空に想いを乗せて

美和優希

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第5章

残されたメッセージ(3)

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「瑛ちゃん。瑛ちゃんは怒るかもしれないけど、慎ちゃんの言ってることは間違ってないと思う」

「奏ちゃん……」

「俺も、慎ちゃんにそう言われたから。“和ちゃんの意向でプロ入りを目指してみようと思う”って。“和ちゃんの最期の願いだから”って。俺はそのとき、慎ちゃんの言葉を信じることにしたけどさ、慎ちゃんは事故で急死した兄ちゃんの最期の言葉をいつ聞いたんだろうってずっと不思議に思ってた。瑛ちゃんも、きっと俺と同じ疑問を持ってたんだよな? 瑛ちゃんにとっては、それが慎ちゃんの言葉を信じる妨げになっていたんじゃないかな」


 まるで奏ちゃんの言葉を肯定するかのように、唇を噛み締める北原くん。


「……あたしも。あたしもそうだった。ずっと慎ちゃんは、勝手に和真を理由に使って、Wild Wolfを出ていったんじゃないかって思ってた。和真の気持ちが本当にそこに入ってるだなんて、信じられなかったから」


 気まずそうに慎司さんを見てそう言うのは、新島先輩。


「慎ちゃん、俺もどこかで誤解してた。ごめん」

 深々と頭を下げたのは、増川先輩。


 次々に言われる言葉に驚いているような慎司さんだったけど、


「……いいよ、俺の言い方も悪かったんだと思う。俺こそ、みんなを嫌な気持ちにさせて、ごめんな」


 慎司さんも、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……俺はWild Wolfを抜けてからも、Wild Wolfをバカにしたことはねぇから。むしろ、大切に思ってる」


 そう言いきった慎司さんの傍でずっとうつむきっぱなしだった北原くんに、奏ちゃんが呼びかける。


「……瑛ちゃん」


 それにピクリと反応して、北原くんは肩を震わせた。


「……んだよ、今更。勘違いしてた俺らが、バカみてぇじゃねぇか」

「だから、それは俺も悪かったって言ってるだろうが」

「そうだけどさ……っ」


 そこで口ごもって、何も言わなくなってしまった北原くん。


「瑛司、もういいから。別に俺はお前のことを悪く思ってねぇから。お互いさまってことで、いいだろ?」


 慎司さんは、北原くんの頭をくしゃりと撫でて病室の扉へと向かう。


「じゃあ俺、夜までにあっち戻らなきゃなんねぇから、そろそろ行くわ。奏ちゃんが無事に回復してるみたいで、よかった。すぐには駆けつけられねぇかもしれないけど、もし俺に力になれることがあればするから。困ったときは連絡してくれて構わねぇからな。おばさんも、お先に失礼します」


 そのまま慎司さんは、病室の扉の外へと消えていった。



「……くっそ! もう、何なんだよ!」

 慎司さんのいなくなった病室で、さっき慎司さんに撫でられた頭をグシャグシャと掻きむしる北原くん。


「いいんじゃない? 仲直りできたんだから」

「奏ちゃん……! お前なぁ、他人事だと思って……!」


 奏ちゃんの言葉に苛立ったように言い返す北原くん。

 そしてそれに続いて増川先輩も、北原くんをからかうように笑った。


「瑛ちゃんは昔から素直じゃないからな~。瑛ちゃん気づいてないみたいだけど、すごく嬉しそうに顔緩んでるぞ?」

「緩んでねぇし! 駿ちゃんのバカヤロ!」

「瑛ちゃん、ムキになりすぎだから。駿ちゃんのことなんて無視してたらいいのに。でも、なんか慎ちゃん、昔のまんまだったね。一人プロ入りして、完全にあたしらのことバカにしてるとばかり思ってたから、なんか拍子抜けした」


 どこか昔を懐かしむように、遠くを見つめるような目をする新島先輩。


「おっと、慎ちゃんになびくなよ~?」

「なびかないわよ、あたしはまだ和真一筋だもん。でも、将来的には、駿ちゃんよりは慎ちゃんの方になびく方があり得るかもしれないね」

「おいおい、咲。今後慎ちゃんが超有名人なんかになってしまったら、恋路は険しくなるばかりだろうし、俺はオススメしないぞ?」

「別に駿ちゃんにオススメしてもらえなくてもいいもん」


 そんな新島先輩と増川先輩のやり取りに、思わずみんな笑みが漏れる。


 今までの話を聞いてきた限り、なんとなく冗談でもそう言った新島先輩の心は、この僅かな時間の間にも少しずつ前へと進めてるんだろうなと感じた。


 慎司さんのことだって、そうだ。

 ずっとWild Wolfのわだかまりのひとつだった部分が、すっとほどけた。


 そして……。


「母さんも、ありがとな。本当のこと話してもらえて、嬉しかった」


 和真さんからの手紙の方に皆さんの気は向いてしまっていたけれど、奏ちゃんの視線の先にいるのは、不安げに奏ちゃんの様子を見ていた奏ちゃんのお母さん。


「……ごめんなさいね、本当に」

「いいよ、母さんの気持ちに余裕がなかったことは、傍にいた俺がよくわかってるつもりだし」

「ありがとう、奏真……」


 ポロポロと涙を流しながら、奏ちゃんに抱きついた奏ちゃんのお母さん。

 奏ちゃんにとっては想定外のことだったみたいで、奏ちゃんの目、真ん丸になってるよ。

 でも、良かったね、奏ちゃん。

 見ている私まで、心がぽかぽかとしてくるようだった。


 花町三丁目交差点の事故から三年。

 私も、Wild Wolfのみんなも、そのときにできた傷や想いを抱えながら、それでもなんとか未来を再構築していこうと、新たな一歩を踏み出せたんじゃないかなと思った。
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