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4.親子をむすぶいよかんムース
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*
言われるがままに帰ってきてしまったけれど、お母さんは今、どこでどんな思いで過ごしているのだろう。
晃さんは幽霊になったお母さんをあんな風に追い出したというのに、まるでそんなことなかったかのように、他のお客様に対して紳士的で優しい接客を崩すことなく、私たちの前ではいつも通りクールだった。
何も変わっていないように見える晃さんも、お母さんと会ったことでつらかったときのことを思い出したり、何か落ち着かない気持ちになったりしているのだろうか。
晃さんのお母さんの幽霊がむすび屋に訪ねてきてから、一夜が明けた。
今は、ちょうど昼休憩のタイミングが同じだった晃さんとともに、お昼のまかない食をいただいている。
一方的に気まずさを感じていた私の頭は、晃さんとお母さんのことで一杯で、気づいたら様子をうかがうようにチラチラと見ていた。すると、突然晃さんがこちらを向いて目が合った。
「……どうした」
「い、いえ。すみません……」
上手く誤魔化すことも、良い言い訳も思いつかず、私はとっさに謝った。
変に思われてしまっただろうか。
「……昨日は取り乱してすまなかった」
「えっ」
過去の話をするのも嫌がっていたし、晃さんから昨日の話を持ちかけてくるとは思わなかった。
まさか私がずっと二人のことを考えていたって見抜かれたのだろうか。そんなことはないとは思うけど、内心ドキリとしてしまう。
「なずなから聞いたんだろ。俺の母親のこと」
「……はい。すみません」
「いや。おまえは悪くないから。話したのはなずなだし。なずなからも、昨日のことがあって必要性を感じて話したと聞いてる」
そうはいっても、晃さんのいないところで、勝手に晃さんのトラウマとなっている過去を知ってしまったことは事実で、少なからず罪悪感を覚える。
「それに聞いたなら話は早い。あいつは自分の子どもを捨てるような親だ。もしかしたらまだ近くをうろついてるかもしれないが、一切関わらないでほしい。しつこいようなら俺が話をつけてくるから」
淡々と話す晃さんは、まるでひとつの業務命令を伝えるかのような口ぶりだ。
晃さんは、どんな気持ちで“自分の子どもを捨てるような親”って言っているのだろう。
それに晃さんの言い方だと、晃さんはお母さんに捨てられたんだと思ってるっていうことだよね……?
つまり、お母さんの口からは晃さんのことはおじいさんに預けたと言っていたけれど、その事実を晃さんは全く知らないということだろう。
晃さんをおじいさんに託した本当の理由は話さなかったとお母さんは言っていたけれど、そこから生まれたすれ違いが今も二人を不幸にし続けているのではないだろうか。
それなら、もしかしたら晃さんは本当のことを知った方が楽になれるんじゃないかな……。
「あの……っ」
「晃、今宿泊中のお客様のことなんやけど……」
そのとき厨房から拓也さんが出てきて、晃さんは「すまない、あとで聞く」と私に告げて席を立つ。
仕方ないとはいえ、タイミングが悪い。
絶妙なタイミングで拓也さんが来てくれたから言えなかったけど、もしお母さんの想いを私の口から伝えてどうなっただろう?
自分の中でヒートアップしてたけど、改めて冷静になって考えてみると、やっぱり晃さんを不快にさせてしまうだけかもしれない。
残念ながら私には、結局何が正しいのかわからないのだった。
*
初めて晃さんのお母さんがむすび屋に訪れてから、一週間近くが経過した。
秋晴れを感じさせる朝陽を受けながら、交代制で行っているチャチャの散歩からの帰り道、私は思わずもうあと数メートルでむすび屋に着くというところで足を止めた。
晃さんのお母さんだ……。
今日“も”むすび屋の敷地の外から、中をうかがうように生垣のそばに立っている。
お母さんから個人的に晃さんとの過去について聞いた日から、彼女はよくここに立っている。
数日前、直接本人から聞いた話によると、中には入れてもらえなくても、遠くからでもいいから息子の姿を見ていたいんだそうだ。
少なくとも、私がチャチャの散歩に出た日の帰り道、必ずお母さんはここに立っている。
お母さんにとって、私は話を聞いてくれた人という位置付けになっていて、私になら見られても大丈夫と変な安心感を持たれているようだ。
その証拠に、実際、晃さんや拓也さん、なずなさんとなのかさんからは、あの日以来、お母さんに会っていないと聞いている。
これはこれで、晃さんに対して悪いことをしているような気がしてならない。
