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3.恋する特製カレーオムライス
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「これ、全部一人で準備されたのですか?」
「ああ、まあな。これだけたくさんの人に料理を振る舞えるとか、料理人の血が騒ぐんよな」
嬉しそうに話す拓也さんは、本当に料理が好きなのだろう。
「そういや、清美さんはどんな感じ? あれから何か聞けたん?」
「……いろいろ思い出話は聞かせてもらえましたが、概略は昨日話した通りです」
未練の原因となる史也さんのことを一から探す必要がないだけまだ良かったと捉えるべきなのかもしれないが、それを差し引いても難しいことに変わりはない。
「そうか」
「それはそうと、昨夜は結局清美さんと一緒に過ごしたんですけど、今朝私が起きたときには清美さんの姿が見えなくて……。拓也さん、見ませんでしたか?」
「そうなん? 今朝は朝四時からここで仕込んでたけど、見んかったなぁ」
拓也さんも清美さんを見てない、か……。本当にどこに行ってしまったのだろう。
「そんな心配せんでも、かなり強い想いを抱えとるみたいやけん、どこか行くことはないやろ。俺らも少しでも清美さんの抱えるものを軽くさせることができたらいいんやけどな」
そうしているうちに、食堂の開放されたドアの向こうから人の話し声が聞こえてきて、拓也さんはすでに湯気の上がっていた味噌汁を再び温めなおす。
「ケイちゃん、準備できたものからお出しして」
「はい」
拓也さんが手際よくご飯をよそい、味噌汁のおわんと並べてお盆の上に乗せる。次いでメインの魚料理や漬物が揃ったものから順々に手に持って、私は食堂に運んだ。
「おはようございます」
一人一人、料理を出していく中に史也さんと静さんの姿も見える。
静さんはしっかりと史也さんの隣を陣取っていて、第三者の自分から客観的に見ても、目に見えて好意を持っているのがわかる。
史也さんの方は少し戸惑ったような反応だけれど、会話は弾んでいるようだ。
「え……っ」
そのとき、二人の前にも朝食をお出しして顔を上げた先──食堂の入り口付近で、切なげにこちらを見ている清美さんと目が合った。
*
朝、清美さんが部屋に居なかったのは、何だかんだで史也さんのことが気になって、目が覚めてからずっと彼のそばにいたからだそうだ。
軽く説明してくれた彼女は、今は団体客とともに仕事について行ってしまった。
史也さんが静さんといるときの、今にも泣きそうな清美さんの表情が忘れられない。
かつての自分の位置には、もう二度と戻れない。
わかっていても、それでも清美さん自身が史也さんから離れられないのだろう。
それでいて、史也さんには幸せになってほしい。
もしかしたら清美さんはその想いと同時に、自分が史也さんから本当に離れるきっかけがほしいのかもしれない。
清美さんはきっとわかっているのだ。ずっと史也さんのそばにいたって幸せにはなれないことを。だからこそ、むすび屋を訪ねて来たのではないかと思った。
初めて会ったときのすがるような清美さんの表情には、きっと一言では言い表せないような複雑に絡み合う感情が入り乱れていたのだろう。
「うーん……」
団体客はまた夜まで帰ってこないということで、午後は完全にオフモードで私は食堂に入り浸っていた。
今、目の前では、モップを持った晃さんが食堂をピカピカに磨きあげている。
「おまえ、せっかく休んでいいって言ってんだから、こんなところで油売ってないで、部屋でゆっくり休め」
「良いじゃないですか。外に出るのも暑いし、一人で部屋にいるよりみんなでいる方が落ち着きます。何か手伝えることがあれば何でも手伝いますよー」
考えてばかりいても良い案は浮かばない。しかし手伝いを申し出ると即断られた。
「そんなことできるか。労働基準法違反で訴えられたら困るからな」
むすび屋は年に何日か定休日を設けているものの、そんなに頻繁に休んでいるわけではない。
だからこそ休めるときに休むのが鉄則だと、ここで働くときにも言われたが、身内じゃないからという理由で私はちゃんと定期的にお休みをもらっている。
だけど休日や休憩時間をもらっても、何だかんだ言って私はここ、むすび屋に入り浸っていることが多かった。
もちろん忙しそうにしていたら遠慮はしているけれど。
何というか、一言でいうと居心地がいいのだ。
今まで、霊が見える自分は他の人とは違う、他人からは受け入れ難いものと思われてるという疎外感があったけど、ここではそんな私を受け入れてくれる。
むすび屋は、あたたかい空間だから。
「ああ、まあな。これだけたくさんの人に料理を振る舞えるとか、料理人の血が騒ぐんよな」
嬉しそうに話す拓也さんは、本当に料理が好きなのだろう。
「そういや、清美さんはどんな感じ? あれから何か聞けたん?」
「……いろいろ思い出話は聞かせてもらえましたが、概略は昨日話した通りです」
未練の原因となる史也さんのことを一から探す必要がないだけまだ良かったと捉えるべきなのかもしれないが、それを差し引いても難しいことに変わりはない。
「そうか」
「それはそうと、昨夜は結局清美さんと一緒に過ごしたんですけど、今朝私が起きたときには清美さんの姿が見えなくて……。拓也さん、見ませんでしたか?」
「そうなん? 今朝は朝四時からここで仕込んでたけど、見んかったなぁ」
拓也さんも清美さんを見てない、か……。本当にどこに行ってしまったのだろう。
「そんな心配せんでも、かなり強い想いを抱えとるみたいやけん、どこか行くことはないやろ。俺らも少しでも清美さんの抱えるものを軽くさせることができたらいいんやけどな」
そうしているうちに、食堂の開放されたドアの向こうから人の話し声が聞こえてきて、拓也さんはすでに湯気の上がっていた味噌汁を再び温めなおす。
「ケイちゃん、準備できたものからお出しして」
「はい」
拓也さんが手際よくご飯をよそい、味噌汁のおわんと並べてお盆の上に乗せる。次いでメインの魚料理や漬物が揃ったものから順々に手に持って、私は食堂に運んだ。
「おはようございます」
一人一人、料理を出していく中に史也さんと静さんの姿も見える。
静さんはしっかりと史也さんの隣を陣取っていて、第三者の自分から客観的に見ても、目に見えて好意を持っているのがわかる。
史也さんの方は少し戸惑ったような反応だけれど、会話は弾んでいるようだ。
「え……っ」
そのとき、二人の前にも朝食をお出しして顔を上げた先──食堂の入り口付近で、切なげにこちらを見ている清美さんと目が合った。
*
朝、清美さんが部屋に居なかったのは、何だかんだで史也さんのことが気になって、目が覚めてからずっと彼のそばにいたからだそうだ。
軽く説明してくれた彼女は、今は団体客とともに仕事について行ってしまった。
史也さんが静さんといるときの、今にも泣きそうな清美さんの表情が忘れられない。
かつての自分の位置には、もう二度と戻れない。
わかっていても、それでも清美さん自身が史也さんから離れられないのだろう。
それでいて、史也さんには幸せになってほしい。
もしかしたら清美さんはその想いと同時に、自分が史也さんから本当に離れるきっかけがほしいのかもしれない。
清美さんはきっとわかっているのだ。ずっと史也さんのそばにいたって幸せにはなれないことを。だからこそ、むすび屋を訪ねて来たのではないかと思った。
初めて会ったときのすがるような清美さんの表情には、きっと一言では言い表せないような複雑に絡み合う感情が入り乱れていたのだろう。
「うーん……」
団体客はまた夜まで帰ってこないということで、午後は完全にオフモードで私は食堂に入り浸っていた。
今、目の前では、モップを持った晃さんが食堂をピカピカに磨きあげている。
「おまえ、せっかく休んでいいって言ってんだから、こんなところで油売ってないで、部屋でゆっくり休め」
「良いじゃないですか。外に出るのも暑いし、一人で部屋にいるよりみんなでいる方が落ち着きます。何か手伝えることがあれば何でも手伝いますよー」
考えてばかりいても良い案は浮かばない。しかし手伝いを申し出ると即断られた。
「そんなことできるか。労働基準法違反で訴えられたら困るからな」
むすび屋は年に何日か定休日を設けているものの、そんなに頻繁に休んでいるわけではない。
だからこそ休めるときに休むのが鉄則だと、ここで働くときにも言われたが、身内じゃないからという理由で私はちゃんと定期的にお休みをもらっている。
だけど休日や休憩時間をもらっても、何だかんだ言って私はここ、むすび屋に入り浸っていることが多かった。
もちろん忙しそうにしていたら遠慮はしているけれど。
何というか、一言でいうと居心地がいいのだ。
今まで、霊が見える自分は他の人とは違う、他人からは受け入れ難いものと思われてるという疎外感があったけど、ここではそんな私を受け入れてくれる。
むすび屋は、あたたかい空間だから。
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