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2.仲直りの醤油めし
2ー17
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「まだ和樹のことで全く自分を責めんなったわけじゃないけど、和樹の分もちゃんと頑張るから」
「兄ちゃん……」
「ほら、仲直り、な?」
いつも兄弟でそうやって仲直りしていたのだろう。
弘樹さんが和樹くんのいる方へ右手をグーにして突き出す。
和樹くんもそこに向かって右手でグーを作り、弘樹さんのそれとくっつけた。
「ありがとう……」
お礼を言った和樹くんの頬を伝った涙が一筋、真夏の太陽の光を反射して煌めいた。
姿が見えていない弘樹さんは一通り言いたいことを言い終えたようで、手に持っていたお弁当を再びカバンに戻すと私の方へ向き直った。
「って、俺の自己満足なんやけどな」
本当は和樹くんが見えているんじゃないかと何度も疑ったけれど、やっぱり違ったらしい。
照れ隠しのようにおどけてそんな風に言ってくる姿を見て、私は首を横にふった。
「そんなことないです。和樹くんにちゃんと聞こえてますよ。和樹くんもそこで、弘樹さんに向けてグーのポーズ、してます」
「……やといいけど」
弘樹さんは少し驚いたように目を瞬いたあと、はにかむように笑った。
見えてなくても、声が聞こえていなくても、二人の間にできていたわだかまりはもう感じられなかった。
別れを告げて自転車で走り去っていく弘樹さんの後ろ姿を、和樹くんと見送る。
「……最後に兄ちゃんに会えて良かった」
そう言った和樹くんの身体はうっすらと光に包まれて、向こう側の風景も綺麗に透けて見えている。
霊の身体が持つ独特の透け感ではない。
この光は前にも見たことがある。
「何かもう、兄ちゃんの気持ちがすごく伝わってきて、今ので充分やわ」
──成仏するんだ、和樹くんは。
「これも全部、ケイちゃんのおかげやで」
ありがとう。ニッと和樹くんらしい笑みを浮かべて、和樹くんはスーっと夏の空に溶けて消えていった。
「……私のおかげだなんて、買い被りすぎだよ」
返した声はもう、和樹くんには届かない。
だけどそれでいい。
和樹くんの“想い”が、納得のいく形でむすびついたのだから。
私は晴天の空を見上げて微笑んだ。
*
「そうかそうか。良かったやん、何か安心した」
むすび屋に戻って、和樹くんのことを伝えると、皆ホッとしたような表情になった。
「はい。でも、本当に偶然弘樹さんに会えただけで、私は何もしてないんですけどね」
「そうとも限らんと思うよ。ケイちゃんと出会って今日までのことがあったけん、和樹くんは兄ちゃんの気持ちを最後に聞くことができたんやし。和樹くんの兄ちゃんだって同じやよ。晃もそう思わん?」
朝のまかないの醤油めしのおにぎりを食べながら、拓也さんは晃さんにたずねる。
「そうだな。ケイは無駄に話しやすいというか、人に警戒心を抱かせないところがあるから、それが上手く実を結んだな」
晃さんは箸を下ろした腕を組みながら、拓也さんに同意する。
「無駄にって、何か言い方酷くないですか!? 拓也さんも笑わないでください!」
「ごめんごめん」
「そう怒るな。おまえのおかげで、和樹と和樹兄との想いをむすぶことができたんだから」
さっきの意地悪な声とはうってかわって優しい声。
晃さんは、優しい笑みを浮かべていた。
“民宿むすび屋”
この名称は、先代のオーナーである晃さんたちのおじいさんが命名したそうだ。人と人との結びつきを大切にしたいという思いからつけられたのだと、ここで働き始めたときに聞いた。
一般のお客様だけじゃなく、民宿の特性から、生きている人間の想いとこの世をさまよう霊の想いをむすぶ架け橋となればという願いも込められているらしい。
私は、少しでもその役割を果たせたのだろうか。
