10 / 12
10話
しおりを挟む
森の夜は、いつになく冷たかった。
虫の声も鳴りを潜め、風すら息を潜めている。
まるで世界が何かを“待っている”ような、そんな静けさだった。
神社の裏手——祠の跡地に立つと、
そこだけ空気がわずかに重い。
かつて玉藻が封印されていた場所だ。
悠真は懐中電灯を照らしながら、崩れた石段を見下ろす。
雨のあとで土は湿り、冷気が足元から這い上がってくる。
「……ここから、すべてが始まったんだな」
その呟きに、背後から静かな声が返る。
「ぬし、また此処に来たのかえ?」
玉藻が、いつもの浴衣姿で立っていた。
金の耳がぴくりと動き、月光を受けて淡く輝いている。
「ぬしの中の光が、妙に騒がしいのじゃ。
まるで“何か”が呼応しておるように見える」
「……呼応?」
「契りの影響じゃろう。妾とぬしの魂を結んだあの夜から、
この地の“気”がざわついておるのじゃ」
玉藻が小さく息を吐き、空を見上げた。
その瞬間——風が吹き抜ける。
森がざわめき、空の色が一瞬だけ歪んだ。
まるで夜空の奥から、誰かが覗いているかのように。
「ぬし、後ろ!」
玉藻の叫びと同時に、黒い影が地面から立ち上がった。
闇が凝固したような姿。
細長い耳、しなやかな尻尾——だが、その色は夜そのもの。
黒狐——。
瞳は深紅に輝き、悠真を真っ直ぐに見つめている。
その存在は、言葉を持たぬまま、ただ息を吐いた。
「……ぬし、後ずさるでない」
玉藻の声が震えていた。
「そやつは、“妾の影”なのじゃ」
「影?」
「封印の際、妾の怨念と力の一部が切り離された存在。
本来は消えるはずじゃったが……契りの光に呼ばれ、
再びこの世に顕現したのじゃろう」
黒狐はゆっくりと歩み出す。
その足跡のたびに地面が黒く染まり、空気が冷たく震える。
玉藻が一歩前に出る。
その瞳には、怒りでも恐れでもなく、どこか悲しみが宿っていた。
「もうやめるのじゃ。
おぬしも妾の一部ならば、これ以上の憎しみに囚われるな」
黒狐は答えない。
ただ低く唸り、赤い光を灯す。
その光が一瞬にして広がり、周囲の樹木がざわめいた。
まるで夜そのものが形を持ったように、闇が渦を巻く。
「——玉藻、危ない!」
悠真がとっさに彼女を抱き寄せた瞬間、
黒い奔流が二人を包み込む。
視界が闇に塗りつぶされ、耳鳴りが響く。
それでも、玉藻の声がかすかに聞こえた。
「ぬし……離れるでない……! 妾を信じるのじゃ……!」
その声を最後に、すべてが暗転した。
次に目を開けたとき、
悠真はどこか異世界のような場所に立っていた。
空は紅黒く染まり、地平は炎のように揺れている。
遠くには、九つの影が渦巻きながら、こちらを見つめていた。
玉藻の声が、どこか遠くから響いた。
「ぬし——妾の“真実”を見よ。
そして、選ぶのじゃ。人か、妖か……」
風が吹き荒れ、九つの尾が夜空を裂く。
黒と金が交わり、世界が裂けていく。
悠真はその光の中心で、ただ一つの名を叫んだ。
「玉藻っ——!」
その声が届いた瞬間、闇の中に光が走った。
そして——物語は、次なる扉を開いた。
虫の声も鳴りを潜め、風すら息を潜めている。
まるで世界が何かを“待っている”ような、そんな静けさだった。
神社の裏手——祠の跡地に立つと、
そこだけ空気がわずかに重い。
かつて玉藻が封印されていた場所だ。
悠真は懐中電灯を照らしながら、崩れた石段を見下ろす。
雨のあとで土は湿り、冷気が足元から這い上がってくる。
「……ここから、すべてが始まったんだな」
その呟きに、背後から静かな声が返る。
「ぬし、また此処に来たのかえ?」
玉藻が、いつもの浴衣姿で立っていた。
金の耳がぴくりと動き、月光を受けて淡く輝いている。
「ぬしの中の光が、妙に騒がしいのじゃ。
まるで“何か”が呼応しておるように見える」
「……呼応?」
「契りの影響じゃろう。妾とぬしの魂を結んだあの夜から、
この地の“気”がざわついておるのじゃ」
玉藻が小さく息を吐き、空を見上げた。
その瞬間——風が吹き抜ける。
森がざわめき、空の色が一瞬だけ歪んだ。
まるで夜空の奥から、誰かが覗いているかのように。
「ぬし、後ろ!」
玉藻の叫びと同時に、黒い影が地面から立ち上がった。
闇が凝固したような姿。
細長い耳、しなやかな尻尾——だが、その色は夜そのもの。
黒狐——。
瞳は深紅に輝き、悠真を真っ直ぐに見つめている。
その存在は、言葉を持たぬまま、ただ息を吐いた。
「……ぬし、後ずさるでない」
玉藻の声が震えていた。
「そやつは、“妾の影”なのじゃ」
「影?」
「封印の際、妾の怨念と力の一部が切り離された存在。
本来は消えるはずじゃったが……契りの光に呼ばれ、
再びこの世に顕現したのじゃろう」
黒狐はゆっくりと歩み出す。
その足跡のたびに地面が黒く染まり、空気が冷たく震える。
玉藻が一歩前に出る。
その瞳には、怒りでも恐れでもなく、どこか悲しみが宿っていた。
「もうやめるのじゃ。
おぬしも妾の一部ならば、これ以上の憎しみに囚われるな」
黒狐は答えない。
ただ低く唸り、赤い光を灯す。
その光が一瞬にして広がり、周囲の樹木がざわめいた。
まるで夜そのものが形を持ったように、闇が渦を巻く。
「——玉藻、危ない!」
悠真がとっさに彼女を抱き寄せた瞬間、
黒い奔流が二人を包み込む。
視界が闇に塗りつぶされ、耳鳴りが響く。
それでも、玉藻の声がかすかに聞こえた。
「ぬし……離れるでない……! 妾を信じるのじゃ……!」
その声を最後に、すべてが暗転した。
次に目を開けたとき、
悠真はどこか異世界のような場所に立っていた。
空は紅黒く染まり、地平は炎のように揺れている。
遠くには、九つの影が渦巻きながら、こちらを見つめていた。
玉藻の声が、どこか遠くから響いた。
「ぬし——妾の“真実”を見よ。
そして、選ぶのじゃ。人か、妖か……」
風が吹き荒れ、九つの尾が夜空を裂く。
黒と金が交わり、世界が裂けていく。
悠真はその光の中心で、ただ一つの名を叫んだ。
「玉藻っ——!」
その声が届いた瞬間、闇の中に光が走った。
そして——物語は、次なる扉を開いた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる