秘密の恋人は鬼上司!?~ウソから始まるSweet Love~

美和優希

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5.お前が無事ならそれでいい。

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 ところが、私が本郷店長との電話を切ったあとにしたシュミレーションは、全く役に立つことはなかった。

 自分の考えが甘かったんだと、私は泣く泣く本郷店長との待ち合わせの駅へと急いでいた。


 連絡をくれていた通り、小谷くんは十八時前には出勤してきてくれた。

 ところが、小谷くんは来てくれたものの、ちょうどお客様の波がピークを迎えていたために、すぐには上がることができなかった。

 そのせいで、店舗を出ることができたのも、十八時半を大きく回ってからになってしまった。
 

 一応、ちゃんと上がれなかった場合のことを考えて、梨緒の姿になるために必要なメイク道具やウィッグは駅のロッカーに預けていたから良かったものの、そこまでしていても、とてもじゃないけど間に合いそうになかった。


 とにかく無我夢中で駅まで走ったものの、タイミング悪く目の前で電車は行ってしまうし、こういったときに限って、次の電車は遅れて到着してきた。

 店舗を出たときに、もう一度公衆電話で本郷店長に電話をかけておくべきだった。

 慌てて出てきたせいで頭が回ってなかったとはいえ、それが最大のミスだ。

 だけど、そう思ったところで、時すでに遅し。

 私は、ただただ待ち合わせの駅へと急ぐしかなかった。



 無事に待ち合わせの駅へとたどり着き、改札内のトイレで梨緒のメイクを施す。

 そして、本郷店長との約束の駅前へと続く改札を出たのは、もう二十時近くになってしまっていた。


 ただでさえ時間を変更してもらっておきながら、さらに一時間近くも待たせてしまったことになる。

 本郷店長、怒って帰っちゃったかな……?

 そんなことを思いながら、キョロキョロと駅前を見回していると、切符売り場の横辺りに、本郷店長が腕を組んで立っているのが視界の隅に映った。

 ……居たっ!


 本郷店長は腕時計を見つめては、改札の方を見たり、キョロキョロと周囲を見回したりしている。

 きっと自惚れでもなく、私のことを探して、待っていてくれてるのだろう。


 そんな本郷店長の姿を見て罪悪感に胸を痛めながら、きっと怒られるだろうなと覚悟を決めて足を進めた。


「……遅くなってすみません!」

 梨緒のヒールの高い靴に履き替えたものだから、上手く走ることもできないまま、本郷店長の前へとたどり着く。

 本郷店長の切れ長の瞳が私の姿を映すと同時に、私は頭を下げた。


「……梨緒」

 頭上から降ってきたのは、どこか力の抜けた低い声。

 怖くて、なかなか顔を上げられなかった。

 こちらへと歩みを寄せる本郷店長の靴が、足元を映す視界の隅に入る。


 本郷店長が私のすぐ目の前で足を止めたのに促されるように、恐る恐る顔を上げた。



「──ひゃっ」


 すると、腕を強く引かれたかと思えば、私は本郷店長の大きな腕の中へとすっぽりとおさまっていた。


 私の後頭部を包み込む本郷店長の大きな手が、優しく私の頭を撫でる。


「え、あ、あの……っ」

 突然のことに、頭が真っ白になる。

 とっさに本郷店長の身体を押し返すと、本郷店長は「ごめん」と言って、私から離れた。


「心配してたんだ。言ってた時間になっても来ないから、どこかで事故に遭ってんじゃねぇかとか考えてさ。携帯にメールしても返事来ねぇし、電話折り返そうとしても、公衆電話からかけてきてたから折り返せねぇし」

「すみません……。スマホを家に忘れてきてしまって……」

「いや、お前が無事ならそれでいい。腹減ったろ。何食いたい?」


 本郷店長は、ごく自然に優しく私の手を取って指を絡めてくる。


「あ、あの……っ。怒って、ないんですか?」

 突然待ち合わせの時間を変更してもらった上に、遅刻までしてしまった。

 最低でも、一時間近くもここで一人待たせてしまったというのに……。


 繋がれた手を少し引っ張ると、本郷店長は足を止めてこちらを振り返る。


「怒ってねぇよ。お前が、無事にここに来てくれたんだから、それでいい」

 私を捉えて離さないような、裏表のなさそうな熱い瞳を向けられる。

 思わず今、梨緒の姿でいることを忘れて胸が震えた。


 誰がこの人のことを鬼店長だなんて、恐れていたのだろう?

 今までの自分を殴りたくなった。

 内面はこんなに器の大きな人だというのに……。


 仕事は確かに厳しいところもあるけれど、それはお客様のためだったり私たちのためだったり、思い返してみれば決して理不尽なものではなかった。



 夜も遅くなってしまっていたことから、本郷店長ともつ鍋を食べに行ってこの日は終了となった。

 本当は本郷店長は他のお店を予約してくれてたんだけど、予約時間も大幅に過ぎてしまっていたし、行き当たりばったりで選んだお店に入ることにしたんだ。


 それにしても、どうしたんだろう。

 遅れてきた私を嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれた本郷店長の優しさが、よっぽど胸に響いたのだろうか。

 好きになったところで、これは“高倉奈緒”としては報われない恋になるってわかっているのに、一緒にお鍋を食べている間中、ドキドキが止まらなかった。
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