穏やかに過ぎていく夏の朝。
雲ひとつない青空から、一段と煌めく陽の光が窓から射し込んでいた。
「兄ちゃん……」
「ほら、仲直り、な?」
いつも兄弟でそうやって仲直りしていたのだろう。
弘樹さんが和樹くんのいる方へ右手をグーにして突き出す。
和樹くんもそこに向かって右手でグーを作り、弘樹さんのそれとくっつけた。
「ありがとう……」
お礼を言った和樹くんの頬を伝った涙が一筋、真夏の太陽の光を反射して煌めいた。
姿が見えていない弘樹さんは一通り言いたいことを言い終えたようで、手に持っていたお弁当を再びカバンに戻すと私の方へ向き直った。
「って、俺の自己満足なんやけどな」
本当は和樹くんが見えているんじゃないかと何度も疑ったけれど、やっぱり違ったらしい。
照れ隠しのようにおどけてそんな風に言ってくる姿を見て、私は首を横にふった。
「そんなことないです。和樹くんにちゃんと聞こえてますよ。和樹くんもそこで、弘樹さんに向けてグーのポーズ、してます」
「……やといいけど」
弘樹さんは少し驚いたように目を瞬いたあと、はにかむように笑った。
見えてなくても、声が聞こえていなくても、二人の間にできていたわだかまりはもう感じられなかった。
別れを告げて自転車で走り去っていく弘樹さんの後ろ姿を、和樹くんと見送る。
「……最後に兄ちゃんに会えて良かった」
そう言った和樹くんの身体はうっすらと光に包まれて、向こう側の風景も綺麗に透けて見えている。
霊の身体が持つ独特の透け感ではない。
この光は前にも見たことがある。
「何かもう、兄ちゃんの気持ちがすごく伝わってきて、今ので充分やわ」
──成仏するんだ、和樹くんは。
「これも全部、ケイちゃんのおかげやで」
ありがとう。ニッと和樹くんらしい笑みを浮かべて、和樹くんはスーっと夏の空に溶けて消えていった。
「……私のおかげだなんて、買い被りすぎだよ」
返した声はもう、和樹くんには届かない。
だけどそれでいい。
和樹くんの“想い”が、納得のいく形でむすびついたのだから。
私は晴天の空を見上げて微笑んだ。
*
「そうかそうか。良かったやん、何か安心した」
むすび屋に戻って、和樹くんのことを伝えると、皆ホッとしたような表情になった。
「はい。でも、本当に偶然弘樹さんに会えただけで、私は何もしてないんですけどね」
「そうとも限らんと思うよ。ケイちゃんと出会って今日までのことがあったけん、和樹くんは兄ちゃんの気持ちを最後に聞くことができたんやし。和樹くんの兄ちゃんだって同じやよ。晃もそう思わん?」
朝のまかないの醤油めしのおにぎりを食べながら、拓也さんは晃さんにたずねる。
「そうだな。ケイは無駄に話しやすいというか、人に警戒心を抱かせないところがあるから、それが上手く実を結んだな」
晃さんは箸を下ろした腕を組みながら、拓也さんに同意する。
「無駄にって、何か言い方酷くないですか!? 拓也さんも笑わないでください!」
「ごめんごめん」
「そう怒るな。おまえのおかげで、和樹と和樹兄との想いをむすぶことができたんだから」
さっきの意地悪な声とはうってかわって優しい声。
晃さんは、優しい笑みを浮かべていた。
“民宿むすび屋”
この名称は、先代のオーナーである晃さんたちのおじいさんが命名したそうだ。人と人との結びつきを大切にしたいという思いからつけられたのだと、ここで働き始めたときに聞いた。
一般のお客様だけじゃなく、民宿の特性から、生きている人間の想いとこの世をさまよう霊の想いをむすぶ架け橋となればという願いも込められているらしい。
私は、少しでもその役割を果たせたのだろうか。
穏やかに過ぎていく夏の朝。
雲ひとつない青空から、一段と煌めく陽の光が窓から射し込んでいた。
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