空に想いを乗せて

美和優希

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第3章

限界(5)

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「花梨、また不安になってる?」

「……え?」

「大丈夫、一度話してごらんよ」

「で、でも……」

「本当に花梨の家族が花梨のことを想ってるなら、きっと花梨の気持ちを聞いたところで、花梨のことを嫌いにならないと思うよ」

「そうかな?」

「俺はそう思うけど。まぁ、万が一居場所がなくなったときは、俺が責任持って花梨の居場所を提供していくからさ」


 奏ちゃんの顔を見ると、奏ちゃんはふわりと優しく微笑む。


「熱いわね~憎いくらいに」

「咲姉、それ嫌味?」

「あんたたちの方が嫌味だから。そうと決まったら、花梨ちゃんもこんなところで油売ってないで、さっさと帰る!」

「は、はい……。いろいろアドバイス、ありがとうございました。奏ちゃんも、ありがとう」


 新島先輩に休憩室のドアのところまで連れて来られて、二人に頭を下げる。


「俺は何もしてねーから。夜もかなり遅いし、俺家まで送るわ」


 奏ちゃんはそう言って再びギターを背負うと、新島先輩に手を振って、私と喫茶店バロンをあとにした。


 家の傍までたどり着くも、あと数十メートルといったところで、足が動かなくなった。


 あんな風に家を飛び出したあとだもん。

 お父さんとお母さんに何て言われるか……。


 そこの曲がり角を曲がれば家、というところまで来て動き出さない私を見て、奏ちゃんが一歩どころかかなり先を歩いていく。


 そして、奏ちゃんが曲がり角を曲がって数秒後。


「花梨」


 奏ちゃんは角からこちらに顔を出して、私を手招きした。


 見えたのは暗がりの中、私の家の門の前で言葉を交わすお父さんとお母さんの姿。


「おい、花梨はいたか!?」

「まだ家には帰って来ないわ。本当にどこに行っちゃったのかしら?」

「ったく、お前が何でもかんでも花梨を頼りにし過ぎたから」

「あなただって、塾だのトップクラスの大学がどうだの、花梨を勉強漬けにし過ぎたんじゃないの!?」


 二人とも、もしかしなくても私を探していて、私が突然家を飛び出した理由を考えてるんだよね……?

 そんな様子を見せられて、私の足は自然と動くようになっていた。


「奏ちゃん、ありがとう。あとは、私が何とかするから」

「本当にもう大丈夫?」

「うん。今の二人見てたら、話せそうな気がするの。それに何より、奏ちゃんが味方でいてくれてるし」

「うん、じゃあ健闘を祈るよ」

「ありがとう。じゃあ、行くね」


 私は奏ちゃんに背を押されながら、自宅の方へと一歩踏み出した。


 一人で両親のいる門の付近まで近づく。


「……ただいま」


「花梨!?」


 私の姿を見るなり、慌てたように駆け寄ってくる、お父さんとお母さん。


 ──パシン。

 真っ先にお父さんが私の目の前に来たと思えば、頬に乾いた痛みを伴った。


「こんな夜遅くまで、どこに行ってたんだ!」


 ジンジンと熱を持った左頬を片手で押さえる。

 当然だよね。
 
 突然家を飛び出したっきり、もう三時間以上は経ってるし……。


「ちょっと! お父さん!」


 お父さんと私の間に、慌てたように割って入ってくるお母さん。


「ご、めんなさ、い……」


 私がうつむいたまま、何とか謝罪の言葉を口にしたとき。

 次の瞬間には、正面から強い衝撃があった。


「花梨、ごめんね」

「……え?」


 すぐには何が起こったのか、わからなかった。

 一瞬止まった頭を再び回転させて、そこで初めてお母さんに抱きしめられてるんだと気づいた。


「お母さんが悪かったわ。いつも花梨、嫌な顔ひとつせず、何でもやってくれるんだもの。お母さん、花梨に甘えすぎてたわ」

「お母さん……?」

「花梨があんな風に怒るだなんて、初めてだったから、お母さん、びっくりしちゃった」

「……ごめんなさい」

「ほら、家に入りなさい。話は中でゆっくりしましょう」


 私があんな風に家を飛び出したことがよっぽど堪えたのだろうか。

 そんなお母さんに背を押されながら、私は家の中へと入った。


 最後、家の門をくぐるとき、さっき奏ちゃんとわかれた場所をふり返ってみる。

 すると、奏ちゃんは親指を立ててグーとしてくれていた。


 ありがとう、奏ちゃん。


 私、今なら自分の気持ち、お父さんとお母さんに話せそうだよ。
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