きみに駆ける

美和優希

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 月島くんは私を見ると、静かに首を横にふった。

「教えてくれないの……?」
「見舞いに来られても困るから。俺はあそこにいないんだし」
「……もしかして、戻れないの?」
「病院には戻れるよ。けど、身体には戻れないんだ」
「え……っ?」

 身体には戻れないって、どういうことなの?

「事故に遭った俺は、瀕死に近い状態だった。そのときに負った見た目の傷とかは治ったみたいなんだけど、意識が戻らない状態なんだって」
「それって、月島くんが身体に戻ることができないことと関係あるのかな」
「恐らくね」
 そのときだった。月島くんの身体が、今まで見えていたものより一層薄くなる。

「……月島くん?」

 月島くんも、少し驚いたように自分の姿に視線を落とす。

「もしかしてタイムリミット、か……」

 だけど、自分の姿を確認した月島くんはやけに落ち着いていて、まるでこのときが来ることを覚悟していたようだ。

「いつまでもこのままでいられるとは思ってなかったけど、まさか突然消えそうになるなんてな。でも、消えてしまう前に、内村さんがまた陸上に戻ることにしてくれてよかったよ」
「……消えるって。やだよ、そんなの……っ。何で、急に……っ」

 月島くんの姿が本当に消えてしまったら……。
 そのことの示す意味は、考えたくもない。

「何で今このタイミングなのかはわからないけど、もし理由があるとしたら、俺の心残りがなくなったからかな」
「……え?」

 月島くんの心残り?
 それにこたえるように月島くんは私に向かってふわりと笑った。

「俺は、内村さんにまた走ってほしかったんだよ」
「私に……?」

 何だそれ。
 確かに月島くんは今日私をここに誘導したときに、私にまた走ってほしかったんだと言っていた。
 けど、それがどうして月島くんの心残りになるのだろう?

「俺と内村さんは、九月に美術室で会ったのが初めてじゃないんだよ」
「え、そうだったの?」
「やっぱり、覚えてないか。内村さんは、俺の憧れだったんだ」
「何それ」
「あ、信じてないでしょ」

 恥ずかしさから笑ってしまった私に、月島くんは少し怒ったように返す。
 けど、月島くんは少し懐かしそうに笑って口を開く。


「去年の中学の陸上競技大会。中学最後の地区大会で走る内村さんを、俺も見てたんだよ」
「……え?」

 中学三年生の地区大会。それは、私が百メートルで大会記録を更新したときのことだ。

「あの頃の俺は、絵も勉強も思うような結果が出なくて投げやりになってたんだ。そんな俺を見かねて陸上好きな叔父さんが、気分転換にって地区大会の会場に連れていってくれた」

 穏やかな月島くんが投げやりになっている姿なんて、とてもじゃないけど想像つかない。

「俺の叔父さん、おかしいでしょ。陸上とは無縁の俺をそんなところに連れてくなんて。でも、そこで俺の人生は変わった」

 月島くんが真っ直ぐに私を見る。
 いつもと違う色の瞳に、思わず背筋が伸びた。

「競技場についたらすごい人混みで、俺は女子の集団にぶつかられたんだ。そのとき、俺のスケッチブックを拾って渡してくれたのが内村さんだった」
「え、そんなことあったっけ?」

 確かに大会の日は、地区内の学校の陸上部やその保護者や応援に駆けつけた人、みんなが集まるから結構な人数がいる。
 去年の中学陸上部の新入部員はやんちゃすぎるあまりに、部長を任されていた私はかなり手を焼いたのを覚えている。
 言われてみれば、注意していたにも関わらず、集団で前も見ずに歩いていた一年生が他の人にぶつかってしまったのを目撃して、私が謝りに出向いた記憶がある。
 相手の姿までは思い出せないけれど、あのとき何かを拾って渡したその相手が、月島くんだったのだろうか。
 イマイチはっきりと思い出せない私を見て、月島くんはまゆを下げて笑った。

「まぁ内村さんは中学最後の大会だったんだから、俺のことをいちいち覚えてる余裕なんてなくて当然だよ」
「何か、ごめんね……」

 月島くんは、こんなにも私のことを覚えていてくれたというのに……。

「そのあと、決勝のスタート地点に並ぶ内村さんを見て、ああ、あの子だってすぐに気づいた。誰よりも早く走る内村さんは、前だけをしっかり見ていて、かっこいいなって思った」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。そんな内村さんを見て、俺もあんな風になりたいって思った。嫌なことや思うようにいかないことがあっても、自分の思う道へ真っ直ぐに走りたいって」
「そんな、オーバーだよ」

 少なくとも私は、そんな風に月島くんに言ってもらえるほどできた人間ではなかったはずだ。
 熱くなる頬を隠すように思わず下を向いてしまう。
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