お母さんの横を静かに通りすぎて、むすび屋の敷地内に入る。
言われるがままに帰ってきてしまったけれど、お母さんは今、どこでどんな思いで過ごしているのだろう。
晃さんは幽霊になったお母さんをあんな風に追い出したというのに、まるでそんなことなかったかのように、他のお客様に対して紳士的で優しい接客を崩すことなく、私たちの前ではいつも通りクールだった。
何も変わっていないように見える晃さんも、お母さんと会ったことでつらかったときのことを思い出したり、何か落ち着かない気持ちになったりしているのだろうか。
晃さんのお母さんの幽霊がむすび屋に訪ねてきてから、一夜が明けた。
今は、ちょうど昼休憩のタイミングが同じだった晃さんとともに、お昼のまかない食をいただいている。
一方的に気まずさを感じていた私の頭は、晃さんとお母さんのことで一杯で、気づいたら様子をうかがうようにチラチラと見ていた。すると、突然晃さんがこちらを向いて目が合った。
「……どうした」
「い、いえ。すみません……」
上手く誤魔化すことも、良い言い訳も思いつかず、私はとっさに謝った。
変に思われてしまっただろうか。
「……昨日は取り乱してすまなかった」
「えっ」
過去の話をするのも嫌がっていたし、晃さんから昨日の話を持ちかけてくるとは思わなかった。
まさか私がずっと二人のことを考えていたって見抜かれたのだろうか。そんなことはないとは思うけど、内心ドキリとしてしまう。
「なずなから聞いたんだろ。俺の母親のこと」
「……はい。すみません」
「いや。おまえは悪くないから。話したのはなずなだし。なずなからも、昨日のことがあって必要性を感じて話したと聞いてる」
そうはいっても、晃さんのいないところで、勝手に晃さんのトラウマとなっている過去を知ってしまったことは事実で、少なからず罪悪感を覚える。
「それに聞いたなら話は早い。あいつは自分の子どもを捨てるような親だ。もしかしたらまだ近くをうろついてるかもしれないが、一切関わらないでほしい。しつこいようなら俺が話をつけてくるから」
淡々と話す晃さんは、まるでひとつの業務命令を伝えるかのような口ぶりだ。
晃さんは、どんな気持ちで“自分の子どもを捨てるような親”って言っているのだろう。
それに晃さんの言い方だと、晃さんはお母さんに捨てられたんだと思ってるっていうことだよね……?
つまり、お母さんの口からは晃さんのことはおじいさんに預けたと言っていたけれど、その事実を晃さんは全く知らないということだろう。
晃さんをおじいさんに託した本当の理由は話さなかったとお母さんは言っていたけれど、そこから生まれたすれ違いが今も二人を不幸にし続けているのではないだろうか。
それなら、もしかしたら晃さんは本当のことを知った方が楽になれるんじゃないかな……。
「あの……っ」
「晃、今宿泊中のお客様のことなんやけど……」
そのとき厨房から拓也さんが出てきて、晃さんは「すまない、あとで聞く」と私に告げて席を立つ。
仕方ないとはいえ、タイミングが悪い。
絶妙なタイミングで拓也さんが来てくれたから言えなかったけど、もしお母さんの想いを私の口から伝えてどうなっただろう?
自分の中でヒートアップしてたけど、改めて冷静になって考えてみると、やっぱり晃さんを不快にさせてしまうだけかもしれない。
残念ながら私には、結局何が正しいのかわからないのだった。
*
初めて晃さんのお母さんがむすび屋に訪れてから、一週間近くが経過した。
秋晴れを感じさせる朝陽を受けながら、交代制で行っているチャチャの散歩からの帰り道、私は思わずもうあと数メートルでむすび屋に着くというところで足を止めた。
晃さんのお母さんだ……。
今日“も”むすび屋の敷地の外から、中をうかがうように生垣のそばに立っている。
お母さんから個人的に晃さんとの過去について聞いた日から、彼女はよくここに立っている。
数日前、直接本人から聞いた話によると、中には入れてもらえなくても、遠くからでもいいから息子の姿を見ていたいんだそうだ。
少なくとも、私がチャチャの散歩に出た日の帰り道、必ずお母さんはここに立っている。
お母さんにとって、私は話を聞いてくれた人という位置付けになっていて、私になら見られても大丈夫と変な安心感を持たれているようだ。
その証拠に、実際、晃さんや拓也さん、なずなさんとなのかさんからは、あの日以来、お母さんに会っていないと聞いている。
これはこれで、晃さんに対して悪いことをしているような気がしてならない。
お母さんの横を静かに通りすぎて、むすび屋の敷地内に入る。
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