4 / 12
第4話
しおりを挟む
「ぬし、ぬし! この“まち”というものを、妾も見てみたいのじゃ!」
朝食を終えるやいなや、玉藻は尻尾をぶんぶんと揺らしながら言った。
金の耳がぴょこぴょこ動き、興奮を隠しきれていない。
「……いや、お前、外出したら目立つだろ。耳と尻尾、どうすんだよ」
「ふむ……では、これでどうじゃ?」
玉藻は手をひらりと振り上げた。
ふわりと光が散り、狐耳と尻尾が一瞬にして消える。
「……うわ、マジで消えた」
「ふふん、妾を誰と思うておるのじゃ。かつて千年を生きた妖狐じゃぞ? このくらい造作もないのじゃ」
得意げな顔で腰に手を当てる玉藻。
だが次の瞬間、バランスを崩して尻もちをついた。
「……ぬし、妾の尻尾が……消えると座り心地が悪いのじゃ……」
「はいはい。行く前にもう一回練習な」
そんなドタバタを経て、二人は山を下りた。
街へ出るのは、久しぶりだった。
ビルの間を走る車、信号の音、人のざわめき。
俺にとっては日常の風景でも、玉藻にとってはまるで異世界のようだ。
「おおおっ!? 鉄の獣が人を乗せて走っておる!」
「それ、バス」
「ばす……? 神獣の名か?」
「乗り物だよ……」
「のりもの……? ふむ、では妾もこの“ばす”とやらに乗ってみたいのじゃ!」
言うが早いか、玉藻は走り出した。
そのまま信号を無視して飛び出そうとするのを、慌てて腕を掴む。
「危ないっ! 信号が青になるまで渡っちゃダメだ!」
「し、信号? 色で命の許しが決まるとは……! 人の世は厳しいのじゃ……!」
「……なんか違うけど、まあいいや」
商店街に入ると、玉藻はさらにテンションが上がった。
屋台の匂い、アニメのポスター、ショーウィンドウに並ぶ服。
すべてが珍しいようで、いちいち立ち止まっては目を輝かせる。
「ぬし、この菓子は何じゃ!? “たい焼き”と書いてあるぞ! 魚を焼いたのか!?」
「見た目だけ。中はあんこ」
「なんと甘い魚とは……! 人間、やるのぅ……!」
玉藻はたい焼きを両手で持ち、もぐもぐと幸せそうに頬張った。
尻尾こそ見えないが、その背中からは“嬉しさ”が溢れていた。
「どうじゃぬし、人の世も悪くないのぅ!」
「ああ。お前が楽しそうなら、それでいいさ」
「ふふ……ぬし、優しいのぅ。妾、ぬしのような人間に出会えて……良かったのじゃ」
その一言が、妙に胸に残った。
笑ってごまかすつもりだったのに、言葉が喉で止まる。
——封印の夢で見た“孤独な神”。
その面影が、一瞬だけ玉藻の瞳に重なって見えた。
「……行こう。次は本屋でも寄ってみるか?」
「ほんや? それは、知の宝庫じゃな!」
玉藻はまた元気を取り戻し、俺の腕を掴んで歩き出した。
柔らかな手の感触と、金色の髪が陽光に揺れる。
人混みの中で、彼女だけが少しだけ——光って見えた。
朝食を終えるやいなや、玉藻は尻尾をぶんぶんと揺らしながら言った。
金の耳がぴょこぴょこ動き、興奮を隠しきれていない。
「……いや、お前、外出したら目立つだろ。耳と尻尾、どうすんだよ」
「ふむ……では、これでどうじゃ?」
玉藻は手をひらりと振り上げた。
ふわりと光が散り、狐耳と尻尾が一瞬にして消える。
「……うわ、マジで消えた」
「ふふん、妾を誰と思うておるのじゃ。かつて千年を生きた妖狐じゃぞ? このくらい造作もないのじゃ」
得意げな顔で腰に手を当てる玉藻。
だが次の瞬間、バランスを崩して尻もちをついた。
「……ぬし、妾の尻尾が……消えると座り心地が悪いのじゃ……」
「はいはい。行く前にもう一回練習な」
そんなドタバタを経て、二人は山を下りた。
街へ出るのは、久しぶりだった。
ビルの間を走る車、信号の音、人のざわめき。
俺にとっては日常の風景でも、玉藻にとってはまるで異世界のようだ。
「おおおっ!? 鉄の獣が人を乗せて走っておる!」
「それ、バス」
「ばす……? 神獣の名か?」
「乗り物だよ……」
「のりもの……? ふむ、では妾もこの“ばす”とやらに乗ってみたいのじゃ!」
言うが早いか、玉藻は走り出した。
そのまま信号を無視して飛び出そうとするのを、慌てて腕を掴む。
「危ないっ! 信号が青になるまで渡っちゃダメだ!」
「し、信号? 色で命の許しが決まるとは……! 人の世は厳しいのじゃ……!」
「……なんか違うけど、まあいいや」
商店街に入ると、玉藻はさらにテンションが上がった。
屋台の匂い、アニメのポスター、ショーウィンドウに並ぶ服。
すべてが珍しいようで、いちいち立ち止まっては目を輝かせる。
「ぬし、この菓子は何じゃ!? “たい焼き”と書いてあるぞ! 魚を焼いたのか!?」
「見た目だけ。中はあんこ」
「なんと甘い魚とは……! 人間、やるのぅ……!」
玉藻はたい焼きを両手で持ち、もぐもぐと幸せそうに頬張った。
尻尾こそ見えないが、その背中からは“嬉しさ”が溢れていた。
「どうじゃぬし、人の世も悪くないのぅ!」
「ああ。お前が楽しそうなら、それでいいさ」
「ふふ……ぬし、優しいのぅ。妾、ぬしのような人間に出会えて……良かったのじゃ」
その一言が、妙に胸に残った。
笑ってごまかすつもりだったのに、言葉が喉で止まる。
——封印の夢で見た“孤独な神”。
その面影が、一瞬だけ玉藻の瞳に重なって見えた。
「……行こう。次は本屋でも寄ってみるか?」
「ほんや? それは、知の宝庫じゃな!」
玉藻はまた元気を取り戻し、俺の腕を掴んで歩き出した。
柔らかな手の感触と、金色の髪が陽光に揺れる。
人混みの中で、彼女だけが少しだけ——光って見えた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる