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第5章
想いは複雑に絡み合って(3)
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「本当、最低だよな、俺。花梨のこと守るどころか、傷つけることしかできなかった」
「そんなこと、ないよ……」
確かに、何も知らなかったときは辛かった。
奏ちゃんが何かを隠してることに気づいても、何を隠してるかわからなくて。不安になって。奏ちゃんの力になりたいのに、どんどん距離が離れていってしまうような気がしていた。
だけど、それもこれも全部、奏ちゃんなりに私のことを考えてくれてたってことだったんだよね……?
「そんなことあるだろ。花梨に事実を知られて余計に傷つけてしまう前に別れたのに、結局知られてしまったし……」
「奏ちゃん、それは違うよ」
確かに私は、知ってしまった。
奏ちゃんが必死に隠していたことを。
だけど……。
「実際に知ってしまった今よりも、頑なに隠し通されたまま別れを告げられたときの方が、よっぽど辛かったよ……」
「本当に、ごめん……」
「……他にも、まだあるんだよね?」
新島先輩のこと。
奏ちゃんと別れたときは、結局教えてもらえなかった。
新島先輩本人もいるところでハッキリとは聞けず、曖昧な言い方になってしまった。
「……咲姉と俺は、本当に何もないよ」
だけど、奏ちゃんには私が何が言いたいのか、伝わったようだ。
「花梨が見たっていう咲姉のキーホルダーの写真も、あれは俺の兄ちゃんと咲姉が写ってたものだったんだ」
高校進学を目前として亡くなってしまったけれど、あの年の春から私や奏ちゃんの通う高校に進学を決めていた奏ちゃんのお兄さん。あの写真は、二人の手元に高校の制服が届いたときに撮った、思い出の写真だったらしい。
「花梨がバロンで見た、俺と咲姉のことだけど……。咲姉は今もずっと兄ちゃんのことを想い続けてて、咲姉がそれで苦しくなったとき、俺が兄ちゃんのフリをしてたんだ」
「……え?」
お兄さんの、“フリ”……?
どういう、こと……?
「あー、なんだ? こいつ、見た目は和ちゃんと瓜二つかってくらい似てんだよ。で、声も若干奏ちゃんの方が低いくらいで、ほぼ一緒なんだ」
私がわかるような、わからないような反応をしていると、増川先輩が教えてくれる。
「奏ちゃんに彼女ができたって聞いたとき、トラブルの元だから、止めるように咲にも言ったんだけどな」
「な、なによ! 駿ちゃんには関係ないでしょ!?」
増川先輩に突っかかるように言い返す、新島先輩。
「あるね、だって、俺は……」
だけど、そこで一旦口をつぐんでしまった増川先輩。
増川先輩はほんのり頬を赤く染めて、コホンと咳払いをした。
「とにかく、もうあれから三年以上経つんだ。厳しいような言い方だけど、咲もそろそろ前を見ろよ。奏ちゃんがどうこうじゃなくて、咲自身のためなんだから」
新島先輩は唇を噛み締めて、うつむいてしまった。
だけど、今のでわかった。
“奏ちゃんは、確かに和真に似てるけど、和真じゃないんだ。いつまでも和真のフリなんて、出来るわけないだろ?”
二日前、増川先輩が新島先輩に言ってた言葉の意味。
私が喫茶店バロンの二階で二人の姿を見たときも、倉庫で助けてもらったときも。奏ちゃんが新島先輩のことを、“咲”と高めの声で呼んでたのは、“お兄さんのフリ”だったんだよね。
「咲姉、悪いけど俺はもう兄ちゃんのフリはしないよ」
「……え、何でよ」
「花梨を、今度こそ傷つけたくないから」
奏ちゃんの言葉に、どくんと胸が強く脈打った。
「正直さ、咲姉が花梨に手を出すなんて思ってなかったよ。俺が花梨を手放せば、花梨には手を出さない約束だったじゃねぇか」
奏ちゃんは自分の膝の上にかかる掛け布団に拳を降り下ろすと、責めるように新島先輩を睨む。
今まで聞いたどの声よりも低く、荒々しい奏ちゃんの声は怒りの色に染まっている。
「おい、奏ちゃん、落ち着けって。まだ意識戻ったばかりだろ、お前」
北原くんが、奏ちゃんの両肩に手を置いて、奏ちゃんを落ち着かせる。
「ってか、咲姉。そんなこと奏ちゃんに言ってたんかよ」
「言ったわ。確かに言った。奏ちゃんが花梨ちゃんと付き合うのを見せつけられ続けると、そのうち花梨ちゃんに手を上げてしまいそうだって……」
奏ちゃんとは違い、最初から私が事故で助けられた女の子だと気づいていた新島先輩。
最初こそ新島先輩は、奏ちゃんが好きになった子なら、と私のことを受け入れようとしてくれていたらしく、奏ちゃんや私の前でそんな素振りを見せていなかった。
というのも、お兄さんを亡くしたあと、一時はかなり荒れてたらしい奏ちゃん。
そのことを思えば、幸せそうに私を紹介する姿を見て、新島先輩はそのときは奏ちゃんから私を引き離す気にはなれなかったからだそうだ。
「そんなこと、ないよ……」
確かに、何も知らなかったときは辛かった。
奏ちゃんが何かを隠してることに気づいても、何を隠してるかわからなくて。不安になって。奏ちゃんの力になりたいのに、どんどん距離が離れていってしまうような気がしていた。
だけど、それもこれも全部、奏ちゃんなりに私のことを考えてくれてたってことだったんだよね……?
