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1.思いがけないルームシェア
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*
「紗和、新しい仕事と住む場所が決まったぞ」
お兄ちゃんが仕事から帰ってくるなりそう言ってきたのは、北海道への異動の話を聞かされた三日後のことだった。
「本当!?」
コンビニのバイトから帰って夕食の準備をしていた私は、思わずその手を止めてお兄ちゃんのところに駆け寄った。
ツテがあるみたいなことを言っていたけれど、まさかこんなにすぐ決まるなんて……!
私がいくら頑張っても全然仕事なんて見つからなかったというのに、早すぎやしないだろうか。
「ありがとう、お兄ちゃん! しかも住むところまで見つけてくるなんて、本当にすごいよ」
「俺はすごくないから。実は、俺の親友がこの近くの会社の副社長をやってて、ちょっと掛け合ってみたんだ」
「副社長!? お兄ちゃんにそんなすごい友達なんていたっけ?」
「まぁ紗和は知らなくても無理ない。藤崎製菓って知ってる?」
「あ、知ってる!」
藤崎製菓といえば、日本を代表する大手のお菓子メーカーだ。
私が今日コンビニの店長から差し入れでもらったお菓子も、確かそこのビスケットだったはず。
私自身も好きな銘柄が多く、落ち込んだときとかはよくそのお菓子を食べては元気をもらっている。
まさか、そんな有名な会社で働かせてもらえるっていうのだろうか。
「そこで来月から紗和のことを採用してくれるって。一応、形だけでも面接するって」
信じられないような気持ちでいる私に、お兄ちゃんはそう言ってビジネスバッグから一枚の紙を取り出して、こちらに手渡してくる。
「住むところも、その副社長が提供してくれるらしい。良かったな、紗和」
「う、うん……」
本当に信じられない。
こんなにトントン拍子に話が進んでしまって、大丈夫なのだろうか?
形だけの面接をするとは言っても、お兄ちゃんの口ぶりだとほぼそこに採用してもらえるってことなんだよね!?
しかもお兄ちゃんと仲が良いからというだけで、見ず知らずの私の採用を決めて、住むところまで提供してくれるだなんて、どれだけその副社長さんはいい人なのだろう?
でも、お兄ちゃんのことを信用してるからこその待遇なのだろう。
その信用を裏切ることのないような仕事が私にできるのかと思うと不安にもなる。けれどせっかくいただいた仕事、頑張らなきゃ。
*
藤崎製菓の面接は、その翌週に本社ビルで行われた。
形だけとは聞いてても緊張しないわけがない。これまで散々再就職の試験で落とされ続けてきたのだから。
もし副社長に会えるのなら、そのときに直接お礼を言いたかった。けれど、副社長にはお会いできなかった。
副社長っていうくらいだし、きっと忙しいのだろう。
正式にここで働きはじめることになったらそのうちお会いする機会もあるだろうし、そのときはちゃんとお礼を言いたい……!
今まで続けていたバイトは、急な申し出にも関わらず私の退職を快く受け入れてもらえた。
むしろ私が就職活動をしながら働いていることを知っていた店長さんは、泣いて喜んでくれたくらいだ。
バイトとはいえ、人間関係に恵まれてたんだと思った。
それからの日々は、お兄ちゃんとともに荷物の整理に追われることになった。
何せ、残り半月でここを引き払わないといけないのだから。
自分のものはすぐに片付いたものの、主にここに何年も住んでいたお兄ちゃんの物を片付けるのに苦労した。
このときばかりは、私がお兄ちゃんのところに居座ってて良かったのかなと思えた。
たくさん北海道に送るものがあるお兄ちゃんに対して、私の私物は大きめの段ボール四箱ほどに収まった。
これだけ私物が少ないのは、私はここに来るときに一人暮らしのときに使っていた家具類は売ってしまっていたし、衣類も必要最低限に留めていたから。
お兄ちゃんの荷造りを手伝ったお礼と称して、お兄ちゃんは私の荷物を新居に送ってくれた。
新居には私の初出勤の日から入居という形になっているから、私はまだその場所を見ていない。
お兄ちゃんの話では、藤崎製菓まで徒歩で通えるくらいに近いらしい。
私の初出勤の日は、お兄ちゃんがこのマンションを引き払う日。
緊張と不安に包まれる中、その日を迎えた。
「紗和、新しい仕事と住む場所が決まったぞ」
お兄ちゃんが仕事から帰ってくるなりそう言ってきたのは、北海道への異動の話を聞かされた三日後のことだった。
「本当!?」
コンビニのバイトから帰って夕食の準備をしていた私は、思わずその手を止めてお兄ちゃんのところに駆け寄った。
ツテがあるみたいなことを言っていたけれど、まさかこんなにすぐ決まるなんて……!
