私が猫又な旦那様の花嫁?~前世の夫婦といわれても記憶がないので、あやかしの血族向け家政婦はじめます~

千早 朔

文字の大きさ
50 / 51

あやかしの密談

しおりを挟む
 夜も深まり、静寂に満ちた庭園。
 勝手知ったる小道を通り抜け、暗闇に溶け込む離れに近づく。

 あやかしであるこの身に、灯りなど必要ない。
 相手が人間だったのなら、俺の存在など微塵も気付かないだろう。けれど生憎この邸宅に人間はひとりしか存在しない。
 案の定、黒に沈んだ玄関口からぬらりと影が現れた。

「……こんな時間に何の用だ」

 寝巻の浴衣に羽織をひっかけ、不機嫌を隠すことなく腕を組んで玄関から出てきた白い男。
 既に就寝していたのだろう、髪に僅かながら癖がついている。

 想定していた通りの出迎えに、「俺なりに気を遣ってやったんだが」と鼻を鳴らせば、「……そうかよ」と頭を掻いた。
 あの人間に聞かれたくない話だと、気が付いたのだろう。

「で、主題は」

 端的に問う赤い瞳は、他を従える者のそれだ。
 あの人間はこの男を"優しい"などとのたまうが、それは己に限った話だと、いったいいつ気付くのか。

「監視につかせていた小鬼たちから連絡があった。件の男、探偵を雇ったようだ」

「……まだ諦めてなかったのか」

「目くらましの結界を張っているとはいえ、外との繋がりを完全に絶たせているわけでない以上、ここが伝わるのも時間の問題だろう。その上で、仕掛けてくるかはわらないがな」

「わかった。目を離さないでおく。……面倒なのが増えちまったしな」

「冴羽玄影、か」

 男の眉が不快に跳ねた。
 俺は気付かないふりをして、

「大旦那様の命だからな、調べはするが……。人間か?」

「そのはずだ。アイツから妖気は感じなかったからな。だが……あやかしを、知っている」

「生まれつき"気づきやすい"人間もいるだろう」

「……そうだな」

 巡らせるその思考には、いくつもの懸念が渦巻いているのだろう。
 俺はそれを告げられた時に考慮してやればいい。それが、俺とコイツの線引き。
 俺はわざとため息をつき、

「それにしても、あの人間はどうやら厄介者を引き寄せる才があるようだな。まったく、仕事を増やしてくれる」

「茉優のせいじゃない」

 非難する強い口調。俺ははっと笑い飛ばし、

「俺からすれば結果は同じだ。この調子だと、いずれもっと大きな厄介事を引きこんでくるのが目に見える。本人だけは何も知らず大事に守られ、呑気に夢の中か。お気楽なものだな」

「朱角」

 低い、咎める声に言葉を切る。
 俺を見据えるのは赤い瞳。うっすらと光を帯びているのは、興奮しているからだ。
 腹を立てているのだろう。

(本当に、あの人間を愛しているんだな)

 だからこそ。
 俺はその目を、侮蔑を込めて見返す。

「大切だとのたまうくせに、よくもまあこんなにも非道な真似が出来るな。あやかしと人間の婚姻がどれほどの苦悩を伴うか、お前だって忘れたわけではないだろう」

 揶揄したのはかつてここの主だった、大旦那様の奥方様。
 あやかしの存在が希薄になってしまった現代において、その存在を認知し受けいれる人間というのは、それだけで希少価値が高い。
 つまるところ、狙われやすくなるのだ。特に女は。

 だからこの離れが作られた。元々病気がちだったこともあり、少しでも静かで穏やかな日々を一緒に過ごすためにと大旦那様は言っていた。
 俺達も言葉を尽くし、態度でも示していた。
 これは俺達あやかしの問題で、奥方様がここにいてくれるのは、俺達にとっての幸福なのだと。

 けれども奥方様は結局最期まで、"迷惑をかけてしまった"と責任を感じていた。
 幸せそうな笑顔の裏に隠していたのだ。

 寿命も違う、価値観も違う。
 それでも奥方様がこの地にとどまり生涯を終えたのは、大旦那様を愛していたからだ。

 そもそもが、違うのだ。
 奥方様と大旦那様は初めから互いに惹かれ合っていて、それなりの時間をかけて互いを理解し、それでも一緒になりたいと告げたのは奥方様だった。

 大旦那様はちゃんと一線を引いたところで待ち、決定は奥方様に委ねていた。
 愛しているからこそ、欲を押し込んでいたのだろう。奥方様の幸せのために。
 なのに、だ。

「全てを奪って囲い込み、己の容姿を承知したうえで、愛を囁いているのだろう。前世で夫婦だったと、嘘までついて」

「嘘じゃねえ。"マオ"と"ねね"はたしかに夫婦の契りを交わした」

「夜更けに二人で密かに指切りをしただけだろう。おまけにそれっきりで、翌朝には死に別れたというのなら、夫婦と呼べることなど一つもしていないじゃないか」

「契りは結んだんだ」

 赤い瞳が、ますます鋭利な光を帯びる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の星詠み妃 平安の呪われた姫と宿命の東宮

鈴木しぐれ
キャラ文芸
旧題:星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~ 【書籍化します!!4/7出荷予定】平安の世、目の中に未来で起こる凶兆が視えてしまう、『星詠み』の力を持つ、藤原宵子(しょうこ)。その呪いと呼ばれる力のせいで家族や侍女たちからも見放されていた。 ある日、急きょ東宮に入内することが決まる。東宮は入内した姫をことごとく追い返す、冷酷な人だという。厄介払いも兼ねて、宵子は東宮のもとへ送り込まれた。とある、理不尽な命令を抱えて……。 でも、実際に会った東宮は、冷酷な人ではなく、まるで太陽のような人だった。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

処理中です...