「そんなことあるだろ。花梨に事実を知られて余計に傷つけてしまう前に別れたのに、結局知られてしまったし……」
「奏ちゃん、それは違うよ」
確かに私は、知ってしまった。
奏ちゃんが必死に隠していたことを。
だけど……。
「実際に知ってしまった今よりも、頑なに隠し通されたまま別れを告げられたときの方が、よっぽど辛かったよ……」
「本当に、ごめん……」
「……他にも、まだあるんだよね?」
新島先輩のこと。
奏ちゃんと別れたときは、結局教えてもらえなかった。
新島先輩本人もいるところでハッキリとは聞けず、曖昧な言い方になってしまった。
「……咲姉と俺は、本当に何もないよ」
だけど、奏ちゃんには私が何が言いたいのか、伝わったようだ。
「花梨が見たっていう咲姉のキーホルダーの写真も、あれは俺の兄ちゃんと咲姉が写ってたものだったんだ」
高校進学を目前として亡くなってしまったけれど、あの年の春から私や奏ちゃんの通う高校に進学を決めていた奏ちゃんのお兄さん。あの写真は、二人の手元に高校の制服が届いたときに撮った、思い出の写真だったらしい。
「花梨がバロンで見た、俺と咲姉のことだけど……。咲姉は今もずっと兄ちゃんのことを想い続けてて、咲姉がそれで苦しくなったとき、俺が兄ちゃんのフリをしてたんだ」
「……え?」
お兄さんの、“フリ”……?
どういう、こと……?
「あー、なんだ? こいつ、見た目は和ちゃんと瓜二つかってくらい似てんだよ。で、声も若干奏ちゃんの方が低いくらいで、ほぼ一緒なんだ」
私がわかるような、わからないような反応をしていると、増川先輩が教えてくれる。
「奏ちゃんに彼女ができたって聞いたとき、トラブルの元だから、止めるように咲にも言ったんだけどな」
「な、なによ! 駿ちゃんには関係ないでしょ!?」
増川先輩に突っかかるように言い返す、新島先輩。
「あるね、だって、俺は……」
だけど、そこで一旦口をつぐんでしまった増川先輩。
増川先輩はほんのり頬を赤く染めて、コホンと咳払いをした。
「とにかく、もうあれから三年以上経つんだ。厳しいような言い方だけど、咲もそろそろ前を見ろよ。奏ちゃんがどうこうじゃなくて、咲自身のためなんだから」
新島先輩は唇を噛み締めて、うつむいてしまった。
だけど、今のでわかった。
“奏ちゃんは、確かに和真に似てるけど、和真じゃないんだ。いつまでも和真のフリなんて、出来るわけないだろ?”
二日前、増川先輩が新島先輩に言ってた言葉の意味。
私が喫茶店バロンの二階で二人の姿を見たときも、倉庫で助けてもらったときも。奏ちゃんが新島先輩のことを、“咲”と高めの声で呼んでたのは、“お兄さんのフリ”だったんだよね。
「咲姉、悪いけど俺はもう兄ちゃんのフリはしないよ」
「……え、何でよ」
「花梨を、今度こそ傷つけたくないから」
奏ちゃんの言葉に、どくんと胸が強く脈打った。
「正直さ、咲姉が花梨に手を出すなんて思ってなかったよ。俺が花梨を手放せば、花梨には手を出さない約束だったじゃねぇか」
奏ちゃんは自分の膝の上にかかる掛け布団に拳を降り下ろすと、責めるように新島先輩を睨む。
今まで聞いたどの声よりも低く、荒々しい奏ちゃんの声は怒りの色に染まっている。
「おい、奏ちゃん、落ち着けって。まだ意識戻ったばかりだろ、お前」
北原くんが、奏ちゃんの両肩に手を置いて、奏ちゃんを落ち着かせる。
「ってか、咲姉。そんなこと奏ちゃんに言ってたんかよ」
「言ったわ。確かに言った。奏ちゃんが花梨ちゃんと付き合うのを見せつけられ続けると、そのうち花梨ちゃんに手を上げてしまいそうだって……」
奏ちゃんとは違い、最初から私が事故で助けられた女の子だと気づいていた新島先輩。
最初こそ新島先輩は、奏ちゃんが好きになった子なら、と私のことを受け入れようとしてくれていたらしく、奏ちゃんや私の前でそんな素振りを見せていなかった。
というのも、お兄さんを亡くしたあと、一時はかなり荒れてたらしい奏ちゃん。
そのことを思えば、幸せそうに私を紹介する姿を見て、新島先輩はそのときは奏ちゃんから私を引き離す気にはなれなかったからだそうだ。
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