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*第4章*

新しい関係(2)

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「あのさ、未夢……」


 だけど、健はそんな私に語りかけるように口を開いた。


「俺、未夢たちに何があったか知ってるから」

「え……っ」

「未夢と和人と真理恵と、ちょっと揉めてるんだろ? 真理恵から聞いたんだ、全部」


 健を見上げると夕陽を反射した健の瞳はどこか悲しげに揺れていて、ドクンと胸が鈍い音を立てる。


「苦しかったね、一人で責任感じて悩んでたんでしょ? 辛かったね」

「健は、怒ってないの? その……」


 健と真理恵が、いつあの日のことを話したのかはわからない。

 だけど、真理恵から全部話を聞いたというのは、和人と一緒にいたこと、手を繋いでたことも含まれているんだよね?

 真理恵のことも、あんな風に泣かせてしまったということだってそうだ。


 私と和人が手を繋ぐ。

 今の私たちにとっては、真理恵があれほどまでに怒ることなんだ。

 きっと、健だって怒ってるに違いない。

 それなのに、健は首を横にふって優しい口調で私に告げた。


「怒ってないよ」 


 思わず聞こえた言葉に、耳を疑ってしまった。


「未夢が和人と一緒にいて、手を繋いで、いい雰囲気だったことでしょ? 別に怒ってないよ」


 いい雰囲気だった、って……。

 やっぱり真理恵にはそう見えたんだ。

 真理恵から話を聞いたということは、きっと真理恵が健にそう説明したのだろう。


「ごめんね。和人とはそんなんじゃなくて……」

「いいよ、俺には遠慮しなくて。良かったじゃん」


 良かった? 何が?

 何のことを言われているのかわからなくて、思わず健の目を見て目をしばたたかせる。


「だって未夢は、本当は和人のことが好きなんだろ?」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 いや、わからなかったというより、信じたくなかったんだと思う。


 私が和人のことを好きだったことも、健と付き合っていながらその気持ちを手放せずにいたことも、健は知らないはずだ。

 それに、私は以前、健には和人のことは好きじゃないと伝えている。

 なのに、どうして健の中で私は和人のことを好きなことになっているのだろう。


「あ、何でって顔してる。大丈夫、最初から未夢の気持ちに気づいてて、無理やり未夢の彼氏になったんだから」

「どういうこと……?」


 本当なら和人への想いを否定するべき場所なのに、健の意図することがつかめなくて、そう聞き返していた。

 本当に初めから私の気持ちをわかっていたのなら、どうして健は私と付き合っていたのだろう?


「未夢のことが、本当に好きだったからだよ。和人が真理恵と付き合いはじめたのを見て落ち込む未夢を見て、俺と付き合うことで和人のことを忘れさせてたいって思ったんだ。あわよくば、俺のことも男として好きになってくれたらなっていう気持ちもゼロじゃなかったし」


 そういえば、付き合いはじめる頃、健が言っていた。

 私の悩んでることも、忘れさせてやる、って。

 そのとき健は、私が悩んでることまではわからないって言っていたけれど、本当は全部わかってて、私と付き合ってたっていうことなのだろうか。


「そんな……っ」

「弱ってる未夢につけこんで、騙してるみたいなことしてごめんな」

「そんなことない! ごめんね、健、ごめんなさい……!」


 健が謝ることなんて何もない。

 散々健の優しさに甘えた挙げ句、結局健の気持ちを踏みにじって、裏切るようなことをした私が一番悪いんだ。

 必死で隠してた本当の気持ちも健には知られていただなんて、きっとこれまで抱えていた健の苦しみは、私以上のものだったに違いない。


 本当に泣きたいのは健のはずなのに、私の目から涙があふれ出る。


「私、健のことを傷つけてばかり……」

「いいよ、それも覚悟の上で付き合ってたから。俺こそ、カッコつけて俺のことを好きにさせてみせるとか言っときながら、結局和人に勝てないとか、笑っちゃうよな」


 アッハハと大げさに笑う健は、まるで傷ついた顔を隠しているかのようで、見ていて辛くなる。


「未夢のことも幸せにできなくてごめんな。なんだか未夢見てると、俺のことを好きになろうと努力してるのは伝わってくるんだけど、それに苦しんでるように見えてさ」

「そんなこと、……」

「そんなことあるだろ? だってほら、未夢、泣いてんじゃん」

「……っ」


 確かに泣いてるけど、これは健に対する罪悪感からきてるもので、決して健が悪いわけじゃない。

 必死に首を横にブンブン振るけれど、それさえ私の頭に添えられた健の手により止められてしまう。


「だから無理しなくていいって。和人への気持ちを忘れられない上に、俺と付き合うことで俺に対して悪いと思う気持ちもプラスされて、毎日一人で苦しんでたんじゃねーの?」


 どんなに私が取り繕ったところで、健には何でもお見通しなのだろう。

 それだけ私のことを良く見てくれていたということなんだろうけど、申し訳なさすぎて、次から次へと涙があふれでる。
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