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2 部屋に来てくれた先生
しおりを挟む先生からは、試験の範囲から毎週宿題を出された。各科目あるから、結構な量だった。それはつまり、私ができていないことがたくさんあるということだった。
私は子供の頃から宿題をやったことがない。学校の先生には怒られてばかりだった。それでもやらなかった。お伽噺が好きで、授業中でも空想ばかりしていた。お父さんもお母さんも、私に対していつも怒っていた気がする。私はどんなに怒られても全然気にしなかった。だから、学校の先生に怒られても、ちっとも気にしなかった。
そんな私が、慎二くん……先生からの宿題をやった。忘れないうちにやらなきゃと思えた。問題を見ると、答えはわからなかったけど、解き方が解った。えぇっと……、ゆっくり考えればできる筈。私は教えてもらったように順番に解いてみた。できた。できるってこういうことなんだ。わかるってこういうことなんだってわかった。わからないところは、教科書のどこに書いてあったかがわかるようになり、その都度調べて、考えて解いた。
私はそれからというもの、毎日宿題をやったし、重たく感じられるのが嫌だったから、次の約束の日まで先生に連絡しなかった。それは我慢が必要だった。
次の約束、次の授業の日、私は外見をかわいくするのに時間をかけるのをやめた。もう、私がどれだけ頭が悪いかもバレたし、ピアノの腕までバレたのだ。真面目にがんばろうと思ったら、必要以上に外見を取り繕うことはどうでもよくなった。
先生に、自分で解いた宿題を見せた。先生は、それを確認した。
「ちゃんと出来てるよ」
先生が認めてくれた。よかった。私はほっとした。できてると思ってできてなかったらどうしようかと思った。勉強に対してこんな思いをしたのも初めてだった。
安心したのもそこまでだった。
「これが基本だからね。今日は先に進むよ」
前回だって、私にはすごく大変だった。今日は、大変だったなんてもんじゃなかった。
どれだけ時間がかかったかわからない。どれだけ時間をかけてくれたのか、申し訳ない気持ちになった。本当は、大好きな先生とデートしたい気持ちもあったけど、もうそういう気持ちはどこかに行っていた。
ピアノを見てもらうために、私の部屋に来たけれど、その頃には、ピアノを弾く元気もなくなった。
外は暗くなっていて、もう夜だった。
「疲れたんだろ?今日は俺が弾こうか?」
先生がそう言って私に優しい眼差しをくれていた。
先生がピアノを弾いた。
本当に弾けるんだ?クラシックだった。私は驚いた。名前はわからないけど聴いたことのある、有名な曲だった。お父さんもお母さんもクラシックが好きだから、私もよく聴かされた。プロみたいに上手い……。私は、目の前で人が弾いているということ、それが先生であることに慣れない雰囲気ではあったけど、心が落ち着いていった。
黙ったまま、先生のことを見ていた。
「どうしたの?黙って」
先生が私に言った。
「慎二くんて、ピアノも上手くて素敵な人で、私と毎週勉強することになって、慎二くんの時間がなくなっちゃって、申し訳ないなって」
正直に答えた。
先生は、何も言わなかった。
「どうしたの?」
今度は私がそう言った。先生は何も言わなかった。
先生が私の方に来て、手で顎を持ってかれて……キスされた。私はもちろん抵抗しなかったし、そのまま受け入れた。こういうことしたいと思ってくれたんだ。先生もやっぱり男なんだって、嬉しさの中で妙に冷静だった。
今まで、私に近寄ってきた人は、つきあってすぐにそういうことをしたがる人ばかりだった。仲良くなるのは楽しいけれど、納得できない時にそこから逃げることは神経を使って大変だったことまで思い出した。だって、男の人には力じゃ敵わないことを知ってる。でも、この人なら大丈夫、先生ならいいなって思ってた。
先生の手が、ほんの少しだけ、胸にも触れているような……。気のせいじゃない。
私は、勉強のできない子から女の子扱いされたことが嬉しかった。先生の本当の彼女になれたような気がした。
「もっとしてもいい?」
先生が聞いてきた。私は何だか可笑しかった。こんなの久しぶりで、キスの後ってどんな顔するんだっけ、なんて考えていたのに。
「ううん」
私は下を向いて、それだけ答えた。もっとしてもいいですって言いたかったけど、先生には言わなかった。どうしてキスしたの?何がきっかけだったの?って聞いてみたかった。
「どうして?」
「いい子だなって」
そんな風に思ってくれたんだ。嬉しかった。
「私のこと嫌いじゃない?」
私はつい、言葉が欲しくて聞いた。
「好きだよ」
先生は、私が欲しい言葉をくれた。それから、
「もっとしちゃだめなの?」
もう一度聞いてきた。
どうしよう……本当はいやじゃないけど……私は立っていたピアノの側から後退りした。
せまいワンルームだし、ピアノからベッドまで、すぐだった。まるで、私がベッドに誘った形になった?
それから私は背中に、いつもの寝具の感触を、素肌で感じることになった。
覆い被さった男の子の肌も……。
それは、とても心地よかった。
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