私がいくら頑張っても全然仕事なんて見つからなかったというのに、早すぎやしないだろうか。
「ありがとう、お兄ちゃん! しかも住むところまで見つけてくるなんて、本当にすごいよ」
「俺はすごくないから。実は、俺の親友がこの近くの会社の副社長をやってて、ちょっと掛け合ってみたんだ」
「副社長!? お兄ちゃんにそんなすごい友達なんていたっけ?」
「まぁ紗和は知らなくても無理ない。藤崎製菓って知ってる?」
「あ、知ってる!」
藤崎製菓といえば、日本を代表する大手のお菓子メーカーだ。
私が今日コンビニの店長から差し入れでもらったお菓子も、確かそこのビスケットだったはず。
私自身も好きな銘柄が多く、落ち込んだときとかはよくそのお菓子を食べては元気をもらっている。
まさか、そんな有名な会社で働かせてもらえるっていうのだろうか。
「そこで来月から紗和のことを採用してくれるって。一応、形だけでも面接するって」
信じられないような気持ちでいる私に、お兄ちゃんはそう言ってビジネスバッグから一枚の紙を取り出して、こちらに手渡してくる。
「住むところも、その副社長が提供してくれるらしい。良かったな、紗和」
「う、うん……」
本当に信じられない。
こんなにトントン拍子に話が進んでしまって、大丈夫なのだろうか?
形だけの面接をするとは言っても、お兄ちゃんの口ぶりだとほぼそこに採用してもらえるってことなんだよね!?
しかもお兄ちゃんと仲が良いからというだけで、見ず知らずの私の採用を決めて、住むところまで提供してくれるだなんて、どれだけその副社長さんはいい人なのだろう?
でも、お兄ちゃんのことを信用してるからこその待遇なのだろう。
その信用を裏切ることのないような仕事が私にできるのかと思うと不安にもなる。けれどせっかくいただいた仕事、頑張らなきゃ。
*
藤崎製菓の面接は、その翌週に本社ビルで行われた。
形だけとは聞いてても緊張しないわけがない。これまで散々再就職の試験で落とされ続けてきたのだから。
もし副社長に会えるのなら、そのときに直接お礼を言いたかった。けれど、副社長にはお会いできなかった。
副社長っていうくらいだし、きっと忙しいのだろう。
正式にここで働きはじめることになったらそのうちお会いする機会もあるだろうし、そのときはちゃんとお礼を言いたい……!
今まで続けていたバイトは、急な申し出にも関わらず私の退職を快く受け入れてもらえた。
むしろ私が就職活動をしながら働いていることを知っていた店長さんは、泣いて喜んでくれたくらいだ。
バイトとはいえ、人間関係に恵まれてたんだと思った。
それからの日々は、お兄ちゃんとともに荷物の整理に追われることになった。
何せ、残り半月でここを引き払わないといけないのだから。
自分のものはすぐに片付いたものの、主にここに何年も住んでいたお兄ちゃんの物を片付けるのに苦労した。
このときばかりは、私がお兄ちゃんのところに居座ってて良かったのかなと思えた。
たくさん北海道に送るものがあるお兄ちゃんに対して、私の私物は大きめの段ボール四箱ほどに収まった。
これだけ私物が少ないのは、私はここに来るときに一人暮らしのときに使っていた家具類は売ってしまっていたし、衣類も必要最低限に留めていたから。
お兄ちゃんの荷造りを手伝ったお礼と称して、お兄ちゃんは私の荷物を新居に送ってくれた。
新居には私の初出勤の日から入居という形になっているから、私はまだその場所を見ていない。
お兄ちゃんの話では、藤崎製菓まで徒歩で通えるくらいに近いらしい。
私の初出勤の日は、お兄ちゃんがこのマンションを引き払う日。
緊張と不安に包まれる中、その日を迎えた。
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