Vibrato 

槇 慎一

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17 東京に求めていたもの

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 大学進学することよりも、東京の住所を持てたことが、何より嬉しかった。本当は別の道に進みたかったが、親に反対された。このままでいるつもりはないが、ここまでこれたのも親のお陰だ。


 東京の賃貸マンションは高かったが、国立大学に合格したからと、俺の希望の場所にしてくれた。


 入学式は一人で行った。サークルの勧誘がたくさんあって、あっという間に鞄がチラシでいっぱいになった。有名なサークルがあるらしく、それだけを気にしていた。


 知り合いなんていない。この大学はもちろん、東京に住んでいる知り合いすらいない。
 あ、一人だけいるけれど、どちらかというと俺が勝手にライバル視している奴だ。ライバル視しているのはこちらだけで、あちらは僕のことはライバルだなんて思っていない。悔しいが、尊敬しているし、羨ましい存在だ。同じ学年だし、俺が行きたかった大学の入学式に出席しているのだろう。……俺はまた鬱々とした気持ちになった。


 そんな時に差し出されたチラシが、俺の求めていたサークルのものだった。おそらく、これだろう。顔を上げた。チラシを持っていたのは、綺麗な女だった。

「ご興味がありましたら、是非いらしてください」

 それから、女は自分の鞄から小さな紙を取り出した。

「ご質問がありましたら、承ります」
 そう言って、電話番号の書かれたソレを僕に見せた。


 俺は、サークルのこと以外に心が動いてしまったのだろうか。あるかどうかもわからない、噂を聞いていただけだったサークルのチラシを手に入れたこと、綺麗な女がおそらく個人的に接してくれたことに、上手く返事をすることができなかった。


 しかし、俺はその二枚を受け取った。


 入学式はこれからなのに、今日のノルマを達成した気分だった。














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