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第1章
胸のドキドキと現実 (3)
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*
柳澤くんと過ごすようになって、一週間が経つ。
この日も塾の帰り道、いつもの花束の並ぶ交差点で手を合わせていた。
腕時計は夜10時を指しているだけあって、ヘッドライトの光がまばらに交錯している。
この一週間、やっぱり私は変だった。
柳澤くんといると胸がドキドキして、彼のことばかり考えて頭から離れてくれない。
ダメだと思っているのに、浮わついた気持ちを止めることも柳澤くんの存在が大きくなっていくことを止めることもできなかった。
私は、柳澤くんのことを好きになってしまったのだろうか。
この場所に来る度に、現実を見て自分を責める。
本来、私にはそんな浮かれた恋なんてする資格ないのだから──。
家に着くと、仏頂面のお父さんが私に向かってズンと片手を差し出してきた。
「そろそろこの前の学力テストの結果が返ってきたんじゃないか?」
「え……」
何でもう知っているの?
確かに今日は、この前の学力テストの結果を返された。
どこからの情報網なのか、昔からお父さんはこの手に関する勘は鋭い。
私は仕方なしに、今日返されたばかりの先日の学力テストの結果をお父さんに渡す。
「……なんだ、この成績は」
この前受けた学力テストは、手応えを感じられなかったとはいえ、客観的に見たら決して悪い成績ではなかった。
だけど、やっぱりお父さんの期待に添うことはできなかったらしい……。
「もう高校二年生なんだから、来年は受験生なんだぞ? こんな成績で、トップクラスの大学に行けると思ってるのか?」
最近は、お父さんとは顔を合わせる度にこの会話だ。
高校受験のときもトップクラスの高校と言われ続けて、お父さんの望む県立トップの今の高校に入学したっていうのに。
高校に入学したら、次に言われたのはトップクラスの大学、だ。
そもそもトップクラスの大学ってどのレベルからを言うのだろう?
大学と一言で言っても、同じ大学内でも目指す学部によって大きくレベルにも差があるというのに。
特に目指しているものがない私は、お父さんの言う通り高みを目指して頑張っているけれど、最近は少し自分の能力の限界を感じていた。
「ご、ごめんなさい……」
だって、お母さんに任された家事や奈穂の世話をしながらも、隙間時間を縫うように、残りの時間は可能な限り勉強に費やしている。
こんなに頑張ってもまだ足りないだなんて、私は一体これ以上何を頑張ればいいのだろう?
今まで通り頑張っても思うように成績が振るわないと、そんな疑問さえ抱いてしまう。
こんなんじゃダメだって、わかっているのに……。
「ったく、こんなんじゃ、自分を犠牲にしてまで花梨のことを守ってくれた彼にも悪いだろう? せめてもの恩返しに、彼の分もしっかり勉強して真面目に生きたいって花梨が言うから、塾にだって通わせてやってるのに、トップクラスの大学に行けないでどうするんだ」
もっともなお父さんの言葉に、自分の中の情けない感情もあいまって、涙があふれそうになる。
「お父さん……! ちょっと言い過ぎよ」
そのとき、近くにいたお母さんが慌てた様子でお父さんを止めに入ってくる。
「いいよ、お母さん。私もその通りだと思ってるから」
「花梨……」
「今回はちょっと勉強の時間配分を間違えて、範囲を最後まで見直せなかった私が悪いの。次から気をつける」
私がそう言ったとき。
「ん~? みんなどうしたのぉ~?」
「あら、奈穂、起きちゃったのね。大丈夫、何もないからねんねしようね~」
寝ぼけ眼の奈穂がこちらにやって来て、お母さんは慌てて奈穂を寝室に連れ戻しに行ってしまった。
「気を引きしめて、しっかりやってくれ」
お父さんは、机に広げてあった新聞紙をくしゃりと丸めると、お風呂場の方へ出ていった。
「私だって、頑張ってるのになぁ……」
誰に言うでもなく、一人残された部屋でそう呟く。
お父さんの言葉を思い返して、膝元の古傷がチクチク痛んだ。
柳澤くんと過ごすようになって、一週間が経つ。
この日も塾の帰り道、いつもの花束の並ぶ交差点で手を合わせていた。
腕時計は夜10時を指しているだけあって、ヘッドライトの光がまばらに交錯している。
この一週間、やっぱり私は変だった。
柳澤くんといると胸がドキドキして、彼のことばかり考えて頭から離れてくれない。
ダメだと思っているのに、浮わついた気持ちを止めることも柳澤くんの存在が大きくなっていくことを止めることもできなかった。
私は、柳澤くんのことを好きになってしまったのだろうか。
この場所に来る度に、現実を見て自分を責める。
本来、私にはそんな浮かれた恋なんてする資格ないのだから──。
家に着くと、仏頂面のお父さんが私に向かってズンと片手を差し出してきた。
「そろそろこの前の学力テストの結果が返ってきたんじゃないか?」
「え……」
何でもう知っているの?
