きみに駆ける

美和優希

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 美術室に加奈が来た日から、私は美術室に行かなくなった。正確には行けなくなった。
 加奈と私の会話を聞いた月島くんは、何を思ったのだろう。
 泣きそうな顔をしていると言ってきたくらいなのだから、何も思っていないことはないはずだ。
 月島くんが何を思ったのか、考えるだけで怖い。私を気遣って月島くんはあのときのことをもう聞いてはこないかも知れないけれど、気を遣われるのもまた嫌だった。
 だからそれからの私は、誰にも声をかけられないうちにそそくさと下校しては自分の部屋に閉じ籠った。

 そうしているうちに週末になってしまったが、今の私にとって週末の休みはありがたかった。
 窓から見える日は、すでに東の空に昇っている。

 今の時間を確認しようとスマホに手を伸ばして画面を見ただけだというのに、日時とともに表示された“日曜日”の文字に目がいってしまう。

 ──日曜の大会、見に来てよ! みんな、待ってるから……っ。
 条件反射のように、頭の中に加奈の言葉が走り抜ける。

 加奈は、今頃、眩しい空の下を走っているのだろうか。
 たとえそうだとしても、私にはもう関係ない。
 日曜日の朝なら、もう少し布団の中でくつろぐところだが、意識しないようにしていても不意に加奈の姿が出てきて落ち着かない。

 そうしているうちに目もすっかり覚めてしまった。
 だからといって特別やることも思いつかなければ、朝食を食べようと思えるほどお腹は空いていない。
 結局私はしぶしぶ学校で出されている課題に取りかかることにした。
 他に気を紛らせる方法を思いつかなかったんだから仕方ない。それにいずれ今日中にしないといけないものなのだから、これで気が紛れるなら一石二鳥だろう。

 通学用のカバンから教科書とノートを取り出して机の上に広げる。
 けれど椅子に座って、課題に取りかかろうとしたところで、急にやる気を削がれるようなことに気がついた。

 ──ノートのページがない。
 すっかり忘れていたが、一昨日、最後のページまで使ってしまったんだということを今更ながらに思い出す。
 一昨日学校帰りに新しいものを買って帰ろうとまで思っていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。
 どうしよう。そうは言っても、今自分の部屋には予備のノートもないから、買いに出るしかないのだが。

 あまり気は進まないけど、明日までの課題をしなければならないことを考えれば、いずれにせよ今日中にはノートを買いに出なければならない。
 昼になろうと夕方になろうと、ノートを買いに出ることに対して気が進むことがないのは確かだ。
 それなら早いうちに買いに行く方がマシだろう。
 仕方なしに服を着替えると、私はショルダーバッグに財布とスマホを入れて部屋をあとにした。
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