にはまだ「かおちゃん」と呼んでいる。僕が密かに「かおり」と呼びたいだけだ。

 発表会の後、かおりを家に送っていった。

 僕が家に戻ると、毎年恒例のアレが始まった。三人でテーブルにつく。そして母親の言葉から始まる。
「あなた、慎一、発表会をさせてくれてありがとう。それに慎一、13歳のお誕生日おめでとう!私、あなたが産まれて、あなたがいてくれて、本当に幸せ。格好いい男の子になってね」

 今度は父親だ。
「るり子、男の子って……。もう中学生だ。慎一は高校生に見えるからな。酒とタバコの誘惑には気をつけろよ。見つかったら捕まるからな?ちょっと面倒なことになるからやめとけ?ま、女の心配はなさそうだが」

「いろいろとありがとう」
 僕は努めて冷静に答えた。



 これが僕の家の『お誕生日会』だ。特にプレゼント等はない。別にいらないけど。昔はお父さんとお母さんに代わる代わる抱きしめられたりして、僕が寝るまで終わらなくて、気がついたら朝とか……とっても嬉しかったんだけど、言われることがわかっているだけに、流石に恥ずかしい。いや、お父さんに言われることは毎度想像がつかない。……まだ何か言いたそうだ。

「あとは早く、かおりが大人になるといいのにな」
「そうですね」
 僕はおとなしく認めた。


「お!いい反応だな。まぁ、このくらいにしとくか。おぃ、ペンを落とすなよ?」

 バレてる……。
 お父さんはリビングを出ていった。

 お母さんと二人になった。








「美桜ちゃんだったかしら?」 

 僕は何も答えなかった。




 少し沈黙があった。




 僕はタケルから相談されて、発表会があると教えただけだ。今は特に美桜ちゃんのことを話したいわけではない。

「お母さん、聞きたいことがある」
「珍しいわね。なあに?」

「かおりの演奏はどうだった?」
「とても良かった。私から、何も言うことはないわ」

 お母さんの、生徒に対する最高のほめ言葉だった。お母さんは、僕にコンクールを勧めたことはない。じゃあ、かおりは?
「かおりを、コンクールに出していい?」

 お母さんは驚いて口を閉ざした。

 その反応を見たかった。

 いつもハキハキした母親が言葉を選んでいる。珍しい。
「ええと、かおりちゃんは、私の娘ではないから……藤原さんに、意向を聞いてみてもいいけれど、そういうことに関心がなさそうだし、こういう世界があることもわかっていないわ」

 なるほどね。

「今日の演奏が、一曲だけの自由曲のコンクールで、かおりちゃんを含む前後の学年となら、最高点がもらえると思うわ。でも、それが何だと言うの?一位をもらっても、かおりちゃんは点数をつけられることがわからないと思うわ。かおりちゃんの学校は奉仕の精神が何より大切で、比べないように競わせないように、全員を丁寧に育てる校風なの。運動会の徒競走くらいはあるけれど……」
「お母さんはコンクールには反対、か……」
「場合によるわ。音楽界でプロとしてやっていくなら、あった方がいいし、これからはあって当然になる。私の時代は……私の先生は、コンクールの入賞歴より大学院の首席を目指せって方針だったからそうしたけれど、多分それは私が女だからだわ。……長い目で見て、必要だったら私からも言うわ。慎一、あなたにはね」
「かおりには?」
「かおりちゃんは、少なくともまだ早いとしか言えないわ。あなたもよ」
「僕も?」

 驚いた。僕の何が……。

「あなたの長所でもあるけれど、コンクールとなれば欠点になる。直してほしいことではないから、言うつもりはないわ」
「わかった。ありがとう」


 長所と欠点は表裏一体をなす。
 僕の欠点……。自分のことを欠点がない人間だなんて思ったこともない。ただ、漠然と『いい奴』だとか『性格がいい』と言われる。

 何だろう……。

 ふと、今日の音楽大学の学生と受験生の女子の演奏を思い出した。全員似ている……同じ人が教えているんだから当然か。かおりは全く違う。僕が教えているからだろうか……。


 そういえばタケルが、僕の音が変わったと言った。教授に習ってからか……。

 現在の僕の師である教授を思い出した。 
 教授なら知っているのだろう。



 聞きたい。
 いや、それは自分で見つけなければ。


 どうすればいい……。

 どうすれば見つかる?



















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