確かに今日は、この前の学力テストの結果を返された。
どこからの情報網なのか、昔からお父さんはこの手に関する勘は鋭い。
私は仕方なしに、今日返されたばかりの先日の学力テストの結果をお父さんに渡す。
「……なんだ、この成績は」
この前受けた学力テストは、手応えを感じられなかったとはいえ、客観的に見たら決して悪い成績ではなかった。
だけど、やっぱりお父さんの期待に添うことはできなかったらしい……。
「もう高校二年生なんだから、来年は受験生なんだぞ? こんな成績で、トップクラスの大学に行けると思ってるのか?」
最近は、お父さんとは顔を合わせる度にこの会話だ。
高校受験のときもトップクラスの高校と言われ続けて、お父さんの望む県立トップの今の高校に入学したっていうのに。
高校に入学したら、次に言われたのはトップクラスの大学、だ。
そもそもトップクラスの大学ってどのレベルからを言うのだろう?
大学と一言で言っても、同じ大学内でも目指す学部によって大きくレベルにも差があるというのに。
特に目指しているものがない私は、お父さんの言う通り高みを目指して頑張っているけれど、最近は少し自分の能力の限界を感じていた。
「ご、ごめんなさい……」
だって、お母さんに任された家事や奈穂の世話をしながらも、隙間時間を縫うように、残りの時間は可能な限り勉強に費やしている。
こんなに頑張ってもまだ足りないだなんて、私は一体これ以上何を頑張ればいいのだろう?
今まで通り頑張っても思うように成績が振るわないと、そんな疑問さえ抱いてしまう。
こんなんじゃダメだって、わかっているのに……。
「ったく、こんなんじゃ、自分を犠牲にしてまで花梨のことを守ってくれた彼にも悪いだろう? せめてもの恩返しに、彼の分もしっかり勉強して真面目に生きたいって花梨が言うから、塾にだって通わせてやってるのに、トップクラスの大学に行けないでどうするんだ」
もっともなお父さんの言葉に、自分の中の情けない感情もあいまって、涙があふれそうになる。
「お父さん……! ちょっと言い過ぎよ」
そのとき、近くにいたお母さんが慌てた様子でお父さんを止めに入ってくる。
「いいよ、お母さん。私もその通りだと思ってるから」
「花梨……」
「今回はちょっと勉強の時間配分を間違えて、範囲を最後まで見直せなかった私が悪いの。次から気をつける」
私がそう言ったとき。
「ん~? みんなどうしたのぉ~?」
「あら、奈穂、起きちゃったのね。大丈夫、何もないからねんねしようね~」
寝ぼけ眼の奈穂がこちらにやって来て、お母さんは慌てて奈穂を寝室に連れ戻しに行ってしまった。
「気を引きしめて、しっかりやってくれ」
お父さんは、机に広げてあった新聞紙をくしゃりと丸めると、お風呂場の方へ出ていった。
「私だって、頑張ってるのになぁ……」
誰に言うでもなく、一人残された部屋でそう呟く。
お父さんの言葉を思い返して、膝元の古傷がチクチク痛んだ。
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